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村田光を生んだ人①

よろしくお願いします。

 朝、村田は自分の家のインターホンが鳴る音で目覚めた。


「……? 誰だ?」


 月日は流れ、今は12月。村田の家に朝から来るような人間は愛かヤミくらいだ。

 だが、愛は受験勉強で暫く会えないと言っていた。ヤミはヤミで、ヒーロー協会に呼ばれており、一週間はヒーロー協会がある都内にいると言っていた。


 疑問を抱きながら、玄関に向かい、慎重に扉を開く。


「久しぶり。光」


「か、母さん……!?」


 そこにいたのは、村田の母だった。


***


「珍しいね。こっちに戻ってくるなんて」


「……ええ。少し、あなたと話しておきたいことがあってね」


 村田が出したお茶を飲む村田の母。

 彼女の名前は村田美月(みつき)

 彼女と村田が出会うのはおよそ数年ぶりである。幼いころから二人で過ごす時間は殆ど無かったと言っていい。

 その環境であれば、村田が母親の顔を忘れてもおかしくないのだが、村田は何時だって母親の顔を見ると、自分の母だということを一瞬で理解できた。


「僕と話しておきたいこと?」


「ええ。そろそろ彼女の一人でもできたんじゃないの?」


 美月の言葉に村田の肩がビクッと跳ねる。


「……デキテナイヨ」


 村田の不自然な顔を見た美月は、面白いものを見つけたと言わんばかりにニンマリと笑う。


「もしかして、光モテるの? 彼女候補が何人もいたりとか?」


「そ、それは違うよ! ただ、ちょっと僕のことを好きって言ってくれる人はいるけど……」


 何人もという言葉を必死で否定する村田。


「へぇ。光のことを好きって言う娘がねぇ……。よし! 会いに行くわよ!!」


「はあ!?」


 突然、立ち上がり突拍子もないことを言う美月。その目はキラキラと輝いていた。


「いやいや! 何言ってんだよ。急に向かったって迷惑になるだけだよ」


「なら、連絡を取ればいいでしょ。携帯貸しなさい」


「いや、嫌だよ……」


 早く渡せと言わんばかりに手を村田に差し出す美月。

 だが、その美月の言葉を村田は拒否する。


「出しなさい。村田光」


「はい」


 美月の表情が真顔になり、無機質な声で村田に命令する。

 すると、さっきまでの態度が嘘だったかの様に村田はあっさりと携帯を差し出した。


「ありがとう」


 携帯を受け取ると、美月はまた柔らかな笑みを浮かべた。

 そこにはさっきの表情の面影は欠片も無かった。


「へえ。連絡先にいる女性は……桜川、黒田、佐々江の三人だけね。全然いないじゃない。ヒーローって、もっとモテるって話聞いたんだけど?」


「べ、別にいいでしょ。全てのヒーローがモテるわけじゃないんだよ」


「あっそ。とりあえず一時間後に佐々江さんに会うことになったから着替えなさいよ」


「え……? ちょ、ちょっと! 何だよこれ!」


 美月が村田に携帯をポイッと放り投げる。

 村田は慌てた様子でその携帯を受け取り、その画面を見て声を荒げる。


 その画面には……


村田 :佐々江さん……。僕は、僕はもう我慢できません!!

佐々江:村田さん? どうされたのですか?

村田 :佐々江さんが悪いんですよ……! 僕を、純情な僕を魅了するあなたが悪いんだ!

佐々江:ふぁ!? な、な、何を言って……。

村田 :一時間後に会いに行きます。××駅に来てください。

佐々江:ちょ、ちょっと待ってください! 一体、何が何だか……。

村田 :うるせえ! 黙って駅に来いって言ってんだよ! そしたら、一生忘れられねえ時間を過ごさせてやるからよ。

(アゴクイするイケメンのスタンプ)

佐々江:……ふ、ふぁい。


 というやり取りがあった。


「何って、約束を取り付けただけでしょ」


「約束の取り付け方がおかしいだろ! これ、佐々江さん絶対変な勘違いしてるよ!」


「あんたの股に付いている棒は見せかけなの? 男なら知り合った女の一人や二人落とすくらいやって見なさいよ」


 美月はピシャリと言い放った。


「くっ……。で、でも……」


「命令よ。村田光。これからあなたが出会う女を一人残らず落としなさい」


 渋る村田に美月が再び、無機質な声で言い放つ。

 すると、村田の目から光が消え、村田は「了解」と短く返事を返した。


「じゃあ、行くわよ」


 村田の返事に満足げな笑みを浮かべた美月は村田を連れて、駅前に向かっていった。


***


 佐々江は焦っていた。

 仕事に生きる彼女は、今日は久しぶりに休日で朝から家でダラダラしていた。

 今年で年は25になる。

 それにも関わらず未だに男性経験はゼロ。最近では、高校の同級生が結婚した話をよく聞くようになった。

 

 それでも、佐々江はそれを気にしたことはない。

 佐々江には、やりがいのある仕事が常に傍にあるからだ。


 幼いころから大好きだったヒーロー。

 そのヒーローの身体を包み、彼ら、彼女らを守るコスチューム。それを作るのが彼女の誇りであり、そのコスチュームに身を包んだヒーローが活躍することが彼女にとって何よりも嬉しいことだった。


 とはいえ、彼女も一人の乙女。

 恋に憧れることもある。


 今日は何となく恋愛ドラマを見たい気分。

 そんなことを思いながら、録画しておいた最近話題の純愛を描いた、『だ、ダメよ! あなたはまだ高校生なのよ!』というドラマを一気見したのが昨夜のこと。


 映画の内容は、仕事はできるが恋愛には縁のないヒロインが、偶然知り合った高校生に詰め寄られるところから始まる。

 高校生は若者らしい勢いでヒロインに詰め寄る。だが、ヒロインは社会人。始めは若者を突っぱねるのだが……最後には、高校生に押し切られるという話だった。


 初めは、佐々江も社会人として高校生と付き合うなんて信じられない! と思っていたが、話が進むにつれてどんどんのめりこみ、最終話で涙を流すほどだった。


「はあ……。昨日のドラマもう一回見ようかしら」


 ため息を一つ着き、リモコンに手を伸ばしたその時だった。


 村田光からメッセージが届いたのは。


 村田光は佐々江にとって、大事な顧客の一人だ。

 そして、村田光は高校生。そう! 現役の男子高校生なのだ!!


「な、何を私はドキドキしているの。きっと、私が今作っているコスチュームの進歩状況を聞きに来ているだけ……」


 そう思いつつも、頭の中は昨日の恋愛ドラマでお花畑になっている彼女は、どこかで期待をしつつメッセージを見る。


村田 :佐々江さん……。 僕は、僕はもう我慢できません!!


「ふぁ!?」


 思わず変な声が出た。

 落としかけた携帯を慌てて拾い、もう一度文章を読む。


 間違いない。これは、『ダメよ! あなたはまだ高校生なのよ!!』の男子高校生がヒロインと疎遠になった時にメッセージで送った言葉とほぼ同じだ。


 だが、佐々江は大人の女。

 クレバーでクールな彼女はちゃんと分かっている。


「こ、これはきっとコスチュームのこと……。そ、そうよね?」


 一先ず真意を探るため、どうしたのか? というメッセージを送る。返信は直ぐに来た。


村田 :佐々江さんが悪いんですよ……。僕を、純情な僕を魅了するあなたが悪いんだ!!


「ふぁ!?」


 これもまた、ドラマの男子高校生の言葉とほぼ同じである。


 混乱する頭を必死に動かして返信する。


「大丈夫……。私はできる女。クールでクレバーな佐々江さんです」


 だが、クールでクレバーな佐々江さんは村田が送ってきた最後のメッセージで破壊された。


村田 :うるせえ! 黙って駅に来いって言ってんだよ! そしたら、一生忘れられねえ時間を過ごさせてやるからよ。

(アゴクイするイケメンのスタンプ)


「~~~ッ!!」


 悶絶する佐々江。村田の言葉は彼女のハートにドストライクだった。

 何とか返信を返した彼女は、暫く放心状態になる。


「――っ! は、早く着替えないと!」


 そして、正気を取り戻した彼女は、急いでクローゼットを開き着替え始めるのであった。


「し、下着は……。で、でも、もしかするとそうなるかも……。い、いや彼は高校生! だ、ダメよ! 村田君は高校生なんだから!! で、でも万が一に備えて……」


 恋愛経験のない佐々江。

 彼女の恋が動き出す……かもしれない。

僕は結構、佐々江さんが好きです。

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