チェックメイトの後の日に
国王ヴィンセント陛下は、真面目な顔で咳払いした。第一騎士団の面々に目線で合図する。
まさか、と言わんばかりに口をアングリしたホールデン子爵の前で。
第一騎士団の面々は、玉座の間にズラリと並ぶかのように、左右に分かれて正式な隊列を作った。一斉に抜刀し、正面に長剣を捧げ持つ。
国王と女王の脇に、この場で最も高位の宮廷重鎮――宰相代理――として、クロフォード伯爵が控える。
ローガンが、戸惑うジュードを先導し、国王と女王の前まで導いた。先輩騎士として。ローガンとジュードは並んで、国王と女王の前にひざまづいた。
リデルは、女騎士ジョゼフィンに付き添われて陪席する形だ。『直感』で見えていたものが目の前の現実となって、絶句するばかり。
国王ヴィンセント陛下が、よく通る声で宣言した。
「いささか遅延してしまったが、このたび勇者ジュードの目覚ましい働きとその功績を称え、騎士の叙爵の儀を執りおこなう。では、剣を」
おすまし顔の女王陛下が、あらかじめ用意していた長剣を、国王ヴィンセント陛下へ手渡した。
ヴィンセントは、まだ当惑した顔でひざまづいているジュードに向かって、かつての野盗騎士団の首領の顔をして、コッソリと楽しそうにウィンクを送る。
国王ヴィンセント陛下は、惚れ惚れするような堂々とした所作でもって、ジュードの左右の肩に、順番に長剣の平を当てた。
最後に、第一騎士団の印付きの鞘に入った長剣が、ジュードに手渡される。
第一騎士団の面々は、新しい騎士の誕生を祝福して、正面に捧げ持った長剣を、更に高く掲げた。そして、一斉に納刀した。
クロフォード伯爵が近づき、ローガンとジュードを立たせた。
「サー・ジュードに、祝福を送るよ。サー・ローガンの最高の相棒と聞いている。これからも励んでくれたまえ」
全身ボーッと光っている禿頭の老司祭と、左右半身ずつ体格が違っている禿頭のホールデン子爵は、ののしり続けていた。
「神が間違っている!」
「わ、私の時は、第一騎士団どころか」
偉大なる女王陛下が鋭く振り返り、説教を始める。
「そなたたちの『神』が間違っているのは、そなたたちの『髪』が間違っているからだと何故に分からないのです、この分からず屋」
禿頭の老司祭と、ホールデン子爵は、唖然とした顔だ。
「そなたたちの不正の証拠を押さえても、証言をする事になっていた証言者が何故か都合よく全員事故死したり不審死したり、不自然な出来事が続きましたからね。常にそなたたちの『髪』の過ちは見え見えでしたし、今さら毛根がすべて死滅したところで、自業自得のハゲというものですよ。運よく残った毛根もすべて、ツルリとハゲあがるまで、キリキリ締めて、お尻ペンペンして差し上げますから、観念して覚悟なさい」
禿頭の老司祭とホールデン子爵は、極限まで青ざめ、震えあがった。
後ろでは、いつものくだけた雰囲気になった第一騎士団の面々が、コソコソと言いかわしている。
「死よりも恐ろしいモノを見た、って顔してたよな、あいつら」
「黒魔術を使う時に、妖魔の恐ろしい姿を何度も見てる筈だぞ」
「いったい何を見たんだろうな?」
*****
女王陛下がリデルを手招きした。
「アクシズ天文台の、今は亡き台長夫妻が娘リデル・ゴールドベリ。偉大なる予言者ゴールドベリ一族の血筋を受け継ぐ子孫。そなたの事は、ブランドン侯爵とシスター・ゴールドベリ・エルダーから詳細を聞き及んでいます。このたびは大変な苦労をかけました。実の両親を殺害したホールデン子爵には、含むところ多々でしょう。ですが、彼の扱いは諸機関に任せておきなさい。王国と司法のもと厳格に裁きます」
リデルは頷き、静かに一礼した。
事情を知る女騎士ジョゼフィンと法騎士ルーファスは落ち着いていたが、ローガンとジュード、それに第一騎士団の面々は、仰天してリデルを眺めるのみだ。
ホールデン子爵が叫んだ。
「ウソだ! そんな、田舎の天文台の、目の前の財宝の価値も分からんようなニブイ下っ端役人が、伝説の予言者の血筋……! 百発百中の『透視』の、あの未来予知が手に入るところだったのか! あらゆる財宝を、王国全土を、この手に入れる事も可能な……!」
国王ヴィンセントが思案顔で顎をコリコリとやった。
「余の祖父が全国統一できたのも、ゴールドベリ一族の協力のお蔭が大きいな、実際。シスター・G・エルダーによれば、リデル嬢はかなり確実な先祖返りで、直系の伝説的な『透視』には及ばないものの、今まで『直感』が外れたことは無かったそうだ」
「ブランドン侯爵はバカなのか? アホなのか? 天下が手に入るところを」
「病弱な実の娘レディ・リデルが、訪問先アクシズ領の気候変化に耐えられなかったそうでな、侯爵夫妻ともども到底そんな気にならなかったとか。偶然ながら例の天文台の火事に遭遇し、救出した瀕死の少女は、はかなくなった令嬢と名前が同じだった。面差しも所作も似ていたそうだ、生き返って来たのだと確信するくらいに」
そして――しばしの間、様々な沈黙が横たわったのだった。
*****
一段落ついた数日後。
嵐は過ぎ去っていた。明るい青空の中、白い雲がぽっかりぽっかり流れている。
その日、ブランドン侯爵邸で改めて縁談がまとめられた。ブランドン侯爵家の養女リデル嬢と、第一騎士団の新人騎士サー・ジュードとの縁談である。
「……正直、やっと安心できたような気がするよ。私たちの――娘をよろしく、サー・ジュード」
そう言ってブランドン侯爵は、ジュードと固く握手を交わした。
*****
近いうちに、ホールデン子爵や『ツルッパゲ野郎』こと禿頭の老司祭を含む一味の調査や裁判もろもろで、忙しくなる。
休暇の一日。
ジュードとリデルは一頭の馬に相乗りし、現在は安全な景勝地ともなった奇岩街道を観光していた。
道路整備がどんどん進んでいて、人の足でも歩きやすくなって来ている。主要道路のほうでは、様々な物資を積んだ荷車が多く行き交っていた。
やがて雑談が一段落する。
「シスター・G・エルダーに会って聞いてきた話があるんだ。まだリデルは知らない内容だと思うけど、聞きたい?」
「恩師のシスターの? それなら是非」
ジュードは頷き、思案顔で話し出した。
「本来、リデルは、リヴェンデル女子修道院のほうで引き取って、生涯独身の修道女とする筈だったそうなんだ。剣の腕前があれば、ジョゼフィン殿のように――こっちは結婚は自由だ――女騎士。その件で、ブランドン侯爵夫妻とシスター・G・エルダーとの間で、かなり激論になった。明らかに私情を挟んでいるものの、ブランドン侯爵令嬢として養育するというブランドン侯爵夫妻の強い希望に、損得勘定なしの本物の覚悟を見たという事で、シスターは妥協した」
「……知らなかったわ。シスター、何もおっしゃらなかったから。ブランドン侯爵……いえ、父と母も」
「故・狂信者とその高弟や、ホールデン子爵のような危険人物は多いんだろうな。第一騎士団に所属して、ローガンからも色々な裏話を教わってるけど」
リデルはキュッと眉根を寄せる。
「色々って?」
「王室の裏の口伝、その1。かの『一族』は、国家転覆レベルのドジを踏む、天然のトラブルメーカーと知れ……オレは納得した」
「なによそれ、ひどいわ!」
不意に、濃い緑の樹林を、イタズラな風が吹きぬけた。
いちめんの葉鳴り。一斉に木漏れ日が揺れる。
……帽子を押さえようとして、うっかり落馬しかけたリデルを、ジュードが持ち前の反射神経で支える。
やがて、ジュードが吹き出した。
リデルはむくれながらも、赤面してうつむくのみだ。
ジュードの吹き出し笑いは、低いささやきに変わった。
「いつか、リデルが別のホールデン子爵に拉致されて、『魔女封じ』の塔に閉じ込められたら、また塔を登って、さらいに行くよ。どうやらオレは、リデルを、あらゆる災難から守るために生まれて来たらしい」
真っ赤になったリデルを、ジュードはいっそう強く抱き込んだ。
「好きだよ、リデル」
「あ、あの……私も――」
察しの良い馬は、既に足を止めて静かにしていた。
木漏れ日の移り変わる中で、馬上の2人の影が重なる。
また――緑濃い風が吹きわたった。真夏の木々の、万緑の色をした風だった。
『君が緑の目を見ざりせば』―《完》―
最終話までお読み頂きまして、誠に有難うございます。楽しんで頂けましたら、幸いでございます。