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鬼との死闘の果てに、妹は最後の決断をします

 俺は思わず、いつにない啖呵を切っていた。


「恨みを晴らすのはお前らの勝手だ。俺が邪魔なら殺すがいい」


「克衛!」


 最後のひと言に、咲耶は声を上げた。


 だが、俺の身体の震えは止まらない。


 それは、鵺笛への恐怖からではなかった。


 そもそも、鬼たちはもう、恐るるに足りないのだ。


 なぜなら、俺の手の中には鬼たちの力を削ぐ神剣「紅葉狩」がある。


 俺を震えさせたのは、純粋な怒りだった。


「もう、羅羽を掟で縛るのはやめろ。誰を好きになろうと、子どもを持とうと持つまいと、羅羽の勝手だろう」


 鵺笛は、吐き捨てるように答えた。


「血というものは、そう簡単に逃れられるものではない。地面に一度、鍬を下ろした人間が、そこから離れられんのと同じだ」


 いつの時代の話をしているのだろうかと思ったが、咲耶は少し、後ろめたそうな顔をした。


 だが、それには構っていられなかった。引き下がるわけにはいかない。


「母さんは、お前たちの掟の中で、俺を精一杯、守ろうとしただけだ。俺が紅葉狩を手にしたのは、むしろ、お前たちが掟の抜け道を使ったせいじゃないのか?」


 痛いところを突いたつもりだったが、鵺笛はそれを鼻で笑った。


「鬼の掟は、鬼が鬼であることを守るためにある。そもそも掟というものは、掟のために作られたものではあるまい」


 それはそれで、正論だった。


 俺には分からない理屈で動いている人たちがいるのだとしたら、どう言い返しても、話は先に進まない。


 そこで、俺は聞いてみることにした。


「お前たちが鬼であるために、母さんを解き放ったり、羅羽をここに留めておいたりすることは、できないということか?」


 鬼たちの自尊心を傷つけることなく、俺の望みを叶える方法はないかと考えたのだ。


 鵺笛は苦笑した。


「そんな虫のいい話が……ないわけではない」 


 そう言うなり立ち上がって、三つ又の短剣を放り出す。




 鬼たちはどよめいたが、俺には何のつもりか、さっぱり分からない。


 戸惑っている俺の顔を見据えて、鵺笛は言った。 


「人を襲うのは、鬼なら当たり前のことだ。だが、今は違う。鬼と人間が、各々の世界を守ろうとする戦いだ」 


 不意打ちに闇討ち、今までさんざん卑怯な手を使ってきた鵺笛の口から、そんな言葉が出るとは思わなかった。


「一騎打ち……そういうことか?」


 鵺笛はうなずいた。


「紅葉狩の前で、鬼の力は使えん。そのうえで我が勝ちとなれば、羅羽も連れていく。負ければ引き下がる。母親は返せんが、解き放ってやろう」


 つまり、全く対等な立場で勝負を決めようということだった。


 もちろん、断る理由はない。


 母さんを取り返すことはできなくとも、羅羽だけは守ることができる。


 だが、ひとつだけ、納得できないことがあった。


 こんな気持ちで紅葉狩を振るったところで、かえって生死を分ける判断を間違えるだけだ。


 俺は、正直な気持ちに従うことにした。


「咲耶、これ、持っててくれ」


「紅葉狩りを? 何考えてるんだよ」


 預けようとした紅葉狩を咲耶が受け取ろうとしないので、俺は言った。


「この場で捨てるぞ」


「待てよ! こういう刀剣は粗末に扱うと大変なことに……」


 咲耶が自分から紅葉狩りをひったくったところで、俺は布人形のストラップを後ろ手に投げた。




 ……よきお覚悟!




 鎧武者が俺の後ろから装着されたところで、一応の確認は取ることにした。


「このくらいのハンデはいいだろう?」


 鵺笛は愉快そうに、足下の羅羽を見下ろして笑った。


「これでこの男とは相対あいたいだ、羅羽。逃げれば、この男の母は解き放たれることなく、死ぬことになる」


 羅羽は身体を起こしたが、そこから一歩も動こうとはしない。


 こうして、鬼と人間の世界の命運を懸けた、正々堂々の徒手格闘が始まった。


 


 鵺笛は凄まじい勢いで、俺に向かって突進してきた。


 紅葉狩の力で弱っている鬼とはとても思えない。


 あっという間に間合いを詰めるなり、俺の目の前へ掌を突き出してきた。


 速い。よけきれない。


 いわゆる掌底というやつを顎に食らうかと思ったとき、鎧武者が囁いた。




 ……足を揃えなされ!


  


 その前に、俺の足は勝手に動いている。


 言われるままに量の踵を揃えると、腹のあった辺りを鉄拳が打ち抜いていた。


 鎧武者が教えてくれた。




 ……あの掌は、目隠しでござる!




 つまり、相手の掌が正面に見えたら、それは視界を覆い隠すためだということだ。


 気を付けていれば、次のはかわせるかもしれない。


 だが、からくりを読まれた同じ技を二度三度と繰り返すほど、鵺笛は愚かではなかった。


 もっとも、次にどんな攻撃が来るのか、いちいち教える余裕は鎧武者にもないようだった。




 ……胸を反らしなされ!




 言われるままに身体をのけぞらせると、鵺笛の側面に回り込んだ俺の鼻先を、疾風のような手刀がかすめていく。


 向き直った鵺笛は、思いっきり踏み込んできた。


 さらに鎧武者は囁きかける。




 ……屈みなされ!




 リンボーダンスのような姿勢から、身体を前に振ってしゃがみ込む。


 頭のてっぺんをすれすれに通り過ぎた貫手は、俺の喉元があった辺りを正確に打ち抜いている。


 まずい。


 格闘にかけては、鵺笛のほうが一枚も二枚も上手だ。


 ろくな訓練も受けていない俺に、逆転の余地などあるはずもない。


 だが、鎧武者は俺に告げる。




 ……今でございます!




 確かに、限界まで視点を低めて見ると、踏み込んだ鵺笛の足元がふらついていた。


 俺はとっさに、その足首へと飛びつく。


 子どもの喧嘩のようだが、他に打つ手はない。


 ところが、地面に転がったのは俺ひとりだった。


 仰向けになってみれば、俺の腹めがけて鵺笛が飛び降りてくる。


 鎧武者の鋭い叱咤が聞こえた。




 ……諦めなさるな!




 鵺笛の足に、俺は身体を真っ二つに折ったが、痛くもかゆくもない。


 鎧武者が、ダメージを全て吸収してくれたのだ。


 そのおかげで、最初の狙い通りに鵺笛の足を掴むことができた。


 鎧武者の身体の動きに任せて、捕らえた相手を逃がすまいとひたすらに努める。


 気が付くと、鵺笛の喉元は俺の両腕の中にすっぽりと収まっていた。


 鎧武者が、静かに俺を促す。




 ……そこを締めれば、終わりまする。




 だが、俺は腕に力を込めることはなかった。


 再び、鎧武者が声を荒らげる。




 ……難しくはござらん。齢三つの幼子でも、大の大人を絞め殺せますれば。




 刃物を使うのと素手とでは、腹の括りようがこれほど違うものとは思わなかった。


「……できない」


 その返事が、命取りだった。


「甘いな、人間!」


 腕の中から鵺笛の姿が消える。


 気が付くと、俺との位置は逆転していた。


 ただし、違うことがある。


 俺は、鵺笛を締め落とし損なった。


 鵺笛はというと、俺の首を根元から極めている。


 もしかすると、負けを認めれば命だけは助かるかもしれない。


 だが、俺の口から出たのは、自分でも意外な、全く逆の言葉だった。


「折れよ」


 負けて得るものなど何もない。


 命惜しさに、むざむざ羅羽を譲り渡し、母さんを見捨てることなどできるはずがなかった。


 鵺笛は、ふつふつと苦笑しながら、腕に力を込める。


「おぬしを見損のうておった。殺すには惜しいが、ここでひとり、生かしておくのも哀れというもの」


 不思議な気分だった。


 母さんと羅羽を少しでも鬼の掟から解き放とうとしたはずだった。


 それなのに、俺は今、鬼の掟に自分で従って殺されようとしている。


 死ぬってどういうことだろうと、他人事のように思ってみたりもした。


 本人でないと、わからないことなのに。


 だが、そのときが来ることはなかった。




「やめて!」


 声を上げたのは、羅羽だった。


 鵺笛は、冷たい声でこれを突き放す。


「男と男が、面と向かって話し合って決めたことだ。邪魔はするな」


 だが、羅羽は屈しない。


 鵺笛の目を見据えて、はっきりと告げた。


「鬼の子が欲しいんでしょう? だったら、産むわ……だから、お兄ちゃんから離れて!」

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