04. 司祭見習いクルド
司祭見習いクルドから見たお話しです。
司祭見習いクルド(22)。この孤児院出身の俺が、またここに戻って来てから早5年。平日の朝のお勤めは任されるくらいには、ライハ様に認めてもらえるようになったんだと自負している。
今朝も俺が教会のお勤めから戻って来ると、まだ手が付けられていない朝食がひとり分、食堂の机に残っていた。
「それフィオの」
「フィオの? まだ食べてないのか? 今日は測定に行くんだろ?」
「まだ起きないんだよ」
ロイは肩をすくめて見せるとパンだけを持って2階へ上がって行った。
しばらくすると慌ただしく階段を駆け降りて、挨拶もそこそこに走り出て行く。声でロイとフィオだと分かったが、これで12歳だと思うと、今後が少し心配になってくる。
「本当に2人だけで行かせて良かったんですか?」
「私にも貴方にも予定が入ってるんだから仕方ないでしょ」
グンタに現地で合流をお願いしてるからって、あの2人が予定通りに会場にたどり着けるのか……。
ライハ様が外出され戻ってくるまで、教会と孤児院を行ったり来たりして過ごしたが、昼食の時間になっても2人は一向に戻って来ない。
「クルド、たった今2人がローゼンの店に着いたそうです」
「今ですか? 遅かったですね」
「グンタと昼食でもとっていたんでしょうね」
魔力行使が上手い人だけが使える魔伝。その人を象徴する生物の形で届く魔伝は、相手の魔力を受け取って伝文の姿に戻る。魔道具士ローゼンは玉虫色の蝶を使う。派手な色だと思うのだが、これがまた昼でも夜でも見えているのに隠匿の魔法のせいで俺には視認できない。
「クルド、教会と子どもたちは私が見ているので、2人を迎えに行ってくれますか?」
「……はい」
ローゼンさんの店に行ったなら後は戻って来るだけなんだから、2人で大丈夫だろうにと思った。が、丁度良い息抜きってことかなと引き受けた。
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俺がロイとフィオに出会ったのは5年前。彼らが7歳の時だった。
「司祭見習いのクルドと言います」
元々この孤児院で暮らしてたから、俺を知ってる子もいて歓迎されたのはいい思い出だ。
「クルドお兄ちゃん、おかえり。これからはずっと一緒にいられるの?」
なんて言われた日には、もう可愛すぎて抱きしめてしまうだろ? 年長の子たちは喜ぶし、初めましてのちびっ子たちも抱っこしてって寄ってくるし。
父親にも等しいライハ様のもとで見習いをするって言い張って良かったと心から思った。思ったんだ。あいつらに会うまでは。
「ルー、その人は?」
「無闇に近付くなよフィオ。ガキ抱いてあんな緩んだ顔をする奴なんてロクな者じゃねぇぞ」
「そっか! ロイは何でも知ってるね」
2人との初対面がこれ。百歩譲ってフィオはいいとしよう。ここでルータスがちゃんと紹介してくれたら、フィオなら歓迎してくれたに違いない。
問題はロイだ。12歳になった今でこそ、かなり懐いてくれて頼り甲斐のある頼もしい子に育ったが、ここまで育てるのにどれだけの苦渋を味わってきたか……。
俺が注いであげた水は植木に行き、俺が畳んだ服は洗い場に行き、俺が作った料理は他の子に回された。
フィオはそれを「困ったねぇ」って、おっとりと優しく見守りながら、俺の注いであげた水を飲んで、俺の畳んだ服を着て、俺が作った料理に少し手を加えてロイと食べる。
フィオは良い子じゃないか。なぜあんな子と四六時中一緒にいるのか不思議で仕方なかった。
わがままで反抗的。そうかと思えば子どもたちには頼りにされていて、年長子たちもロイに任せることが多い。ロイに任せれば必然的にフィオも関わることになるから、それを狙ってのことなのか? とも思ったが、そう言うわけではないらしい。
「ロイはフィオの兄であろうとしているんですよ」
歳は同じなのに?
「2人はここに来る前からの仲なんですか?」
「違いますよ。ロイが来て2年後にフィオが来ました」
その2年間に新しい子が来なくて、次に入ったフィオを弟分と認識したのかと思ったが、ライハ様はそうではないと言う。
ロイに手を焼く俺を見かねたのか、ここへ来て2週間経ったある日、ライハ様から夜に呼び出された。
「休む時間に申し訳ない」
「いえ、普段もこの時間は起きてますし、大丈夫です」
ここの消灯時間は20時。大人の今、20時に寝るなんて出来ないから、昼間にできない司祭としての勉強などをやっている。
これに目を通しておいて欲しいと渡されたのは一冊のファイル。ここに今住んでいる子ども達の調査書だった。
「名前と顔が一致してきた頃でしょうからね。今が頃合いだと思いまして」
「今から見てもいいですか?」
「もちろん」
年齢順に並べられた用紙をめくって、目当ての子を探す。
【ロイ 来院4歳。魔物に襲われ両親を始め保護者たる大人死亡のため妹2歳と共に引き取る】
妹がいたのか。ん? なら妹はどの子だ?
数枚めくると【フィーネ 来院2歳。来院前の傷が元で他界】とあった。
「ライハ様、これって……」
「フィオが来るまでは、私とも口を聞いてくれなかったんですよね」
「ですが、魔物襲撃で孤児になるなんてよくある話しじゃないですか。俺だってそうですよ」
「感じ方はその子によって異なりますよ」
思い詰めたように、魔物への憎しみを消さないように、常に唇を噛み締めている。そんな子だったとライハ様は困ったように笑った。
救いだったのは、ライハ様の友人でよく遊びに来ていたエドワード様の存在だった。俺も可愛がってもらった記憶がある。貴族なのに気さくでがさつで、とても温かい人だった。確か、騎士としても有能で騎士団団長に推される程の実力者なのに、最後まで前線に出ることを望んで部隊長であり続けていたと記憶している。他界されたと聞いたのは6年前だったかな。それを聞いた日は1日何も手に付かなかった。
そんなエドワード様は何故かロイを気に入って、来るたびにロイに構って剣術を指南していたらしい。ロイもエドワード様には心を許していたのか、よく懐いていたとライハ様に聞いた。
『ロイ、お前は騎士になれ。誰よりも強くて優しい騎士になれ』
『ライハ、ロイは俺を超えるぞ』
嬉しそうにそう言っていたらしい。ロイはそれから剣術にのめり込むようになった。エドワード様はロイにとってどのような存在だったんだろうか。
そう言えば、ルータスが、エドワード様は時々少女を連れて来ていて、ロイはその子を気に入っていたんじゃないかと言っていたな。
その子はエドワード様の他界後、孤児院に来たことはないらしい。そりゃそうだよな。貴族のご令嬢が遊びに来るような場所じゃないし。
ロイに続いて見たフィオの過去は、これもまた言葉を失うものだった。
【フィオ 来院6歳。魔力暴発による記憶障害有り。意識不明で来院し3ヶ月後に目覚める。自己の名前も忘れていたため「フィオ」と名付けた】
この頃、ロイは子どもたちと上手くいっておらず、1人で部屋を使っていた。ロイの立っての頼みでフィオをロイのルームメイトにしたと聞いた時は驚いた。
フィオが目覚める3ヶ月の間、ライハ様も面倒を見ていたとはいえ、まだ6歳だったロイに意識不明で寝たきりのフィオの面倒を見させていた事になる。
「そりゃ、フィオに対して過保護に育つはずだ」
ライハ様を見る俺の顔は、きっと呆れ返っていたと思う。
フィオという名は、ロイの妹の名に響きが似ているじゃないか。
魔物に襲われて食べられる家族。妹を連れて逃げるしかなかった幼い兄。それでも護れずに妹は魔物に傷付けられた。騎士団が駆けつけなかったら2人とも助からなかっただろう。
せっかく助かったのに、それなのに兄はたった1人で妹を看取ることになった。それを悔いて剣術にのめり込んで行く少年に、ライハ様は何をさせようとしているのか。
生きる理由を与える? 復讐するという目的をフィオを護ることに切り替えさせるため? どっちにしても、これは酷過ぎるだろ。
俺の知ってたライハ様像が崩れ始めた瞬間でもあったなぁ。
なんてことを馬車に揺られながら思い出していたら、窓の向こうに見慣れた顔が見えた。
あいつら、なんで歩いてるんだ? この先に馬車の停車場ってあったか? あるにはあるけど、かなり歩くぞ。
「あのクソガキどもが! こっちがどれだけ心配したと思ってるんだ」
すぐの停車場で降りて走った。司祭が猛ダッシュする姿なんて見慣れてないせいだろうな! 周囲の眼がこっちに向けられる。かなり恥ずかしい!
「ロォォイ! フィオォォ!」
向こうで何やら手に持ってまだ幼さの残る顔がクルクルと表情を変えているのが見える。
2人が逃げ出す前に2人の襟首を掴んだ。
「こんな所で何やってるんだ」
と問えば「帰宅中」と応えて、これ見よがしに飲み物のカップを見せつけて、あろうことか音を立てて飲み出した。
これ絶対わざとだろ!
そう思った時には2人に拳骨を落としていた。周囲からあらまぁという同情ともなんともつかない声が聞こえる。
虐待じゃないですからって心の中で何度も言い訳しながら、3人分の馬車代を持参していなかった俺は、結局ロイとフィオと歩いて帰ることになった。
いっぱい話して呆れて怒って笑って。それはそれでいい時間だった。
もう少し可愛げがあったら良いのになぁ。