12.デートは楽しい、はずなのに…
約束していた通り、公園に行く前に猫のいる喫茶店に入って。カフェとは違って少し大人な雰囲気のそこは、人もまばらで混雑するような場所ではなかった。
けどその代わりなのか、空いている席に長毛と短毛の猫が三匹寝ていて。その内の一匹の灰色の長毛は、私が頼んだミルクティーのミルクが気になったみたいで。少し残ってるとはいえ勝手にあげるわけにもいかずにどうしようかと思っていたら、聖也くんがお店の人に聞いてくれて「あげてもいいよ」と許可をもらっていた。しかも専用の小さなお皿まで用意してくれて!
もうそれだけでも可愛くて仕方ないのに、ミルクをあげたお礼なのかしばらく膝の上に乗ってくれて。しかも撫でさせてくれて。一度は満足したのか一回どこかへ引っ込んじゃったけど、また戻ってきたと思ったら今度は隣の椅子に座っていて。結局私たちがお店を出るまで、ずーっとそこで丸くなって寝ていた。
「あの子可愛かった~!」
「だねぇ。あんな風にサービスされたら、通いたくなっちゃうね」
「ねー!また行きたいって思っちゃってるもん!」
「あの子、商売上手だよね」
「あと甘え上手だよね!どうすればもらえるのかちゃんと分かってる感じだったもん!」
「賢い子なんだろうね」
目的の公園に来て、池まで歩く道すがら。とにかく話題はずーっと先ほどの猫のことばかり。
だってあれは…!!反則級に可愛すぎた…!!
「いいなー、猫。犬はお散歩に行かないといけないから私飼えないけど、猫だったら家の中だけだもんね」
「いつか飼う?」
「ちょっと心揺らいだかも。今まであんまり動物飼おうとか思ったことなかったけど、あの可愛さ知っちゃったらね」
「気持ちよさそうに愛ちゃんの膝の上で寝てたもんね。毛並みもふわふわで気持ちよかったし」
「ちゃんとお手入れされてるんだろうね、あの子」
「愛ちゃんは長毛が好み?」
「ん~…あんまり猫の好みとか考えたことなかったけど、あのくらいおっとりした子は割と好きかも」
と、口にしてから思った。そりゃそうだろ、彼氏がおっとりしてるもん、と。
あぁ、うん。そういう意味では、確かに"好み"なのかもしれない。なんかちょっと納得した。
「じゃあいつか猫飼おうか」
「……ん…?それは何の話をしてる?流石に我が家に今から猫をお迎えする気はないよ?」
「じゃなくて。俺たちの将来の話」
「…………っ!?!?」
い、いきなりこの人何言い出したの!?!?
「確かに犬は散歩があるからねー。番犬にはちょうどいいかもしれないけど、それ以上に愛ちゃんが外に一人で出ることが増えるのはよくないから」
「え、いや…えっ…?」
「猫かー。今日帰ったら調べてみようかな。確か短毛より長毛の方がおっとりしてるんだったと思うけど」
「え、あの、待って…!将来とか、何言って…!!」
「ん?ふふっ。愛ちゃん照れてる。可愛い」
「なっ…!?」
顔が赤くなってるのバレてる…!?いや、っていうか…!!そういうこと普通、さらっというものなの!?
本当に、聖也くんの基準がよく分からない。なんで言葉だったらそんなに凄いこと平気で言えるのに、ちょっとお腹触ったくらいで触れてもくれなくなるの?逆じゃないの?
今だって、そう。
こんなに近くでこんな話をしてるのに、手すら繋いでくれない。触れ合わないように少しだけ距離を取って。
私がそれに、気づかないとでも思ってるの?
「あ。愛ちゃんが言ってた池ってあそこだよ。ほら」
けどそれを言葉にするよりも早く、聖也くんが前方を指さす。
整備された林に囲まれた遊歩道を抜けたら、今度は柵で囲まれた池が目の前に広がっていた。太陽の光を反射してキラキラと輝く水面がきれいで。
「うわぁ~!」
「あ、あそこに水鳥がいるよ」
「ホントだ~!」
散歩コースにもなるように整備されている場所だからか、とてもきれいに整っていて。ついこの間まで外出先は限られていた私にとって、想像していた以上にこの風景は心動かされた。子供のようにはしゃいでいる自覚はあるけど、今のところ周りには誰もいないからいいだろうし。
「へぇ?ここってボートにも乗れるんだね」
「ボート?」
「うん。ほらあそこ。船着き場みたいなところあるでしょ?」
言われてそちらに目を向ければ、確かに普通のボートに足で漕ぐのであろうサイクルボートに。白鳥をかたどったスワンボートまであった。
「あれだけ並んでると、なんかすごいね」
「今日はあんまり人もいないのかな?こういう場所なら、休日はむしろあんなにボート並んでなさそうなのに」
「そういえばそんなに人とすれ違ってないね。もしかしてどこかでイベントとかあったのかな?」
「かもね。それか花の季節だし、もしかしたら季節の花が満開になってるところがあるのかも」
「あ、確かにそうかも。なんかこの間そんなことテレビで言ってたし」
「でもそれならちょうどよかったね。人が多い中歩くよりも、こっちの方が気楽だし」
「だね」
私も聖也くんも、自分の意思とは関係なく人を呼び寄せちゃうから。知らない人が多い場所よりも、いっそ人がいない場所の方が安心できるし落ち着く。
「せっかくだからボート乗ってみる?」
「うん!乗ってみたい!」
「じゃあ、行こっか」
そう言って、差し出された手に。久々すぎて驚いてしまって、咄嗟に握ることができないまま凝視してしまった。
たぶん…いやきっと、確実に。それがいけなかった。
ハッとしたように何かに気づいた聖也くんが、差し出していた手をサッと体の後ろに隠して。
「ごめん。……行こうか」
なぜかそう一言謝ってから、ちょっとだけ無理したように笑うから。
我慢、できなかった。
だってごめんって何?どうして手を引っ込めちゃうの?
「聖也くんは……」
「愛ちゃん…?」
私に背を向けて既に歩き出していた聖也くんが、立ち止まってこちらを振り向く気配がしたけど。俯いてしまっていた私にその表情は見えない。
いや、むしろ見えなくてよかった。ただ不思議そうな顔をしてこちらを見ていただけだって、声で分かるけど。きっと顔を見てしまっていたら言えなくなってただろうから。
「どうしてそうやって、一人で全部勝手に決めちゃうの?なんでちゃんと、私の言葉を聞いてくれないの?」
「え……」
「私、聖也くんは大丈夫だって言ったのに…聖也くんを怖いと思ったことなんて、一度もないのにっ…!!」
一度口に出してしまえば、言葉はもう止まらない。
「あの日だって…!!」
「っ!?愛ちゃっ…!!」
「ドキドキはしたけど、怖いなんて少しも思わなかったんだから…!!」
「っ…!!!!」
声にはなっていなかったけど、息をのむ音は聞こえて。聖也くんが普段ないくらい驚いているんだと気配で分かった。
だから。
「私は聖也くんに触られて嫌だって思ったことない!!それなのに一人で勝手に決めつけて離れてかないでよ!!」
顔を上げて、睨むようにまっすぐ見つめて。
変わっていないようでほんの少しだけ変わってしまった距離感は、今までを知っているからこそ余計に気になって。すごく遠く感じていたから。
「ホントはもっとっ、いっぱい触ってほしいし抱きしめて欲しいっ!!キスして欲しいっ!!」
こんなこと勢いでじゃないと言えるわけがない。けどだからこそ、今しかなかった。
「それとも聖也くんはそんなことないの!?私だけがそう思ってるの!?」
だとしたら悲しすぎる。
今日だってホントは、手を繋いで歩いてみたかった。恋人らしいこと、してみたかったのに。
今の距離感は、幼馴染のそれと何も変わらないって分かってる?
何も反応してくれないことがさらに悔しくて、悲しくて。ただ驚いた顔をしたままの聖也くんは、瞬きすらないまま微動だにしていない。
だからせめて何か言ってよと、文句を言おうとしたのに。
「っ!?」
なぜか気づいたら、聖也くんの腕の中。
……え、待って…。今予備動作、何もなかったよね…?
「せ、やく…っ…!」
どうしたのかと見上げた先で目が合って。その真剣すぎる表情に、私は何も言えなくなる。
だって、真剣、なのに…その瞳の奥だけは、すごく熱くて甘い何かが揺らめいているような気がして。
「ぁ…むっ…!?」
まるでそれに絡めとられたように動けなくなっていたら、唇に柔らかい感触。
と、思ったのも束の間。
「んっ…ぁふっ…んんっ!」
口の中にぬるりと侵入してきた熱い舌が、まるで知り尽くしていると言わんばかりに的確に気持ちいいところばかりをついてきて。
私は久々に、キスだけで足腰立たなくなるような体験をしたのだった。




