表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

意外に重要な疑念と危機一髪の転回点

朝食の盆を持ち、ジュード青年は、例のコテージの扉を開いた。


と同時に、レディ・リデルが棒切れを振り回して襲って来た。


かねてから気配を読んでいたジュードは、盆を持ったまま、毛ひとすじ程の差で難なく棒切れをかわす。


棒切れと、コテージ扉とが、『バーン』という……いかにもな騒音を立てた。


「済みませんが、レディ……令嬢向けの敬語って、これで良いのかな? こちらの扉、回転トリック仕掛け」


「回転扉」


瞬く間に真相を悟った緑の目は、苛立ちに燃えていた。全力を込めた扉からの返礼をまともに食らい、腕も手もしびれているのは明らかだ。


「何処から棒切れを……あ、根性で、椅子の背の横木を1本減らしたんですか」


リデルは、お行儀悪く鼻を鳴らす。いま着ているのは、広く着られている、簡素な編み上げ胴着ボディス&スカート。豊かな黒髪ブルネットを後ろでひとつのお下げ三つ編みにして、おきゃんな町娘といった風だ。


「接合がゆるんでたからよ。妙にガタつく訳だわ」


一瞥いちべつしただけで、その仕事は丁寧に行なわれたと分かる。


「こんな事言うと、お怒りになるんでしょうが、染色師だけじゃなくて指物師の素質もありますね」


リデルは一瞬、沈黙した後、探るような眼差しになった。


「その頭は何回入れ替えて来たのかしら、野盗さん?」


「オレはジュード。この頭は自前です。変な妖魔とも契約してませんし」


「では、サー・ジュード……」


「オレ貴族どころか本物の騎士でも無いんで、レディ・リデル。冷めますから、早めにどうぞ」


「ちゃんとした加熱料理を出せるなら、宿場町で料理屋を始めても良いのに勿体ないわね。だから野盗は頭が悪いんだわ、フン!」


――火のような気性のお姫様だ。


ジュードは何だか楽しくなって来て……口の端に、そっと笑みを浮かべた。


レディ・リデルは、強烈に興味深い。印象的な緑の目は、リデルの気分の変化に応じて繊細に表情を変える。その辺の宝石など比較にもならないくらい、いつまでも見ていたくなるような神秘的な輝きだ。


ポンポンと進む会話は気持ち良いくらいだ。相棒ローガンと、チェスゲームをしているかのように。


侯爵令嬢なのに、明らかにジュードを、相応の知性を備えた対等な人間と認識していて……見下して来ない。


朝食が済み、ジュードはふと浮かんだ疑問を、投げた。


「ホールデン子爵と結婚したいと思ってるんですか? レディ・リデル」


「結婚しなければならないからよ」


「あんな多くの短剣を仕込む程に、ですか?」


「早くしなきゃいけないの。うかうかしていたら、他の令嬢がホールデン子爵の、ぎ……いえ、奥方になるから」


ジュードの反射神経と鋭い聴覚は、奇妙な間を聞き逃さなかった。


(他の令嬢がホールデン子爵の犠牲になる、と言おうとしたのか? 背中の火傷痕を気にしないかも――という異常性癖にも懸けて?)


扉がノックされ、野盗騎士団の仲間の声が、扉越しに響いて来る。


「お食事中、失礼しまーす。ホールデン子爵からの使者が来てます。身代金の値下げ交渉の件で」


緑の目をパチクリさせるレディ・リデル。


ジュードは一礼して、素早くコテージを後にした。


*****


意外にも、ジュードとの会話は楽しい。


リデルはその事実に戸惑いを覚えながらも、ホールデン子爵の名で冷や水をかけられたような気分になり……


混乱してゆく気持ちのままに、先ほどまで食卓だった簡素なテーブルに突っ伏した。


リデルの中で、違和感が形を取る。


貴族でもないし本物の騎士でもない――それは、本当なのだろうか?


先祖から受け継ぐ『直感』は「それは違う」と告げている。


嫡流では無いのだろう。ほぼ平民。顔立ちや雰囲気は――ご落胤や私生児は、よくある話だ。しかし。


騎士ナイトの叙爵の儀式が『見えた』。


道なき木下闇このしたやみ一瞥いちべつしただけで、ホールデン子爵の領地へ続く隘路あいろが『見えた』ように。


……野盗の一味だけに筋が通らないし、ホールデン子爵のように、有り余る不正なお金で取っ掛かりを得たのであろう、とも思いつつ……


リデルは、この疑念を棚上げしておくことにした。


*****


女騎士ジョゼフィンが、リデルが閉じ込められているコテージに現れた。


ジョゼフィンに腰紐を付けて監視しているのは、リーダー・ヴィンセント側近の毒見役だ。中年だが、好奇心でキラキラしていて雰囲気は若い。それなりに鍛えているものの、学者という印象。


「ああ、ジョゼフィン! みんな、ひどい事されてないの?」


「監視下にありますが、法外な事態は無く」


壮年の女騎士は、監視役をチラリと振り返った。


忌憚きたんなく喋らせて頂きますよ」


「ご自由に」


女性2人で着座し、身を入れて話をする姿勢になる。


中年騎士は――紳士らしく、立ったままだ。


「我々は可能な限り、状況を検討しました。この野盗騎士団は、奇妙です」


「それは私も感じる」


「騎士ルーファス殿と野盗ローガンの――あの金髪変人ローガン・シンクレアだそうです――立ち合いは、王国騎士の正規戦にのっとった一騎打ちでした。野盗騎士団メンバーほぼ全員『騎士クズレ』かと。そこで奇妙な点が出てきます」


「王国騎士の誓いを放棄した後で、そのような正規戦をやるメリットは無いという訳ね。騎士道を外れた卑怯な……黒魔術を利用した攻撃手段をとっても、王様からも女王様からも、何も言われないのだし」


「御意。徒歩の盗賊団が襲撃して来た件、覚えておいでですか」


「戦斧が見えたわ。大斧槍ハルバードの人は、間違いなく妖魔契約……黒魔術の狂戦士。あの声を聞く限り、頭の入れ替え50回以上やってる筈。あと少しで人の顔では無くなってたかも。何か、そこでも奇妙な点が?」


「黒魔術を使う大斧槍ハルバード付きの盗賊団と、こやつら野盗騎士団、追剥ぎ仲間では無いようで。我々は、別々の一味に、同時に襲われていたのでは、と」


「別々の追剥ぎ一味が、無関係に、同時に……」


「戦斧の盗賊団に襲撃されていたのを、野盗騎士団に救ってもらったらしく。ドッチもドッチの悪者ですが、騎士道をわきまえている分、野盗騎士団のほうが『よりマシな悪』です。その辺の盗賊よりもカネにがめついのは、ともかく」


中年騎士が愉快そうに笑った。


「公平な判断、恐悦至極。最後の感想も妙にツボに……戦況判断の訓練がなってない若い連中に、聞かせてやりたいくらいだ」


*****


ホールデン子爵から派遣されていた身代金の値下げ交渉人が、値下げどころか『花嫁の純潔の維持料』名目のもと上積みされた金額に真っ青になり、ヨロヨロと退去して行った後。


ローガンやジュードなど、リーダー・ヴィンセントの留守をあずかる側近のもとに、緊急連絡が入った。


十代前半ローティーンを抜けきらぬ伝令は、先ほど退去した値下げ交渉人と同じくらい、真っ青になって慌てていた。息を弾ませ、どもりながらも。


「レディ・リデルが逃走を!」


*****


――あの令嬢が、従者たちを見捨てて逃走するか?


ジュードは疑問に思いながらも、伝令の少年に案内させる。


仲間と共に駆け付けた現場は、神さびた巨岩が形作る、偉大なる谷間だ。


午後の後半の光が降りそそぐ断崖。腰紐を付けたままの女騎士ジョゼフィンと、監視役にして毒見役の中年騎士が、そこで揉み合っている。もう少しで、傍で切れ落ちている崖下へ墜落しそうだ。


近づいてみると。


女騎士ジョゼフィンが無謀にも崖下へ飛び降りようとしていて、それを毒見役の中年騎士が制止しているところであった。


「何やってんだ」


訳を問うローガンへ、女騎士ジョゼフィンが鋭く振り返った。


「リデルが崖から落ちた。シスター・Gから特に託された『一族』、此処で死なせる訳にはいかんのだ!」


「一族?」


女騎士ジョゼフィンは「しまった」とでもいうように、グッと口を締める。


奇妙な言動だ、と疑念を抱きつつ。ジュードは取り急ぎ、崖の状況を一瞥いちべつした。


目のくらむような断崖絶壁。各所に、強靭な根や蔓を持つ植物が張りついている。


「此処から墜落したと? 逃走じゃなくて?」


伝令の少年がギュッと目をつぶり、耳まで赤くなりながら、モゴモゴと説明した。


「あの、『逃走』じゃなくて『消失』で。さっきは、どもってしまって」


ローガンがジュードの隣へ立ち、断崖絶壁をのぞき込む。


「そこだな」


人ひとり墜落した痕跡が、密集した緑の中のかすかな乱れとなって、残っていた。


はるか下で突き出した平面には、風化した落石が散らばっていたが、考えられうる限り最悪の何かは、無い。


「蔓で落下が止まったか……生存してる筈だ。こんな谷間じゃ、暗くなるまで間が無い。行くか、ジュード」


「応」


ローガンとジュードのコンビは、熟練の作業を始めた。いつもの荷物袋から、種々の特殊道具を取り出す。


使い慣れた金属楔ハーケンを、ハンマーで、深々と岸壁に打ち込む。手ごたえを確かめた後、ジュードはロープを通して特殊な結索ノットを仕掛け、ゆっくりと体重をあずけた。


別のポイントにも打ち込んでおいたロープ連携中の金属楔ハーケンを、ローガンが確認している。やがてローガンは頷き、断崖絶壁の懸垂下降を始めたジュードへ向かって、無言で親指を立てた。


*****


先ほどから絶句していた女騎士ジョゼフィンが、やっと口を開いた。


「何なのだ、あの2人?」


毒見役の中年騎士が、訳知り顔で応じる。


「あのコンビに掛かって無事だった城壁や防壁は、たぶん無いな。『狂気の石壁』は試してないが。アカデミー学園闘争の時に敢えて指定しても良かったかな、裏をかく形になって、例の『ツルッパゲ野郎』を退治できたかも知れん」


「ツルッパゲ野郎?」


「忘れてくれ、女騎士ジョゼフィン。過去の話だし、結局、仕留め損ねた」


やがて、崖の上で待機中だったローガンが「よし!」と気合を入れ、近くのシッカリした岩壁に、新しく金属楔ハーケンを複数、打ち込んだ。支点を増やして負荷を分散するためだ。新しくロープを通して連携させ、長く長く垂れる端を、手際よく崖下へ送り込む。


若干の間を置き、各ロープがピンと張った。ローガンが連携ロープの組み合わせを操り、グイグイと引き上げ始める――相応に重量のある、何かを。


崖下からジュードが姿を現した。


声を押さえながらも、にわか捜索隊の面々がワッと取り巻く。


そして遂に、失神したままのリデルの身体が上がって来た。衣服の端は相応に破れていたが、幾つかの目立つスリ傷を除けば、怪我をしている様子は無い。ジュードの短丈マントが当座の担架となっていて、引き上げるためのロープに結索されてあった。


「お疲れさんだったな、ジュード。何故、担架を?」


「失神してたから……途中の突起で、かすったらしくて。服の背中の方が、大きく破けてたもんで」


ローガンのねぎらいに軽く応じたジュードであったが。それでも、救助活動の疲れが一気に出て……大きな息をついて、少しの間へたりこんでいたのだった。


いつしか夕陽が傾き、辺りは黄金の暮色の中に沈みつつあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ