シリアス〜村田の本質を添えて〜
よろしくお願いします!
放たれた一撃はアイウォンチュウの目からしても確かな威力を持っていた。それこそ、今までに出てきた怪人なら容易く倒せるだけの一撃だっただろう。
(そ、そんな……!)
だが、真の力に目覚めたビッグドンには通用しなかった。
「今、何かしたか?」
不気味な笑みを浮かべるビッグドン。直ぐに反撃しないのはビッグドンに余裕があるからだろう。だが、理性のない怪物から見ればそれは明確な隙だった。
「ヴヴヴ……ヴァアア!!」
一撃でダメなら二撃、二撃でダメなら何度でも……。そう言わんばかりの猛攻がビッグドンに襲い掛かる。
「無d――」
ビッグドンの顔に狂愛戦士の一撃が入る。
「だから無d――」
ビッグドンの顔に狂愛戦士の一撃が入る。
「m――」
ビッグドンの顔に狂愛戦士の一撃が入る。
「やめろおおおお!!!」
ただ大きな声を出しただけ。だが、それだけでビッグドンの顔付近にいた狂愛戦士は吹き飛ばされ、地面に身体を叩きつけられた。
「はあ……はあ……。顔はやめろ! 折角の俺のセリフが誰にも届かないだろ!!」
ビッグドンはただただ怒っていた。だが、これまでに受けた狂愛戦士の攻撃など全く効いていないようだった。
「村田! 大丈夫か!?」
キャラ付けも忘れ、アイウォンチュウが狂愛戦士に駆け寄る。
「ヴヴ……」
アイウォンチュウが近くに行く頃には、狂愛戦士は既に立ち上がりビッグドンを睨みつけていた。
そして、ビッグドンもその狂愛戦士の視線を感じ取っていた。
「まだやる気か? 言っておくがお前は俺に絶対に勝てない」
「……」
狂愛戦士はただ黙ってビッグドンに向かっていった。
狂愛戦士の大剣に黒いモヤが集まる。そのモヤは徐々に大きくなっていく。ビッグドンはただ静かにその様子を見ていた。
「ヴァアアアア!!」
狂愛戦士がビッグドンに斬りかかる。恐らく、今の狂愛戦士に出せる全力の一撃。
「無駄だと言っただろう?」
だが、その一撃はビッグドンの二本の指で受け止められた。
「哀れな戦士だ。お前のそれは愛ではない。相手にもならんが、ウロチョロされるのも面倒だ。せめて、一撃で終わらせてやろう」
ビッグドンの口に黒い球が形成されていく。その黒は光でさえも飲み込むほどの純粋な黒だった。
「永遠の虚無」
「ヴァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
黒い球が狂愛戦士を飲み込む。黒い球が無くなるときには、狂愛戦士は地に伏せ、動く気配は欠片もなかった。
「そ、そんな……」
へたりこむアイウォンチュウ。彼の最後の希望だった狂愛戦士でさえ、その刃はビッグドンには遠く及ばなかった。
「ククク。これでもう正真正銘邪魔者はいなくなったわけだ。ハーッハッハッハ!!」
ビッグドンの高笑いが響く。アイウォンチュウの顔が絶望に歪んでいく。アイウォンチュウの故郷の終わりが確実に近づいていた。
***
ビッグドンの一撃を食らった村田の意識は闇に沈んだ。そして、沈み切った先で村田は一匹のアイウォンチュウによく似た奇妙な生物に出会っていた。
『よう。ここで話すのは初めてだな』
村田に話しかけた生物の首には首輪が付いており、その首輪は太い鎖で何処かに繋がれていた。
『お前は……?」
問いかけはしたが、村田は目の前の生物の正体を何となく理解していた。
『俺の名前はオンリーユー。お前の持つ大剣の製作者であり、大剣に眠る妖精だ』
『何か、キャラ違くない?』
オンリーユーという妖精がこの大剣に眠る存在なのだとしたら、以前村田の人格を侵食してきた時に出てきた口調がこの妖精の口調のはずだ。だが、この妖精の喋り方はそれとはかけ離れていた。
『あれは魔法少女を前にしたときだけだ。普段の俺はクールで寡黙なんだよ』
そう言うとオンリーユーは口に咥えていたタバコの様なものを取り、煙を吐き出した。
『さて、村田よ。分かっただろう? お前じゃあいつに勝てない。俺にその身体を寄越せ』
オンリーユーは不気味に笑いながらそう言った。
『はい。と言うと思う? 悪いがお断りだ。それに、まだ戦いは終わっていない』
オンリーユーに村田は背を向けた。だが、オンリーユーは更に村田に声を掛けてくる。
『お前は何の為に戦う?』
オンリーユーの言葉に何故か村田は足を止めてしまった。
『苦しんでいる人々を救うためだ』
『何故救いたいと思う』
その問いに村田は答えを返すことが出来なかった。
『俺の話をしよう。俺が戦う理由。まあ、大剣になった理由とも言っていいが……その理由はシンプルだ。魔法少女を守りたいからだ。魔法少女を守りたい理由もシンプルだ。俺が魔法少女を愛しているからだ』
『……同じだよ。僕もこの街の人々を愛しているかr――『本当にそうか?』』
『お前と同化したからこそ分かる。お前はこの世界の誰も愛していない』
村田はただ黙っていた。
『愛って言うのは特別なものだと俺は思っている。例えばだが、俺は魔法少女の為なら何かを捨てることも出来る。他の者よりも彼女たちを優先して行動する。だが、お前はどうだ? お前には他の何かを捨ててでも優先しようと思えるものがあるのか? ヒーローとしてこれだけは死んでも守って見せるというものがあるのか?』
村田はこれまで数多くの怪人を倒し、街の人々の命を、暮らしを守ってきた。それこそ、自分の学生生活を犠牲にしてきてまでだ。
だからこそ、彼はここで『人々の暮らし』という返答も出来た。だが、村田はそれをしなかった。
『お前が返答を返せない理由を教えてやる。お前の行動が愛ではなく、自己評価の低さから来る行動だからだ』
村田は何も言わない。何も、言い返せなかった。
『自己評価が低いから他者を大事にする。自己評価が低いから自分を犠牲にしても戦うという選択が簡単に選べる。自己評価が低いから――誰かに認められたくて人気が欲しくなる』
沈黙が流れる。村田は反転して、オンリーユーと向き合い口を開いた。
『……じゃあ、何だって言うんだ。僕がやって来たことが間違いだったって言うのかよ』
その声は弱弱しいものだった。
『いや、間違いではないさ。だが、この場では間違いだ。ビッグドンを倒すために必要なのはラブパワー。すなわち愛の力だ。それが必須の舞台に愛の無い男がいても邪魔になるだけだろ?』
『だから、僕の身体を寄越せってことか』
村田の言葉にオンリーユーは頷いた。
オンリーユーは確信していた。村田なら絶対に自分に身体を譲ると。そして、その確信は事実となる。
『分かった。代わりに、桜川を、皆を頼む』
『任せな。魔法少女を守るのが俺の役目だ。ちゃんと仕事はこなすさ。死ぬまでな』
オンリーユーはそう言うと、村田に近づき自身の首輪を村田の首に付けた。そして、アイウォンチュウはその空間から姿を消した。
後に残ったのは首輪が付いた村田が一人。
村田は勘づいていた。オンリーユーが村田の肉体を手にした以上、主導権はオンリーユーにあるということを。そして、オンリーユーが自分に肉体を返すことは無いだろうということを。
『田中さん……。ごめんなさい』
彼の呟きは闇の中に消えていった。
次回予告!
オンリーユーとビッグドン。勝つのはどちらか。そして、遂にあの男が立ち上がる!
次回「与えて、受け取って」




