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田中の過去

 今日から夜の21時投稿にしようと思います。


 そして、今日の主役は田中さんです!

 シャイニング村田ヒーロー事務所唯一の事務職員――田中。


 今回は彼が何故シャイニング村田ヒーロー事務所で働くことになったのかを語っていこう。


***


 田中一郎、25歳。


 彼が大学卒業後に所属した企業は毎日残業、休日出勤は当たり前というブラック企業だった。

 そのため、社会人3年目の彼はその生活に心身ともに限界を迎えつつあった。


 夜の20時、今日は珍しく早く帰宅できたなと思いながら自宅でカップ麺をすする。


『田中君、大丈夫?』


 スマホを見ればかつての同僚から連絡が来ていた。


『何とかやってるよ。そっちはどう?』


『私は元気だよ! 実は新しいプロジェクトのメンバーにも選ばれたんだ! 最近は凄く充実してる! これも全部田中君のおかげだよ。本当にありがとう』


 悪気はないんだろう。だが、自分がいる会社を辞め、新天地で活躍しているという報告を素直に喜べるほど今の自分には余裕がなかった。


『いいご身分だな。逃げ出したくせ』


 メッセージを打っている途中で正気を取り戻した。


 情けない。あの時、追い詰められていた彼女に転職するよう必死で説得したのは自分だったではないか。


『おめでとう。ごめん。もう寝る』


 短くメッセージを送って話をきった。これ以上彼女の話を聞きたくなかった。いや、正しくは彼女の話を聞くたびにどす黒い感情を抱く自分と向き合いたくなかった。


 テレビを見ればヒーローがまた市民を救ったという報道がされていた。


 侵略者から人々を救うヒーロー。


「なら、今の俺の状況も救ってくれよ」


 傲慢な願いだと分かっていても呟かずにはいられなかった。


 朝が来る。働く。帰る。寝る。起きる。働く。


 あの夜からも同じことの繰り返しだった。


 そんなある日、会社が潰れた。


 どうやらうちの会社の上層部は侵略者たちに加担していたらしく、そのことをヒーローに暴かれたらしい。

 おかげで会社は倒産。俺は晴れて無職になった。


 無職となった次の日、俺は家から一歩も出なかった。


 仕事があった時は休みが欲しいと思っていたのに、実際に休みが来ると何をすればいいか分からなかった。

 何を自分がしたいのかも分からなかった。


 無職となって三日目、かつての同僚から連絡を貰って昼ご飯を食べに行った。


「ごめん。待たせちゃったかな」


「い、いや。待ってないよ」


 久しぶりに会った彼女は驚くほど綺麗になっていた。いや、もともと顔立ちは整っていた。だが、自分の記憶の中の彼女はいつも目に隈を作り、頬も若干やつれていたためそのことに気付きにくかった。


 昔話を少し挟みつつ、昼食を食べる。


 暫くしてから、彼女が俺を呼び出した本題を語った。


「私が働いている会社で今度ヒーロー事務所を経営しようっていう話があるの。そっちの方に人手が必要だから通常業務の方の人員が足りなくなるみたいなの。だから、田中君さえよければうちの会社に来ない?」


 それは誘いだった。

 ありがたい話だ。彼女の話を聞く限り、かなり優良な企業らしい。


「少し、時間が欲しい」


 だが、俺は返事を保留にした。


 理由を強いてあげるなら、最近の自分にとってヒーローという存在がいまいち気に入らなかったからということがあるだろう。


 彼女との別れ際、不意に彼女は俺の手を取った。


「田中君は覚えていないかもしれないけど、私ね、中学生の頃に田中君に出会ったことあるの。中学生の頃と社会人になってから。私は二回も田中君に救われてるの。私の夢はね、中学生の頃から変わってない。私にとってただ一人のヒーローを支えること」


 そう言ってから彼女は立ち去っていった。


 自宅までの帰り道の途中には公園がある。


 気付けば俺はそこのベンチに腰かけていた。


「中学時代か……」


 なんとなく中学生の頃を思い返す。あの頃は何でもできる気でいた気がする。それこそ、ヒーローになって世界を救うなんてことを本気で考えていたと思う。


 だが、年を重ねるごとに現実を見るようになった。ヒーローになったところで救えない人々がいることを知った。自分が特別な力を持たない人間だということを知った。


 いつしか、ヒーローになって世界を救うという思いは妄想に変わり、夢ですらなくなった。


 だからなんだろう。俺がヒーローを気に入らないと思ってしまうのは。


「う、うわああああ!!」


 不意に公園に響いた子供の叫びに顔を上げると、そこには1体の怪人がいた。


「ザリザリザリ!! 俺は『パイレーツ』の怪人Mr.ザリガーニ! 今日はこの星の偵察に来たのだが、中々活きのいいガキが多いなぁ」


 ザリガニの姿をした怪人は自らのハサミを動かしながら子供たちに近づいて行く。


 生まれて初めて生で見る怪人に俺は直ぐに公園から逃げ出そうとした。


「だ、誰か! 誰か助けて!!」


 だが、俺の背後から聞こえた助けを求める声に俺は思わず足を止めた。


 俺が行っても意味なんてない。ヒーローがきっと直ぐに助けに来てくれる。


 その時、不意に頭の中に声が響いた。


『助けられるかは分からない。でも、助けようとすることは俺でも出来る』


 その声が誰のものかを思い出すことは出来なかった。でも、その言葉を忘れてはいけない気がした。


 気付けば俺は一歩を踏み出していた。


「ザリ? 何だお前は? まさかこのガキどもを助けるつもりか?」


 足音に気付いた怪人が俺の方を向いた。

 距離は10メートルくらい離れているのに、その怪人からはとてつもない威圧感を感じた。


「そ、その子たちから……は、はな……はなれろ」


 声が震える。心臓の鼓動がどんどん早くなる。

 今すぐにでも逃げ出したかった。


「ザリザリ! お前に一つ教えておいてやる。勇気と無謀は別物ザリ。お前は見逃してやるからどっかへ行け」


 怪人はそう言うと俺に背を向け、子供たちに近づいて行った。


 俺は怪人の障害にさえなれなかった。

 そして、見逃されたことに安堵している自分がいた。


 それが情けなくて、悔しくて、涙が出そうだった。


「ちくしょう……。ちくしょう」


 俺じゃヒーローになれない。俺なんかじゃ……ヒーローが救える人も救えない!


 みじめで無様な一般人の俺に出来ることは一つだった。


「いるなら助けてくれよ!! ヒーロオオオオオ!!」


 俺の叫びが晴れた空に響き渡る。


 そして、来た。


「待てい!!」


「な、何者だ!?」


 どこからともなく、子供たちと怪人の間に全身タイツにフルフェイスマスクの男が現れた。


「俺の名はシャイニング村田だ!」


 シャイニング村田と名乗った男はとてもではないがヒーローと言えるようなかっこよさは無かった。

 だが、今の俺と子供たちにとてつもない安心感を与えてくれる存在だったことは確かだった。


「ザリザリザリ! お前がこの街のヒーローか。ならば、ここで倒してくれる!」


 怪人はシャイニング村田に突っ込んでいく。


「食らえ! この強烈なハサミから繰り出される! クラブハンマー!!」


 シャイニング村田に強大なハサミが振り下ろされる。


 危ない! そう思った次の瞬間、俺の目にはハサミを左腕一本で抑えるヒーローの姿が映った。


「な……!?」


「覚えておけ。俺は……挟む系の攻撃の方が効く!!」


 その言葉と供にシャイニング村田の拳が怪人の腹に突き刺さる。


「なんだとおおおおお!? パ、パイレーツに栄光あれえええ!!」


 怪人は断末魔を上げその場に倒れた。


 す、すげえ……。これが、ヒーロー。


「ははは……。そりゃ、俺じゃなれねえよ」


 俺が自らの小ささを再確認している間に、怪人を倒したシャイニング村田は怯えている子どもたちに話しかけていた。


「大丈夫?」


「う、うわああ!!不審者だあああ!!」


 子供たちは叫び声を上げると俺の方に駆け寄ってきた。


 その姿を見てシャイニング村田は若干肩を落としてから、その場を立ち去ろうとしていた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 俺はシャイニング村田を呼び止めた。


「あ、あの……ありがとうございました。俺じゃ救えなかったから、本当にありがとうございました」


 頭を下げる。


「俺の方こそありがとう」


 シャイニング村田の口から出たのは、何故か感謝の言葉だった。


「え……?」


「あなたが怪人に立ち向かおうとしてくれたから、俺が助けに行くことができる時間が出来た。あなたを助けたのは俺かもしれませんが、その子たちを救ったのは間違いなくあなたですよ。その子たちのヒーローは、あなただ」


 シャイニング村田はそう言うと何処かへと立ち去っていった。


 その後、落ち着いた子供たちは公園から出て行った。最後に「おじちゃんありがとう」という言葉を残して。


 家についてからシャイニング村田と子供たちの言葉を思い返して、泣いた。


 そして、俺は一つの決意をした。


***


「久しぶり」


「うん。何だか、顔つき変わったね」


 俺はかつての同僚である彼女からの誘いに返答するため、彼女と昼食を食べに来ていた。


「答えを聞かせてもらえるかな?」


「ごめん。君の誘いにはのれない」


 俺は彼女に頭を下げた。

 俺の返事を聞くと彼女は少し残念そうな顔を浮かべた。


「それじゃ、これからどうするの?」


「ヒーローになる」


 彼女は少しだけ驚いたような表情を見せた。


「笑わないんだな」


「笑うわけないよ。ねえ。田中君はどんなヒーローになりたいの?」


 彼女の質問に対する答えはもう決めていた。


「助けようとすることを辞めないヒーローかな」


 彼女はキョトンとした顔を浮かべた後、クスクスと可笑しそうに笑った。


「こ、ここでは笑うのかよ」


「ごめんごめん。だって、田中君が言ってること中学生の頃と変わってないんだもん。『助けられるかは分からない。でも、助けようとすることは俺でも出来る』だっけ? 私を助けてくれる時もそう言ってたよ」


 彼女との別れ際、彼女は俺に名刺を渡してきた。


「田中君がヒーローとして活動するときは教えて。私たちの会社がサポートするから」


 ヒーローをヒーローたらしめるものとは何か?


 その答えに俺はこう答えよう。周りの人だ。


 彼女が、小さな子供たちが、シャイニング村田が俺をヒーローだと言ってくれた。

 なら、俺は今度は自分にも他人にも胸を張れるヒーローになりたいと思う。


 少しでも多くの人を救える――最高のヒーローに。


***


 俺がヒーローを目指し始めてから半年の時間が過ぎた。周りのサポートのおかげもあり、俺は既にヒーローとしてそれなりに名前が売れ始めていた。


 そんな中、従弟から一本の電話が入った。


「もしもし。太一郎か?」


『一郎兄さん。久しぶりです』


 俺の従弟の太一郎は、俺と同い年だ。そんな彼は、先日までとあるヒーロー事務所で働いていたらしいが、そこのヒーローが引退を宣言したらしく新しい職場を探しているとのことだった。

 

『一郎兄さんがヒーローを始めたって聞いたので、良かったら私もそこで働かせていただきたいのですが……』


「太一郎すまん。俺はもうすぐ今の事務所から知り合いがいる企業の事務所に所属することになっているんだ」


『そうですか……』


 電話越しでも太一郎の肩を落とす姿がイメージできた。

 その時、俺はつい先日見たシャイニング村田のHP(ホームページ)を思い出した。


「太一郎。シャイニング村田って知っているか?」


 電話が終わってから暫くして、太一郎がシャイニング村田ヒーロー事務所で勤務することが決まったという報告を聞いた。


「一郎! 隣町で怪人が出たみたい!」


「ああ。今行くよ」


 かつて同僚だった彼女から声が掛かる。今は公私ともに俺を支えてくれるかけがえのないパートナーだ。


 あの日、俺を助けてくれた彼の様に俺は今日も怪人の前に降り立つ。


「ギエ!? お、お前は!!」


「あ、あなたは!」

「か、彼は!!」


「もう大丈夫だ。怪人、よく覚えておけ。俺がこの街を守るヒーロー『ライトニング・ファースト』だ」


 少しでも多くの人を助けるため、人々の光となるため、ライトニング・ファースト――田中一郎は今日も侵略者たちと戦う。


***


「うわー。凄いなぁ、ライトニング・ファースト。今週もヒーロー人気ランキングの上位5人に入ってるよ」


 ソファの上で今週の『ヒーローマガジン』を読んでいた村田さんが声を上げた。


「そうですね。そういえば、彼って私の従弟なんですよ」


「え!? そうなの!?」


 村田さんは予想以上に私の話に食いついてきた。


「ええ」


「じゃ、じゃあ……今度サイン貰ってきてくれないかな?」


 目を輝かせてそう言う村田さんの姿に私は思わず笑ってしまった。


「分かりました。今度聞いておきますね」


「ありがとう!」


 そう言うと村田さんは嬉しそうに笑顔を浮かべていた。


 この人は気付いていないんだろう。自分が過去に救った一人の男が『ライトニング・ファースト』だということに。


 伝えたいという気持ちが湧いてくるが、我慢する。思い出すのは、自分の従弟である一郎の言葉だ。


『その、村田さんには立派な姿になってから会いに行きたいと思ってるからよ……。だから、俺の紹介みたいなことは言わないでおいてくれるか?』


 約束したからこそ勝手に言う訳にはいかないだろう。それに、彼と村田さんが再会する日はそう遠くないだろうし。


「あ、そういえば何で田中さんってうちで働いてくれたんだっけ?」


「唐突にどうしたんですか?」


「いや、なんだか聞かないといけない気がして……」


 首をかしげる村田さんに、私は微笑んでから答えた。


「あなたが尊敬に値するヒーローだったからですよ。後は……運命ですかね」


 ここまでの話の中でこの話が最長なんですよね。これでよかったのか自分でも分かりません。


次回予告!!

 魔法。愛。ヒーロー。様々な要素が絡まり合い、少年と少女の物語が始まる。


 次回「桜川愛」

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