13.女の子の気持ち -聖也視点-
愛ちゃんはデートの時、いつも可愛い格好で来てくれる。今日だって一緒に選んだ服の中から淡い青色のワンピースに太めのベルトを合わせて、茶というよりはベージュに近い淡い色のショルダーバッグを肩から斜めにかけて。靴はバッグと同じような系統の、けどもう少し淡めの色をしたベージュのスニーカー。ワンピースに合わせた髪型なのか、少し長い髪をふんわりと一つにまとめてサイドに流して。全体的に淡めなふんわりした雰囲気なのに、可愛いだけじゃなく少し大人っぽい感じで。
それに比べて俺は黒のストレートなパンツに、上は白のVネックと紺の薄手のジャケット。足元も黒のスニーカーと、なんだか暗い色味になってしまっていて。本当はもうあったかくなったんだし、もう少し淡い色味の服を着たいところだけど。正直また身長が伸びたせいで、今まで履けていた白やベージュのパンツが軒並み丈が短くなってしまっていて。結局手に入ったのはこの黒のストレートパンツしかなかった。
せっかく可愛い格好をしてくれた愛ちゃんの隣に並ぶんだから、もう少し俺だってちゃんとした格好をしたいんだけど。こればっかりはどうにもならない。いつもシンプルすぎる服装ばかりしているから、それもどうなんだろうなと思っているけれど。まぁこれに関しては、愛ちゃんから「シンプルな方が似合っててカッコイイと思うよ」って言ってもらえたし。何より今度一緒に俺の服を選んでくれるって言うから、その時に好みとか聞けばいいし。そう思って今回は割り切っている。
「聖也くん、聖也くん。この子可愛い~~っ…!!」
そう言いながら膝の上の猫を撫でる愛ちゃんだけど。
うん。俺からしたら、嬉しそうな愛ちゃんの方が可愛い。よかった。店主さんが優しい人で。
あぁ、でも。もしかしたらそうやってオネダリするのが、この子の普段の行動だって知ってたからかも。だって「ミルクあげても大丈夫ですか?」って聞きに行った時の顔、すごく笑顔だったから。
「あの子可愛かった~!」
お店を出て、すぐ近くの公園まで歩いていって。その道すがらも公園についてからも、話題は先ほどのお店のことばかりで。
ちなみに食事もすごく美味しくて俺もかなり気に入ったから、今度この辺りに来る時には足を運んでしまうかもしれない。愛ちゃんはミルクティーが特にお気に入りだったみたいだし。夏にアイスで飲んでみるのもいいかもしれない。勿論ミルクを付けて、愛ちゃんのお気に入りの猫にまたオネダリしてもらって。
でもそっか、猫か。今までペットを飼おうなんて思ったことなかったけど、将来愛ちゃんがなるべく家から出なくてもいいようにしたい俺としては、ただ家にいるだけじゃ退屈になるかもしれないのが気がかりで。でもそうだね。犬と違って散歩とか行かなくていい分、猫はありかもしれない。
そう思って素直にそれを口にしたら、真っ赤な顔をして恥ずかしがっている愛ちゃん。
あぁ、もうっ…本当に可愛いなぁ…!!
でも。
だからこそポケットの中に入れた手を強く握りしめる。
「あ。愛ちゃんが言ってた池ってあそこだよ。ほら」
それを悟られないように、目的地を指させば。途端にキラキラと輝きだすその瞳に、本当にこの子はたったこれだけのことを今まで経験してこられなかったんだって再認識して。
「うわぁ~!」
その嬉しそうな、楽しそうな横顔を壊したくなくて。もっとたくさんの嬉しいことや楽しいことを経験させてあげたくて。
でも、だからって。
「せっかくだからボート乗ってみる?」
「うん!乗ってみたい!」
「じゃあ、行こっか」
手を差し伸べたのは、間違いだ。
つい今までの癖でやってしまって。驚いたような顔をしている愛ちゃんをみて、自分が何をしたのかようやく気付く。
あぁ、もう、ほんと…これだから俺はだめなんだ…。
「ごめん。……行こうか」
急いで体の後ろに手を隠したけど、だからってなかったことにはできない。
折角ここまで、触れないようにって気を付けてきたのに。これじゃあ台無しじゃないか。
そう、思っていたのに……
「どうしてそうやって、一人で全部勝手に決めちゃうの?なんでちゃんと、私の言葉を聞いてくれないの?」
「え……」
まさかそれ自体が間違っていたなんて、思ってもみなくて。
「私、聖也くんは大丈夫だって言ったのに…聖也くんを怖いと思ったことなんて、一度もないのにっ…!!」
あぁっ、ダメだよ愛ちゃん…!今そんな風に、俺を喜ばせるようなこと言っちゃ…!
必死に握りしめてる手を伸ばしたくなる。君を抱きしめたくなる。
「あの日だって…!!」
「っ!?愛ちゃっ…!!」
でもその先は言わないで…!!もう思い出さないで…!!
でも俺の言葉なんて間に合うはずもなく。
「ドキドキはしたけど、怖いなんて少しも思わなかったんだから…!!」
「っ…!!!!」
聞こえてきた言葉に、俺はただ驚いて固まるしかなかった。
「私は聖也くんに触られて嫌だって思ったことない!!それなのに一人で勝手に決めつけて離れてかないでよ!!」
必死な愛ちゃんがまっすぐ俺を見てそう言う。
ねぇ……ねぇ、愛ちゃん…?今自分が何を言ってるか、分かってる…?
「ホントはもっとっ、いっぱい触ってほしいし抱きしめて欲しいっ!!キスして欲しいっ!!」
……あぁ、いや…違う。
ホントに何してるんだろう、俺…。それを女の子の方に言わせるなんて…。
「それとも聖也くんはそんなことないの!?私だけがそう思ってるの!?」
そんなわけ、ない。
俺はずっと、愛ちゃんに触れたくて、抱きしめたくて。
もうずっとずっと前からそうだったのに。今更になってなかったことになんてできなくて。
真正面から抱きしめたいのを、何年も我慢してきたんだよ?君とこうして出かけたいって思っても、口にすら出せなかった臆病な俺だから。
だから今だって、こうやって君から言われてやっと気づく。
本当に俺、ダメだよね。愛ちゃんの言う通り、ちゃんと君の言葉を聞こうとしていなかった。怖がらせたんだって、決めつけて。
あぁ、だめだ……この子が愛おしすぎて、もう俺はこの衝動を止める術を持たない…
まだ何か言いかけていたのを遮って、その体を腕の中に閉じ込めて。
久々に触れたぬくもりは、以前と変わらずにあたたかくて柔らかくて。苦しくなるほど、愛おしい。
言葉にすることすらもどかしくて。俺の名前を呼んで見上げてきた愛ちゃんが、少しだけ驚いたような顔をしているけれど。
もう、そんなこと関係なかった。
その薄く開いた唇に、俺は衝動のままに吸い付いて。胸の中の熱に突き動かされるまま、ただひたすらにその柔らかさとあたたかさを味わう。
「んっ…ふっ…んん~~っ…!!」
あぁ…………愛ちゃん……愛ちゃん…大好きだよ、愛ちゃんっ……!!
「ぁふっ…んっく……」
力が抜けて膝から崩れ落ちそうになっている体を片腕で支えながら、もう片方の手は頭の後ろに回して。まるで逃げられないように拘束しているよう。
ごめんね?もう立っていられないって分かってるのに、やめてあげられない。
せめて髪、ぐちゃぐちゃにならないようにだけ気を付けるから。
だからもう少しだけ、君のぬくもりを俺にちょうだい?
「ふっ…ぁん……」
くぐもったような、鼻から抜ける甘い声。見上げてくるとろんとした瞳。
その全てが、俺を駄目な男にしていく。
「はっ…」
「ぁ……」
どのくらいの間そうしていたのかも分からないほどの時間。
ようやく少し満足して唇を離したその瞬間、二人の間を繋ぐように伸びた糸に。
俺はまだ、この子の熱が足りないのだと思い知らされた。




