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妹鬼と心も身体も急接近した夜が過ぎると、戦いの朝が待っています

 その夜、羅羽は俺のベッドに入っては来なかった。


 居間に布団を敷いたまますすり泣く羅羽に、俺のほうから添い寝したからだ。


 しっかりと抱き合って迎えた夜明けは、静かだった。


 だが、いつまでも続いてほしいと望んでも、時間は過ぎ去っていく。


 早朝の光がぼんやりと差してきた頃、家のドアを叩く、微かな音がした。


 羅羽と寄り添って玄関に出迎えた相手は、もちろん、咲耶だった。


 ジャージ姿で、大きな風呂敷包みを首にひっかけている。


「しばらく厄介になるよ」


 そう言うなり、勝手に家の中へと上がり込む。


 シャツ一枚で俺にすがりつく羅羽との間で、冷たい視線が火花を散らした。




「もう、後がないってこと、分かってるよね、克衛も」


 羅羽と競うようにして作った朝食を俺の前に並べながら、羅羽は俺がいかに危険な立場にあるか、一方的にまくし立てる。


「鬼の世界との出入口を破壊できる、この世でたった一人の人間。だから、鬼たちに危険人物扱いされて、命を狙われてる」


 一介の底辺校生が、何でこんな目に遭わなくてはならないんだろうか。


 降って湧いたような災難なのに、咲耶はまるで、俺に非があるかのような言い方をする。


「集団で襲われるっていうのに、紅葉狩で鬼を斬る覚悟もできてない」


 さらに、苦しい立場をいちいちあげつらった。


「義理の母が実は鬼で、今にも死にかかってる。その娘……つまり義理の妹も、掟を破ったたために鬼に命を狙われてる」


 羅羽に睨まれても、咲耶は気にした様子もない。


 あくまでも俺を見据えて、いちばんの弱点を突いてくる。


「それもこれも、自分の母親が、鬼の世界で拘束されているから」




 そこで、羅羽が口を挟む。


「心配する割には、ひと晩、ふたりきりにしてくれたのよね。ありがとう」


 バカ丁寧な口調を無視した羅羽は、あくまでも事務的に告げた。


「夕べ、実家に行って、朝一番のバスで帰ってきたんだ」


 そこで語ったのは、故郷の退魔師のことだった。


「ボクはもともと、鬼から克衛を守る使命を受けて、こっちへ出てきたんだ」


 聞けば、退魔師の序列は、頭領・中支え・下積みに分かれているという。


 下の階級にいる者は上の者に絶対服従が求められる。そこから抜け出そうとすれば……。


「分かるよね。結局、ボクにはできなかった。男は……薬や訓練で、男を捨てるらしい」


 それがどういう意味かは、あまり聞きたくなかった。


 咲耶も、組織の厳しさを強調する。


「敵前逃亡は許されない。鬼たちと戦い始めたら最後、生きて戦いを終わらせるか、死ぬしかない」




 そこで、俺は事情を察した。


「つまり……実家の退魔師に、助けを求めに行った?」


 咲耶は、自分も朝食を取りながら頷いた。


「もう、ボクひとりじゃ無理だ。鬼がどれだけ襲いかかってくるかわからないし、使う獣の強さも、数も、見当がつかない。鵺笛みたいに強力なリーダーもいるみたいだし」


 それは、鵺笛に執着されている羅羽へのあてこすりでもあっただろう。


 だが、咲耶は何食わぬ顔で話を続ける。


「だから集団で戦うしかないんだけど、鬼たちまで守る義理がないって言われたんだ。下積みの指図で……」


 すると、先に食事を終えた羅羽が食器を洗いながら言った。


「ご心配なく、私が自分で何とかしますから」


 だが、咲耶は怒りもしないで、感情のない声で話を続ける。


「鬼たちと戦うためには、条件があるって」


 結論から言うと、それは俺と羅羽を引き離すことだった。


「克衛は、鬼を斬れるようになってもらうよ。羅羽ちゃんは……」


 そこで、咲耶は哀しげに笑った。


「この家の中で、じっとしていてほしいんだ」


 洗い物を終えて振り向いた羅羽の爪はもう、長く伸びて、鋼の光を放っている。


 その額に向かって、咲耶は手を横薙ぎに振る。


 一枚の護符に角を隠された羅羽は、その場に立ち尽くす。


 咲耶は、慰めるように言った。


「ボクの実家のお土産をどうぞ。無理に引きちぎろうとすれば死ぬけど、鬼の力を使わなければ、普通の人間と同じように暮らせるよ。もっとも……それで人前には出られないだろうけど」




 そのときだった。


 玄関の呼び鈴を鳴らす音が聞こえて、咲耶は身構えた。


「まさか……」


 羅羽は、何かに導かれるようにして、ふらふらと出ていく。


 胸騒ぎがして後を追うと、ドアも開けていないのに、玄関には宅配屋の若者が立っていた。


「どうも……こちらから受け取りにあがりました」


 目深にかぶった帽子の庇を跳ね上げると、顔に刻まれた刀傷が現れる。


「掟に従わぬ者をな!」


 そう言うなり、羅羽の額の護符を剥がしにかかる。


 だが、その手は青い火花と共にはじき返された。


 後ろからやってきた咲耶が、自信たっぷりに告げる。


「ボクの結界を破ったのはさすがだけど、退魔師が総出で力を込めた護符はね」


 だが、俺は尋ねないではいられなかった。


「……それより、どうしてここが?」




 鵺笛は負け惜しみを言うかのように答えた。


「あの神社の辺りから、この家のあたりをうろつく連中がいたのよ。そいつらが首を傾げていたので、結界が張ってあると見当をつけたのだ」


 俺たちへの仕返しのために、あのヤンキーどもが家の場所を嗅ぎ回っていたらしい。いい迷惑だ。


 さらに、鵺笛が思わせぶりに笑う。


「我らにとって、人間の世界で求める相手を探し出すのは造作もない。鬼は人に身をやつして、どこにでも暮らしておるからな」


 そこで、羅羽にも気付いたことがあったらしい。


「まさか、お母さんの……」


 鵺笛は余裕たっぷりに頷いてみせる。


「その者の父親を引き離したうえで、病が重くなったと見せかけることもできよう」


 怒りを抑えながら、羅羽は問いただす。


「何がお望みかしら?」


 答えは単純だった。


「掟に従え。お前の裸身を見た者を殺すのだ。さすれば、母の命は取るまい。鬼の世界には戻さずとも」


 俺の家の中にある者が、次第に霞んでいく。


 鬼の世界との出入り口が開いたのだ。


 その向こうから、群れを成して現れた者たちがいる。


 鵺笛が自信たっぷりに言った。


「これまで辻々で我らが張った結界は覚えておろう。あの神社からここまでの道は今、その結界の中にある」


 鬼たちは、その爪をかざし、手にした刃物を閃かせていた。


 羅羽も長く伸びたままの爪を構える。


 だが、鬼の力は退魔師たちの護符で封じられたままだった。


 


 今、戦えば羅羽はまちがいなく死ぬ。


「咲耶、あれを……」 


 俺の頼みを、咲耶はすげなく断った。


「貼ったら、ボクには剥がせない」


 たぶん、羅羽もそれを望んではいないだろうと思った。


 鬼たちの掟は、たしか、こう続いていたはずだ。


 裸身を見た男を殺せなければ、一生、添い遂げなければならない。それができなければ、自ら命を絶たなければならない、と。


 羅羽は、死ぬつもりで掟と闘っているのだ。


 それならば、今、できることはひとつしかない。


「羅羽、俺は……」 


 鵺笛を倒すほどの力はないが、羅羽を死なせないで済むなら、自分の人生を捨てても構わなかった。


 この辺のクソ度胸だけは、もしかすると親父譲りかもしれない。


 そもそも、何を失う気もしなかった。


 俺の目の前に、この世の何よりも美しいと思った羅羽の裸身が浮かび上がる。


 それを抱きしめて、俺のものにしたい衝動が全身を突き動かす。


 羅羽を女として強烈に意識しているのに、身体が金縛りになることはなかった。


 気持ちを告げるなら、今だ。


「俺はお前と……」


 結婚する、という前から、羅羽の目には涙が浮かんでいた。


 言わなくても、俺の気持ちはもう、伝わっている。


 人間の世界を捨てて、鬼の世界へ連れて行かれても構わない。


 そこには、母さんだっている。


 俺たちの間に生まれるのが、鬼の子でもいい。


 真剣にそう思う。


 気になったのは、咲耶のことだ。


 ちらと眺めると、俺たちから目をそらしている。


 その顔を、まっすぐ見ることはできなかった。


 羅羽が悲しげに俺を見ていたのは、その気持ちも伝わってしまったからだろう。

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