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幼馴染が突然、衝撃の告白をします

 咲耶の住んでいたところは、確かに、俺の……というか母さんの実家から、ずいぶんと遠いところにあった覚えがある。


 子どもの足で通っていたからというだけではない。大人たちも、あまり行き来はしていないようだった。


 遊びに行こうとすると、母さんの実家の爺さんや婆さんは露骨に嫌そうな顔をしたものだ。


 確かに、あまりいい雰囲気の場所ではなかった気がする。


 川向こうにある山沿いの細長い土地で、朝に昇った日がなかなか差さない、湿っぽいところだった。


 俺がいちばんよく覚えているのは、縁日のない神社の薪能だ。


 咲耶にしつこく誘われて、仕方なく行こうとしたら、爺さんと婆さんに止められた。


 それでも咲耶と見た記憶があるのは、なぜだろうか。


「……何ていったっけ、あの薪能」


 間がもたなくて、とりあえず聞いてみる。


 咲耶はすぐに答えを返してきた。


紅葉狩もみじがり……紅葉を愛でる宴に現れた美女が鬼の正体を現したのを、神の剣で退治する話。ボクたちの間にも、そんな刀の伝説が、同じ名前で伝わってるから」


 学校を辞める話を別方向にそらそうとして、俺は尋ねた。


「それはやっぱり……みんな退魔師だから?」


 もし当たっていたら、俺の田舎はたいへんなところだ。


 だが、咲耶は頷いた。


「あの神社を建てたボクたちの先祖が、祈りと誓いを込めて奉納を始めたらしいよ。そのときが来たら、紅葉狩のご加護がありますようにって」


「どんな?」


 さらに話を別方向へ持って行こうとしたが、そこには、かえって重い展開が待っていた。


「子々孫々に至るまで、娘を鬼には捧げさせない。いかに疎まれ、蔑まれようと」


 娘を化物に捧げるというのは、昔話によくある。


 だが、俺には納得できないことがあった。


「何で、咲耶の先祖が?」 


 その経緯は、忌まわしい習慣への怒りと、それを阻んできた家系に連なる者の誇りをもって、静かに語られた。




 あの辺りには昔からよく鬼が出て、老若男女を問わずにあちこちで襲っていた。


 そこで村人は、何年かに一度ずつ、若い娘を鬼に差しだしてきた。


 鬼がそれで満足すれば、村の人たちは食い殺されずに済む。


 さらに、場所を決めて鬼を招いておけば、不意に出くわすこともない。


 だが、咲耶たちの先祖はそれを拒んで、山の麓へと川を渡ったのだった。


 そこで建てたのが薪能の奉納される神社であるが、ここには目的があった。


 村から逃げてきた娘をかくまうための、仮の隠れ家だったのだ。


 だから、咲耶の先祖たちは、退魔の技を磨き、鬼とも、村の人たちとも戦うことになった。


 疎まれ、蔑まれてきたのには、こういうわけがあったのだった。




「そして、事情は違うけど、そんな退魔師は日本中にいる。鬼だって、日本中に散らばっているんだ。ボクたちの先祖は、退魔の技を授かる代わりに、鬼の出るところへは誰かを差し向ける契約を結んだ」


 長い長い話が終わって、床に足を投げ出した咲耶は、ひと息ついた。


「本当は、しゃべっちゃいけないんだけどね。克衛にだけは、知っておいてほしくて……」


 そろそろ、部屋の中が薄暗くなってきた。


 だが、咲耶は明かりをつけようとしない。


 いつ、ここを出るつもりだったのだろうか。


 明日の朝早くか……いや、今だ。


 俺が手紙に気付く前に、ここを片づけてしまうつもりだったのだろう。


 間一髪、間に合ったわけだ。


 だが、いまひとつ、こんなに急いで田舎へ帰る理由が分からない。


「何で、今?」


 聞いても、咲耶は答えようとはしなかった。


 少しずつ西日が強くなってくる窓の外を眺めながら、見当外れのことを言う。


「いままで、ありがとう。いい夢、見せてくれて」


 俺はその目の前へと、膝でにじり寄る。


 目を伏せる咲耶の顔を、横から覗きこむ。


「全然、分かんないよ。お前が何言ってんだか」


 それでも、目は合わせられない。


 さらに、咲耶はわけのわからないことを言った。


「もう、いいんだ。羅羽ちゃんが克衛を守るから」


 いや、鬼たちに狙われていたのは、羅羽のほうだ。


 咲耶が言うほど、俺は鬼たちには目をつけられてはいない。


 だから、本当に言いたいことは他にある。


 それがどんなものなのかは、俺にも察しがついていた。


 だが、それをこっちから口に出すわけにもいかなかった。


「もう少し、時間が欲しい。今、そんな気持ちにはなれないんだ」


 自分でも不器用だと思うが、そんな言葉で咲耶が止められるはずはなかった。


 夏の夕暮れの光を窓から浴びながら、はっきりと告げる。


「もう、決めたことだから」 


 再び、ドアに向かって歩き出す。


 俺は咲耶を追いかけた。


 追いつくまでには、ほんの数歩で充分だった。


「戻ってどうする気なんだよ」


 すぐ後ろから声をかける。


 だが、咲耶はドアに手をかけていた。


「どうもしない。だって」


 そこで、羅羽の言葉は止まった。


 今なら、止められる。


 後ろから抱き留めればいい。


 それが、どうしてもできなかった。


「言えないくらいなら、ここにいろよ」


 自分でも呆れるくらいムチャクチャな理屈だったが、こんなことを言うのが精一杯だった。


 いかにけしからん発育をしていようと、ただの幼馴染だと思えば何でもないはずだった。


 だが、今の俺にはもう、咲耶はひとりの女の子だったのだ。。


 もっとも、変な意味で意識したのではない。


 確かに、羅羽がやってきたその日にいきなり、風呂場で裸のままキスされたりもした。


 だが、そういうことから来ているのでは決してない。


 身体の中から湧きあがる、もっと根本的な感情が、俺の手を止めていた。


 咲耶はというと、ドアに手をかけたまま、微かな声でつぶやく。


「ボクはもう、ここにいる意味がないんだ」




 その言葉には、さすがに俺も苛立った。


「らしくないぞ、お前」


 咲耶にしては、あまりにも弱気すぎる。


 だが、寂しげな声は、それまで胸のうちに秘められていたことを切々と語り続けた。


「ボクはね、こんなところまで本当は出てきちゃいけなかったんだ」


 自分で自分を縛るようなことばかり言う。


 俺の怒りも、そろそろ限界に来ていた。


「誰が決めたんだよ、そんなこと」 


 咲耶は、今までに聞いたことのないような力無い声で答えた。


「克衛に、何か特別な力があると思ってる人たちさ……そんなものがあるのかどうか、ボクには分からないけど」


 それが何だか、俺には思い当たることがあった。


 咲耶を止めようとしているというのに、つい尋ねてしまう。


「じゃあ、あれは」


 そこで初めて、咲耶は振り返った。


「あれって?」




 こんなことで咲耶を止めることができるなら。


 それが、俺は夜の神社で咲耶が気を失っている間にあったことを全て話した。


 咲耶は部屋のドアにもたれかかり、ひと通りのことを聞いてから答えた。


「鬼の力を持って生まれてくるはずが、鬼を遠ざける力の持ち主になってしまったんだ」


「じゃあ、母さんは……」


 これで、ひとつの謎が解けた。


 俺の心のどこかに刺さっていた、トゲのようなものが溶けていく。


 咲耶は、俺の言葉を継いだ。


「人のまま、克衛を産んだ。その克衛を守るのが、ボクたちの役割なんだ」


 話は結局、もとのところへ戻っていく。


「ボクは克衛を守るという条件で、今の学校に入ったんだ。退魔師の契約を守るために。それなのに、克衛、別の学校に行っちゃって」


「悪い、俺の学力じゃ、咲耶と同じ格好は、ちょっと」


 おどけてみせたが、咲耶は真剣な目をして答えた。


「学校が違うくらいなら、何があろうといつでも飛んでいく。そのストラップ投げればね」


 視線の先にあるのは、紙飛行機の形をした、あれだ。投げれば、咲耶が現れる。


 でも、と咲耶は付け加えた。 


「克衛を守れないんじゃ、田舎で暮らすか、退魔師をやめるか、そのどちらかしかない」


「じゃあ、俺も行く」


 咲耶ひとりだけを、故郷の退魔師たちのもとに送りたくはなかった。


 だが、当の咲耶は、冷たく答える。


「戻りたければ、戻るといいさ。そのとき、ボクはもう、いない……もう退魔師は、辞めるから」


 唐突なひと言だった。


 だが、俺は食い下がる。


「そんなに簡単に、辞められるもんなのか?」


 すると咲耶は、いきなり俺の首っ玉にしがみついた。


 その唇が、俺の唇をふさぐ。


 金縛りに遭って倒れた俺を見下ろして、咲耶は哀しげに言った。


「できるさ……自分から、鬼に身を捧げれば」


 ドアノブに手をかけると、背中を震わせる。


「ボクには両親がいない。契約に従って、遠くに出た鬼と戦って、負けて死んだんだ。それでも、もう、ボクは戦えない」

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