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03. 魔道具店ローゼン

 グンタと別れた後、ロイと僕は乗合馬車の停車場には向かわず、噴水広場から王城に向かって右側、王都東部の区画を歩いてる。


「ロイ、どこに行くの?」

「ライハ様のお使い。頼んでた物を受け取って来いってさ」

「いつの間にそんなこと頼まれたの」

「今朝。お前が寝てる間に」


 ロイのジト目が怖い。


「それは何度も謝っただろ」

「何で寝坊なんかしたんだよ。らしくない」

「夢? のせい?」

「はぁ?」

 

 今朝見た夢は今までも何度か見たことがあった。大きな手と低い声。泣く僕を困ったようにあやしながら、歌ってくれる子守唄......。夢の中で子守唄を聴いてたら、そりゃ起きれなくなるってわけで。


「夢の中で子守唄歌われてて、夢の中でも寝た感じ?」

「ますます意味わかんね」


 だよねぇ。


「そう言えば、前に寝ながら泣いてた時も、子守唄がどうのって言ってたな」

「そんなことあったっけ?」

「......覚えてねぇのかよ」

「いつの話?」

「6歳の頃だったかな」


 覚えてるわけないだろ!


 地図を片手に歩くロイに着いて行った先に現れたのは『ローゼン魔道具店』と書かれた看板のあるお店だった。

 重厚な扉は僕らのような身分の者が立ち入ってはいけない場所だと示してるように感じる。


「ねぇ、ロイ、ここって......」


 せめてグンタも一緒だと良かったのにと、あそこで別れたのを後悔した。そんな僕の気持ちを無視してロイは店の扉に手をかける。


「貴族御用達店だよなぁ。あんなんでもライハ様ってやっぱり貴族なんだな」


 ロイはゆっくりと扉を開けた。

 

 天井が高く漆黒に艶めく内装がものすごい威圧感で迎えてくれた。すごい......。自分らの格好が改めて場違いだと知る。ロイと僕は扉を開けた状態のままで、思わず顔を見合わせてしまった。ゴクリと喉が鳴る。


「支払い済みだって言ってたから、さっさともらって帰ろうぜ」


 ロイの小さな声に大きく頷き返して、2人で店内に踏み込んだ。

 店員は1人。片眼鏡を掛けたその男性が、眉を顰めてこっちを見ている。客はナシ。


「ライハ様に言われてきたのですが」


 ロイが意を決したようにその定員に声をかけた。

 僕と目が合った片眼鏡をかけた男性の目元が緩んだように見えた。

 

「ご用意出来ております。少々調整もありますので、こちらにてお待ちください」


 案内されたのは、僕らには不釣り合いの豪華な個室だった。

 受け取って帰るだけだったよね?


「ロイ......僕、ちょっと怖い」

「お、おう、俺もだ」


 座って待つように言われたけど、座れるはずもない。艶やかな肘置きに漆黒の布が張られたソファは、洗ってあるとは言えこんな服で座っていいような物ではない。敷かれた絨毯もふかふかなのが靴越しに分かる。いっそのことこの絨毯の上に正座でも良いくらいだよ。

 貴族とはいつもこんな豪華な環境で暮らしているんだろうか。これは羨ましいを通り越して怖すぎる。

 ロイと手を握り合って怯えたように部屋の隅で佇んでいると、片眼鏡の男性が手に木製のトレーを持って戻って来た。


「改めてご挨拶申し上げます。店主のローゼンです。今回は当店を選んでいただきありがとうございます」


 僕らにそんな畏まらないでください!


「店主様だったよ!? なんで僕らにあんなに丁寧なの!?」

「俺に聞くなよ」


 コソコソと小声で話す僕らを、嫌な顔ひとつせず眺めている店主ローゼン。その笑顔から発せられる圧にのまれて、僕らは服を正して向き直った。


「そう怯えてくださいますな。ライハから話は伺っていますよ。お二人とも国立高等技術専門学校(ロイヤルエコル)へのご入学、おめでとうございます」

「あ......」

「ありがとうございます?」


 思いもよらない言葉にロイが言葉を失っている。測定はさっきしたばかり。なぜ店主様が知ってるんだろう?


「私に分からないことは無いんですよ」


 そう言ってにこりと笑う。

 ロイ、これってどう言う意味!?

 店主ローゼンはそんな僕らを目を細めて見下ろすと、恭しく一礼をした。

 だからなんで僕らにそんな対応するの?


「これからお2人は、貴族の方々とのお付き合いが増えていくことと存じます。初めてのことで戸惑うこともありますでしょう。ですが、臆することなく、学んで行かれてください」

「はい」

「お、おう」


 ソファの前に置かれた机の上にある木製のトレーを、店主様は僕らの前に持ってきた。トレーの上には腕輪が2つ。1つは銀製の細身の腕輪。もうひとつは細いチェーンに数個の石が付いた物。こっちは女性物のように見えて、背筋がゾクリと冷えた。


「ロイ様にはこちらを」


 ロイの明るい赤い髪を思わせる赤い宝石がはめ込まれた細身の腕輪。宝石の大きさは小さくて華美ではないけど、ロイがはめるとその瞬間明るく輝いてすぐに元の色に戻った。


「これはロイ様の魔術行使の際にお役立てください」

「ありがとうございます」


 ロイにしては神妙な口調だったから、思わず笑いそうになった。場の雰囲気にのまれてたのは僕だけじゃなかったって、少し嬉しい。


「そしてこちらはフィオ様に。既に付けておられる腕輪に足すようにという依頼ですが、いかが致しましょう?」


 女性物のように見えたのは、この腕輪に足すためだったのか。


「お嫌でしたら別の方法もございますが」

「いえ、それでお願いします」

「承知致しました。では、その前にフィオ様に合わせた調整を致したいと思います。こちらの質問に答えていただけますか?」

「は、はい。もちろんです」


 店主様は僕の返事に笑みを浮かべて頷くとロイへ目を向けた。ロイはそれを受けて右の人差し指を口元に当てる。ロイが思案するときの癖だ。店主様の意図に気付いたようにハッとロイの目が大きくなった。


「俺なら大丈夫。知ってるから」


 ロイの言葉に店主様は頷くと、僕に幾つかの質問をしてきた。


 髪は何色がいいのか。肌の色、手足の雰囲気はどうするのか。突然そんなこと聞かれてもどうすればいいのか分からなくて、時間だけが過ぎていく。


「ライハ様よりある程度承っておりますので、今回はそれで調整致しましょうか? ご希望はいつでも承れますので」

「そ、それでお願いします」


 チェーンに薄い乳白色の石が編み込まれている腕輪。

 店主様は僕の左腕にある腕輪を抜き取ると、トレーの上に2つの腕輪を置いた。


「フィオ様、これから私がする事をよく見ておいてくださいね」


 店主様の人差し指から細い糸のような光が放たれる。その光が僕の腕輪の淵に添えられたチェーンの腕輪を固定していく。

 いや、固定なんて物じゃなかった。

 光が腕輪をぐるっと一周した後、チェーンは元からあった模様のように腕輪の淵に組み込まれ、乳白色の石はその半分以上を腕輪の中に埋め込まれていた。


「これは魔術の技法の1つです。普段は弟子以外には見せないのですが、ライハから頼まれましたので」

 

 ライハ様......何という厚かましいお願いをしてるの。


「すみません」

「いえいえ、ライハとは学生時代からの付き合いです。とはいえ、巣立つ子どもに魔道具を贈りたいと、それを私に作らせたのは貴方がたが初めてですよ」


 腕輪を僕の左腕に戻して、店主様は腕輪に手を翳した。石の1つが淡く輝いて薄いピンクに色着いた。

 そして、最後にロイと僕の2つの腕輪に軽量の魔法を施して終了となった。


「お2人に幸多からんことを」

「ありがとうございます」


 見送られながら通りに出た。


「俺、こんな店、二度と来ねぇと思う」

「僕もだよ」


 どちらがともなく、噴水広場に向かって歩き出した。


「喉渇いた」

「ほんとそれ」


 噴水広場に並ぶ屋台の中に飲み物を売る店が見える。でも買うと馬車に乗れなくなっちゃうよねぇ。


「あれ買って歩いて帰るか?」

「時間かかるよ。孤児院の手伝いどうすんの?」

「それは不可抗力っつーことで」


 ロイ! 

 店に向かって走るロイを止められなかった。いい笑顔でカップを2つ持って戻ってくる。


「帰ろうぜ」

「どれくらいかかると思う?」

「さぁ、2時間くらいじゃねぇか?」


 もう買った後だし、諦めて一口飲んだ。冷たくて美味しいぃぃ!


「何の味だろうな、これ」

「なにも見ないで選んだの?」

「一番安いやつって頼んだ」


 なるほどね。選ぶことも出来なかったのか。


「なぁ、学校で頑張れば、こういうのも選べるようになるかな?」

「......あの魔道具店にも臆せず行けるようになれる?」


 多分、選べるようになれるし行けるようになる、はずだ。


「頑張るか」

「良くしてくれるライハ様たちの為にも、頑張らないとね」


 何やらロイの視線が痛かったけどそれを問う前に、僕らはクルドに捕まった。僕らの孤児院とその教会に勤める司祭見習いだ。彼も実は僕らと同じ孤児院の出身だったりする。


「こんな所で何やってるんだ!」

「帰宅中」

「なんで馬車を使ってないんだ」


 2人で飲み物のカップをクルドに向けて上げてみせる。そしてズズっと音を立てて飲んでみせた。

 激しい痛みが頭部に落ちて、危うくカップを落とす所だった。


「あぁ! もう! ほら早く帰るぞ」


 頭をガシガシとかきながらクルドが歩き出す。


「馬車使わないの?」

「お前らの分まで金持ってきてないんだよ!」

「えーーーー」


 大股で歩くクルドを追いかけてカップを差し出すと、クルドはムスッとした顔のまま受け取った。

 孤児院に帰り着く頃には、西の空は赤くなって、僕らの背後には長く伸びる3つの影が仲良く着いてきていた。

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