時計をとっとけい! 激寒ギャグから生まれるストーリー
「時計をとっとけい!」
黒板の前に立った山田が言う。
彼は大きな時計を脇に抱えていた。
山田がこのギャグを披露するのは、これが初めてではない。
何度も同じことを繰り返しているのだ。
時計は毎回違う。
最初は小さな目覚まし時計。
鳩時計に、彫像に埋め込まれた時計。
デジタル時計、日時計、砂時計。
エトセトラ。
様々な時計を抱えて黒板の前に立ち、激寒ギャグを披露する。
最初は誰も相手にしなかったが、続けて行くうちに次はどんな時計を持ってくるのかと注目するようになる。
彼がこんなギャグを披露するのには理由があった。
おじいさんが時計の仕事をしていて、幼いころからずっと憧れていたそうだ。
卒業式の日、その話をした後にお決まりのギャグを披露。
彼が抱えていたのは教室の時計。
それ見て、みんなが涙した。
月日がたち、俺は仕事でそれなりに成功を収めた。
仕事ができる男は良い腕時計をすると言うが、ありふれたブランド品には興味がない。
身に着けるのなら特別なものがいい。
そう思って、俺は山田の元を尋ねる。
彼は細々と腕時計を作っていた。
本場スイスで修業を積んだ彼は、立派な時計職人になっていた。
噂で聞いたが、まだ一つも売れていないという。
俺は彼の時計を買いたいと思った。
特別な一品を仕上げてくれるだろう。
山田の工房は郊外の小さな民家にある。
尋ねてみると……まぁ、すごい。
まるでお化け屋敷のように古い建物だった。
「すみませーん! だれかいますかー!?」
呼びかけると中からエプロンをかけた小汚いおっさんが顔を出す。
間違いなく山田。
一目見て分かった。
「久しぶりだな……山田」
「ええっと……?」
俺の顔を見ても思い出せないらしい。
しばらく話しているうちに思い出したのか、山田は「あーっ!」と声を上げて肩を叩いてくれた。
案内された部屋には見たこともないデザインの腕時計が並んでいる。
俺はさっそく彼に購入の意思を伝えた。
「まさか……昔の仲間が買いに来てくれるなんてなぁ」
「いつものアレ、やってくれるか?」
俺が言うと山田は……。
「時計をとっとけい!」
自分が作った商品を差し出しながら言う山田。
目には涙が浮かんでいる。
「ああ、もらっていくよ」
「よっ……ようやく……売れた……」
山田は嗚咽を漏らして泣き始めた。
大粒の涙がほほを伝ってしたたり落ちる。
誰しも一度は夢を見る。
しかし、その願いを叶える者は一握り。
俺は彼の夢が詰まった時計を受け取った。