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押しかけ妹が、俺の前に突然現れた

 京にも田舎があるように、東京にも離れ小島があるように、どんな土地でも栄えたところと寂れたところはあるものだ。


 そして俺……越井克衛(こしい かつえ)はその、割と栄えた都市の市街地にある高校から、寂れた郊外にある自宅に帰ってきたところだった。


「暑い……」


 教育にだって、日本全国どこにでも、多少の格差はあるものだが、それは仕方がない。


 それでも全ての高校生に、ほとんど等しく与えられるものはある。


 そう、夏休みだ。


 だが、1学期が終わった日の夕方、俺は疲れ切って玄関のドアの前に立っていた。


「やっと着いた……」


 普通の高校なら、午前中に終業式を済ませた高校生は、解放感に満ちた午後を楽しんでいるものだ。


 ところが、俺の通う高校には、その恩恵がない。


 午後に終業式と大掃除を回して、午前中は授業をしなければ追いつかないほどの底辺校なのだ。


 だが、それを考えれば考えるほど惨めな気分になってくる。


 とりあえず、明日からの夏休みを素直に喜ぶことにして、俺は玄関のドアに手をかけた


「あれ……?」


 カギが掛かっていない。


「帰ってるのかな? 親父」


 親父はちゃらんぽらんな男で出勤も俺より遅い。


 朝飯は、先に学校に行く俺が作って台所に置いていくことにしているくらいだ。


 だが、家のカギをかけ忘れていくほどアホではない。


 俺は玄関から、薄暗い家の中に声をかける。


「ただいま……夕飯まで、ちょっと待ってよ」


 こっちのほうも、俺が親父の帰りを見計らって作っている。


 下手に早く帰られて、腹減ったのなんのと子供のように愚図られてはかなわないのだ。


 そう思いながら靴を脱いで家に上がっても、返事はない。


「親父! いるならいるで……」


 薄暗い家の中は、静まり返っている。


 他の家なら母親が夕食の準備をする音や匂いがしてもよさそうなものだが、それは遠い記憶の中にしかなかった。


 子どもの頃を過ごした、まだ母さんがいた頃の、遠い田舎でのことだ。


「あれ……」


 いや、微かにではあるが、聞えた。


 聞き慣れない鼻歌と、まな板を叩く包丁の音が刻むビート。


 それが、ふと止まる。


 聞こえたのは、女の子の可愛らしい声だ。


「誰?」


 聞き慣れない声に、俺は慌てて玄関で靴をつっかけるなり、家の外へと駆け出した。


 夏の夕暮れの、まだ明るい空を見上げる。


 その下にあるのは、ローンが終わってるのか終わってないのか心配な、2階建ての中古住宅だ。


 2階には道に面した窓があって、家の前を見下ろすことができる。


 物干し台と物置のある庭に回ると、手前にある居間にはカーテンが下りていた。


 その奥には、台所と洗面所がある。


 間違いない。


「俺んちだよな」


 家を間違えたわけではない。


 もう一度、玄関に戻ってドアに手をかける。


 カギが掛かっている。


「おい!」


 誰にツッコんでいるのか自分でも分からないまま、ドアをガチャガチャやる。


 やっぱり、開かなかった。


 自分のうちに帰ってきて、どこの誰だか知らないが、勝手に上がり込んだ赤の他人に締め出しを食わされるいわれはない。


 俺は、ドアの脇にあるインターホンを鳴らした。


 だが、返事はない。


 苛立ち紛れに何度となくボタンを押し続けていると、ようやくのことで答える声があった。


「どちら様?」


 澄んだ声、というよりも、わざとらしく取り澄ました物言いだった。


 相手が女の子だろうが何だろうが、もう、甘い態度は取っていられなかった。


 俺は苛立ちを思いっきり声に乗せて、凄んで見せる。


「誰? お前こそ誰なんだよ」


 そこでドアが開いて、出てきたのは見ず知らずの女の子だった。


 白いワンピースを着た、細い感じの、小柄な娘。たぶん、俺より年下だ。


 流れるような黒髪と切れ長の目には、夏の暑い夕暮れどきに映える涼やかさがあった。


 こんな相手に乱暴な言葉はまずかったかと、さすがにうろたえる。


 でも、何でこんな女の子が、俺の家に?


 女の子は小首を傾げて、俺をまじまじと見つめた。


「聞いてないの? 何も」


 そう聞かれた俺の身体は、この暑さの中で、何故か凍り付いた。


 女の子の眼差しは涼しいというより、心臓を刺し貫くほど冷たかったのだ。


「いや、あの……」 


 何も言えないでいる俺の目の前に、女の子は茶封筒をひとつ突き出した。


「詳しいことはこれ見て」


 封筒の表には、俺の名前が書いてある。


 裏返してみると、越井佐治(さじ)、と親父の名前が書いてあった。


 やることが仰々しい割に、どうも間が抜けている。


 いかにも親父らしかったが、その分、たまらなく嫌な予感を覚えながら、俺は封筒を開けてみた。


 中の手紙には、こう書いてあった。




 


 息子へ


 実はつきあっていた人がいる。紹介しようと思っていたが、彼女は長い旅に出ると言いだした。


 お互いに気持ちが落ち着いたら、きっと戻ってくる。


 その間、彼女の娘の面倒を見てほしい。


 名前は、文月羅羽(ふづき あみは)という。今年で14歳、中学2年生だ。 


 しっかり者だから、逆にお前が面倒を見てもらうことになるだろう。


 だが、妹になるわけだから、決して間違いだけは犯さないように。


 父より




 追伸


 間違いの意味は分かってるな? 可愛い子だけに、父は心配している。


 


「ふざけんな! あのフーセン親父!」


 フーテンというより、風船だ。


 中身がない上に、どこへ飛んでいくか分からない。


 俺はその場で手紙を破り捨てた。


 暑いのと腹立たしいので荒い息をついていると、羅羽という名前の女の子は庭に回って、物置から箒とチリトリを持ってきた。


 玄関前にまき散らされた手紙の破片を掃き集めると、俺に向かって突き出した。


「私やったんだから、お兄ちゃん捨ててきてね」


「誰が?」


 ごみ捨てはともかく、初対面の女の子に、いきなり妹ヅラして使われるのには、ちょっとついていけなかった。


 だが、羅羽は当然のようにまくしたてる。


「手紙はもう読んだよね? ゴミ箱は家の裏だよね? 分かったらお願い。それとも箒と、ゴミの入った塵取り持って玄関の前立ってるつもり? それって結構、恥ずかしいんだけど」


 義理の妹になった可愛らしい少女の悪態を受けて、僕は無言で家の勝手口までゴミを捨てに行った。


 もう、別に怒ってはいなかった。


 ただ、庭の物置に掃除道具をしまいながら考えていたのは、自分の来し方行く末のことだ。




 俺が小学校に上がる前に、母さんは急に故郷から姿を消した。


 婿養子だった親父は、俺を連れて家を出た。


 大して遠くはないところに落ち着いたけど、それでも特急と鈍行とバスを乗り継いで、半日はかかる。


 俺が中学校に入る前に失踪宣告とかいうのが出て、母さんは死んだことになった。


 親父はもともと甲斐性のない男だったが、それからというもの、まるで腑抜けになってしまった。どうにか勤めてはいるが出世はしないだろう。


 親父が全く頼りにならないので、家事は全部、俺がやっているわけだが、そんなことはもう、気にしてはいない。


 大事なのは、これからのことだ。俺自身の人生を、どうやって切り開いていくかということだ。




 そんなことを真面目に考えても、やはりいたたまれなかった。


 とりあえず、玄関の前に戻ると、羅羽はもう、いなかった。


 玄関に入ると、台所から声がする。


「お兄ちゃん、これから夕ご飯作るんだけど、お父さん待った方がいいかな?」


 親父のことなんか、聞きたくもなかった。


「勝手にしろ……」


 そう言い捨てて、俺は玄関の外へ出る。


 すぐさま、羅羽が追いかけてきた。


「何よ! 会ったその日にその態度!」


 甲高い割に、どこか甘ったれた声で文句を垂れる。


 確かに、悪いのは俺だ。一方的に悪い。


 羅羽は、親父はともかく、初対面の俺のために夕食の準備をしてくれていたというのに。


 それでも、俺は羅羽に背中を向けて、こう言うのが精一杯だった。


「無理だ。今は……」


 少し頭を冷やしてくるという程度の意味だったが、それがどう誤解されたのかは分からない。


 ただ、玄関前から駆け出した俺の背中に、羅羽は不機嫌さ丸出しの声を浴びせかけてきた。


「あ、そう! じゃあ、しばらく帰ってこなくていいからね!」

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