土下座は土の上で行うから土下座
よろしくお願いします!
怪人の姿を見た村田は自分の直ぐにシャイニング村田となって加勢しようと思った。
だが、決着は予想以上に早く付いた。
「これで終わりです! ラブリーヒーリングシャワー!!」
桃色の光の奔流が怪人を包み込む。その光は見る人を魅了する美しさがあった。
「ぐああああああ!!」
桃色の光を浴びた怪人は、ただのケーキに戻っていった。
「やったー!!」
「ありがとう! ラブリーピンク!」
「可愛いよー!」
「ちゅきいいいいいいい!!!」
怪人が倒されたことで、街の人々から歓声が上がる。ラブリーピンクはその歓声に笑顔を向けつつ、どこかへ飛び立っていった。
「見つけた……」
その様子を見つめる村田が目を輝かせながらそう呟いた。
愛に指摘された怪人の倒し方。村田は自分一人では改善は難しいと考え、師匠を探そうかと考えていた。
そして今、村田はこれ以上ない師匠を見つけたのだ。
美しい必殺技。派手で、かつ子供たちも喜ぶようなそんな技を使う彼女が、あらゆる世代に人気の彼女こそが――自分の師匠に相応しい。
そうと決めてからの村田の行動は早かった。席にお金を置いて、カフェを飛び出る。向かう先は彼女が飛び立っていった方向。
***
村田がカフェを飛び出したころ、魔法少女ラブリーピンクもとい桜川愛は人気のない裏路地に来ていた。
「早く変身を解いて、村田のところに戻らなきゃ」
そう呟いてから、変身を解こうとする。だが、そんな彼女の耳に子供の話し声が聞こえてきた。
「こっちの方にラブリーピンクいるんじゃない?」
「えー? 本当に?」
話し声から察するにどうやらラブリーピンクのことを探しているようだった。
「ここでもちょっと危ないかな……」
万が一に備えて、愛は近くの公園にあるトイレに向かうことにした。さっきまで近くに怪人がいたせいか公園にはまだ人が殆どいなかった。
周りに誰もいないことを確認してから愛はトイレに入ろうとした。だが、そんな彼女の背後から聞きなれた声が聞こえた。
「ラブリーピンクさん!!」
流石に無視するわけにもいかず、愛はその声の主に顔を向けた。
「な、何ですか?」
「僕を……弟子にしてください!!」
愛の目の前には土下座する村田の姿があった。
***
「あ、あの……あなたは誰ですか?」
当然だが、愛は村田のことを知っている。しかし、この姿で会うのは初めてだ。そのため、誰かを聞いたわけである。
簡単にはボロを出さない。愛はできる女であった。
「あ! えっと、僕はこの街でヒーローをしているシャイニング村田です」
「シャイニング村田さんですか! この間は助けていただきありがとうございました」
「あ、いえいえ。助け合いが大事ですから。それより、僕を弟子にして欲しいんです!」
「すいません! 私、急いでいるので……」
人が集まってくることを危惧して、さっさと変身を解きたい愛。だが、村田も必死だった。
「じゃ、じゃあ! 今度僕の事務所に来てくれませんか? そこで詳しい話をさせてください! お願いします!!」
土下座をする村田。その気迫に愛もたじろいでいた。
「で、でも……」
「この通りです!! お礼もちゃんとします! お願いします!!!」
村田の気迫に折れたのは愛だった。
「はあ……。分かりました。明日でいいですか?」
「勿論です! ありがとうございます!!」
満面の笑みで感謝を伝える村田。その笑顔に愛も自然と笑顔になっていた。
「それじゃ、私はここで。村田さんも待たせている人がいるんじゃないんですか?」
「あ! そうでした! すいません。それじゃここで失礼します!」
村田が立ち去っていったのを確認してから、愛はトイレに駆け込み、個室で変身を解いた。
「はあ……。面倒なことになった」
口ではそう言いながらも、どこか愛が嬉しそうにしているのをアイウォンチュウは見逃さなかった。
「全く素直でないでチュね。なんだかんだで村田と明日も一緒にいれて嬉しいんでしょ? 今の時代は素直なヒロインが勝つ時代――ヂュ!?」
愛のアイアンクロ―がアイウォンチュウに牙を向いた。
「そういうのじゃないから」
「そ、そういう暴力系ヒロインももうオワコンでチュ……ヂュー!!」
アイウォンチュウは愛の手の中で力尽きた。アイウォンチュウの亡骸を背にトイレから出る愛の頬は若干赤くなっていた。
(ふふふ……。そういう照れ隠しが最高でチュ……)
アイウォンチュウは最近日本のアニメにドはまりしていた。特にツンデレキャラにはまっていた。
(村田……。頼むでチュ。愛のデレをなんとか……出してくれ……)
アイウォンチュウの思いなんて全く知らない村田は愛を探していた。中々見つからない愛に村田は言い知れない不安を感じ始めていた。
(まさか逃げ遅れて怪我してるんじゃ……)
魔法少女の登場がかなり早かったため被害は少ないように感じられていたが、それでも数人は怪我人が出ることはある。
村田は街の人にも話を聞きながら愛を探し回った。それでも中々有力な情報が得られず、時間だけが過ぎていく。気付けば、太陽が地平線に沈み始めていた。
「村田!」
不意にかけられた声に振り向くと、そこには愛の姿があった。
「もう……。どこいたのよ。中々見つからなくて苦労した――へ?」
「大丈夫!?」
愛の姿を見るや否や、村田は愛の下に駆け寄り、その手を掴んだ。
「怪我はない? どっか痛むところとかもない?」
「だ、大丈夫だから……と、とりあえず離れて」
顔を赤く染めた愛に言われ、冷静さを取り戻したのか村田は一旦愛から手を放した。
「本当に怪我とかない?」
「う、うん」
「良かったぁ……。ごめん。一人にしちゃって……」
申し訳なさそうな表情を浮かべる村田。逆に自ら村田の下を離れた愛はその表情に罪悪感を抱いた。
「い、いや! 勝手に一人になったのは私の方だから、こっちの方こそごめん」
暫くの間、二人の間に沈黙が流れた。
「帰ろっか」
「そうだね。家まで送ってくよ」
「ありがと」
村田と愛は、愛の家に向けて歩き出した。歩き出し始めてからすぐに、村田は愛に対して何となく頭に浮かんだ疑問を投げかけた。
「そういえば、怪人が出た時桜川はどこに行ってたんだ?」
「あー。カフェの人たちと一緒に適当な場所に逃げてたんだよ。村田を置いてったのは、本当にごめん」
「いや、桜川たちが無事ならそれでよかったよ」
その後は愛の家族の話や、学校の話をしながら帰った。そして、愛の家の近くまで来たときジャージ姿の一人の少年に声をかけられた。
「あれ? 姉ちゃん? てか、兄貴いるじゃないすか! どうしたんすか?」
「お! 恋か。お前はランニングか?」
「そうっす。関東大会も近いすからね。ところで、兄貴はまさか姉ちゃんとデートっすか?」
「違うわよ。ちょっと村田の用事に私が付き合ってあげてただけ」
「そうなんすか?」
「まあ、そうだね」
村田の言葉を聞いた恋は肩を落とした。
「デートじゃないのか……。まあ、でも二人で出かけているなら進歩だよな」
ブツブツと小さな声で独り言を呟いた恋は「よし」と言って村田の方に顔を向けた。
「兄貴! うちの姉ちゃんは友達も少ないから休日は暇してるんで、これからもどんどん遊びに誘ってあげてください!!」
「ちょ! 恋!?」
「そうなんだ。じゃあ、また空いてるときにはお願いしようかな」
「それがいいっす! じゃ、俺は先に帰ってるんで、二人はのんびりしてください!!」
「あ! ちょっと待って!」
恋が立ち去っていこうとしたところで、村田は恋を呼び止めた。
「これ。恋が県大会優勝したって聞いたからさ。そのお祝い。これからもサッカー頑張れよ」
村田はそう言うと、手に提げていた袋を渡した。
「これ! サッカーボールじゃないすか! いいんですか?」
「可愛い弟分の為だからな」
「やっぱり兄貴は最高っす! 俺、兄貴には本当の義兄になって欲しいっす!!」
「本当のっていうのはちょっと厳しいかもな」
「いや、そんなことないっすよ。兄貴がうちの姉ちゃんと結婚すれ――「恋?」ひっ!?」
「は、ははは……。それじゃ、俺は先に帰るっすね。兄貴、本当にありがとうございます!!」
愛に睨まれた恋は逃げるようにその場から走っていった。
「はあ……あのバカ。恋の言うこと間に受けなくていいからね」
「まあ、そうだよな。これから先、桜川だったらモテそうだし。僕よりいい男なんていっぱいいるだろうしね」
そうこうしていると、愛の家の前に着いた。
「じゃあ、帰るよ。今日はありがとう」
「ん。それじゃ、またね」
愛は離れていく村田の背中を暫く見つめていた。
「ばーか。あんたほどの馬鹿でお人よしの男なんて、そういないよ」
「キャー! き、聞いた? あの姉ちゃんがあんな女の顔してるよ!」
「うちの姉が可愛すぎる件について。スレが立てられますね」
「お前ら! バレたら怒られるの俺なんだから静かにしろって!」
愛が後ろを振り向くと、そこには自身の弟と妹たちがこっそりとこっちを見ていた。
「あんたら……!」
「「「あ」」」
「今見たことは全部忘れなさい!!」
「「「は、はい!!」」」
***
そして、最後の愛の呟きを見ていたものがもう一匹いた。
「はあああああああああ!! 尊イイイイイイ!!」
ボロボロの状態で何とか、愛の家まで辿り着いたアイウォンチュウは、愛が見せたほんの少しのデレで昇天した。
次回予告
退廃していく世界の中で、少年は運命に抗うための力をその手で掴み取る。
次回「魔法少年」




