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最強王子と騎士姫様  作者: 朝姫 夢
その後の二人編
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10.口にできないこの気持ち -聖也視点-

「愛ちゃん……」


 夜。

 自室のベッドに横になって、小さく呟く。

 腕で覆った目元は誰にも見えないだろうけれど、きっと苦しさで歪んでいる。

 もうずっと、あの子に触れてない。

 自分で決めたことだし、何よりあんなことをした自分への罰としてはちょうどいいくらいだ。だからこれでつらいと思わなければ、むしろその方が問題だろう。

 だから。


「愛ちゃん…あい、ちゃん……」


 あの子に触れたい。抱きしめたい。キスしたい。とろとろにとろけた顔で見上げて欲しい。

 そう思う全ての欲を、理性で無理やり押しとどめる。

 友人には俺の性欲はどうなってるのか、なんて言われたけど。これだって十分性欲だと思う。だって俺は愛ちゃんにしかそういうことをしたいと思えないし、他の女の子にいきなりそんなことをしたら性的犯罪になるだろう。

 でもだからこそ、満たされないのがつらい。

 まるでこの想いを自覚したあの日のように、ただあの子のことだけを考えて、あの子の名前だけを一人呟く。

 けれど決定的にあの日と違うのは、あの子の心がちゃんと俺に向いているってことを知っているから。あの子の唇の柔らかさも、その温かさも全て知ってしまったから。

 だからこそ、余計につらいんだ。


「ダメだなぁ、俺…」


 なんであんなことしちゃったんだろう?なんでもっとちゃんと、気を付けられなかったんだろう?

 知ってたはずじゃないか。男女の力の差に、抗えないその理不尽さに、あの子は何よりも恐怖を覚えてきたんだって。

 知ってた、はずなのに…。


「俺が、そんなことして……どうするんだよ……」


 せっかくあの子が心をくれたのに。俺を受け入れてくれたのに。

 隣に立つ、たった一人の。その権利を、ようやく手に入れたのに。

 その俺が、あの子を怖がらせるようなことをしてどうするんだ。嫌なことを思い出させるような、あんな、こと……。


「ごめんね、愛ちゃん…。……ごめんね…」


 でもだからって、面と向かってあの時のことを謝ったらまた思い出させてしまうだけで。

 嫌われたくない。怖がられたくない。

 けど、それ以上に…。

 嫌なことを、思い出させたく、ない。


「大丈夫…大丈夫。もう、俺、あんなことしないから」


 そのために、普段からあの子に触れる一切を自分に禁止した。そうすれば防げると思ったから。

 でも。

 ふとした瞬間に、つい手が伸びそうになって。

 楽しそうに、嬉しそうに、あの子は俺の前で屈託なく笑うから。ついその肩を引き寄せて抱きしめたくなる。柔らかな唇を、心ゆくまで堪能したくなる。

 実はもう既に何度か手を伸ばしかけて、それを必死に理性で押しとどめた回数は片手の指では足りなくなっていた。

 ある時は完全に無意識で、風に揺れるその柔らかな髪に手を伸ばしていて。指先にその髪が数本触れて、そこでようやく気付いた。ハッとして急いで手を引いて握りしめたけれど。

 焦がれる心だけは、どうしようもなくて。

 ダメだって、分かっているのに…。


「好きだよ…大好きだよ、愛ちゃん。だから……」


 俺のこと、嫌わないで……


「はぁ…」


 身勝手だなぁと思いながら体を起こして、目元を手で覆ったまま自分に呆れてため息を吐く。

 その時ふと、視線を感じた気がして。


「え…」


 何も考えずに窓の外に目を向ければ、向かいの家の窓からこちらを見ている人影。明るい部屋の中、レースカーテンを半分だけ引いたそこにいたのは、今の今までずっと頭の中を占めていた人物で。


「あい、ちゃん……」


 こちらが視線に気づいて目を向けたのが分かったのか、嬉しそうにその頬が淡く色づいて目じりが下がる。小さく手を振るその姿を呆然と眺めながら、それでも反射的に手を振り返していた。

 なんで、とか。どうして、とか。主語も何もない言葉だけが浮かんできて。けれどそれは後に何も続かず、言葉にもならずに消えていく。

 愛ちゃんが、何かを探すように辺りを見回して。そのまま何かしていると思ったら、枕の横に置いておいたスマホの画面が光ったから。一瞬何事かと目を向けたそれが映し出していた名前は、ガラスの向こうにいるまさにその子の名前で。

 何事かと急いで向けた視線の先、耳元にスマホを当てた愛ちゃんが、反対の手でそれを指さしていて。電話に出ろ、ということだろうと、急いで掴んで通話ボタンを押す。

 耳に押し当てたそれから聞こえてきたのは…。


『聖也くん』


 この胸に唯一熱を燈す、俺の名前を呼ぶお姫様の声。


「愛ちゃん……」

『どうしたの?こんな時間に電気もつけないで。もしかして寝てた?』

「え?あ……」


 そうだった。夕食後、そのまま自分の部屋へと上がってきて。電気もつけずに無造作にベッドに倒れ込んだんだった。

 なんだか本当に、この想いを自覚したあの日と同じようなことをしている。


『聖也くん…?』

「あ、うん、ごめん。ちょっと…頭まわってなくて……」


 なんで今、こんな風にガラス越しで愛ちゃんの姿を見ながら、電話してるんだろうって。状況を理解はしていても、さっきまで色々と考えていた頭も心もそれに追いついていないみたいで。


『ふふっ。なんかボーっとしてるもんね?』

「……どうして嬉しそうなの…?」

『え?だってそんな状態の聖也くん珍しいから。私だけが知ってるって思ったら、なんか嬉しくて』


 えへへと少し照れくさそうに、けれど言葉通り嬉しそうに笑うから。耳元で聞こえてくるその声の近さに、胸の鼓動が早くなる。


「愛ちゃん…そういう可愛いこと、今言われちゃうと…」


 触れたくなる。抱きしめたくなる。

 今がガラス越しの、しかもこんなに距離がある場所でよかったと思う反面。伸ばしかけた手は愛ちゃんからは見えない位置で、ベッドシーツを強く掴んでその衝動に耐える。


『いや、あの…どっちかっていうと、優越感に浸ってるっていう嫌なことを言ったような…』

「なんで?だってそれだけ、俺のこと思ってくれてるってことでしょ?」

『ぅぁっ…!?いや、そのっ…ちがっ、わない、けどっ……!』

「ふふ。ほらやっぱり。…愛ちゃん、可愛い」

『ふぁぁっ…!?も、そゆこと、耳元で言わないでっ…」


 恥ずかしそうに少し俯いて、少し恨みがましそうにこちらを見ているけれど。顔を赤くして上目遣いに潤んだ瞳で見てたら、怖いんじゃなくてただ可愛いだけだよ?分かっているのかな?


「好きだよ、愛ちゃん」


 だからもう少しだけ、その可愛い顔を見ていたくて。意地悪かもしれないけど、でもこれが俺の本当の気持ちだから。


『ぁぅっ…また、そういう、声……』

「だって本当だから。ねぇ、愛ちゃん。俺本当に、愛ちゃんのこと大好きだよ?」

『ふにゅぅ~~……』


 待って。何その可愛いの。

 あぁ、やっぱりこういうことはちゃんと直接伝えたい。

 あ、いや。むしろ電話越しだからこそ、愛ちゃんのその可愛い声もこんなに近くで、耳元で聞くことができるのか。

 まさかこんなにいい方法があったなんて、直接会うことしか考えてなかったから思いつきもしなかった。

 これ、いいな。今度からたまにこうやって会話するのもいいかも。


『わ…わたし、も……』

「ん…?」


 ちょっと楽しくなって先の算段を考え始めていたら、小さく恥ずかしそうな声が聞こえてきて。


『私、も……聖也くんのこと、大好き、だよっ…!』

「っ!!!!」


 それはきっと、目の前にいないからこそ言えた愛ちゃんの精いっぱいの告白。普段俺ばっかりが言ってて、なかなか愛ちゃんからは聞けない言葉。

 想いが俺に向いているのは分かっていたけれど、それでもいざ言葉として聞くと嬉しくて。さっき以上に真っ赤な顔をして、恥ずかしそうにこちらをちらちらと見ているその姿が愛おしい。


「あぁ、愛ちゃん……どうしよう、俺…すごく嬉しい…」

『ふゎ、ぁぁ……』


 その愛おしさのまま、素直な言葉と共に心のまま笑いかければ。顔を上げた愛ちゃんが、一瞬驚いたような顔をして。そのままとろんと、とろけるような瞳をこちらに向ける。

 あぁ、可愛い…すごく、可愛い……。これが俺しか見ることのできない表情なのだとしたら、確かに嬉しいし優越感にも浸ろうというものだ。


「愛ちゃん、可愛い…好き……」

『ふぁっ…』

「もう、ほんと…俺、どうしようもないくらい、愛ちゃんのことが好きだよ。本当に…大好き」

『ぁぅぅ……う、嬉しい、けど……は…恥ずかしいよぅ……』

「うん…そうやって恥ずかしがってる愛ちゃんも、可愛くて好き」

『ふぁっ…!ぅ、も、ほんと……せーや、くん…』


 何も言えなくなってしまったのか、俺の名前を呼んでそのまま小さく震えてる。本当に恥ずかしくて仕方ないんだろう。膝に顔をうずめているけれど、見えている耳は真っ赤なままで。

 けど、耳からスマホは離さない。

 その事実が何を表しているのかなんて、もしかしたら本人は気づいていないのかもしれないけど。俺はそれが嬉しくて仕方ない。

 だってそれって、恥ずかしさ以上に俺の声を聴こうとしてくれてるってことでしょ?それだけ俺のこと、想ってくれてるってことでしょ?

 あぁもうホント、抱きしめたい。キスしたい。

 そんなこと、一言たりとも口にはできないけれど。


「兄ちゃーん!お風呂あいたから入れって母さんが言ってるよー!」

「あ…うんっ、分かったー!」


 でもそんな楽しい時間は、唐突に終わりを告げて。


「ごめんね愛ちゃん。お風呂入れって言われちゃった」

『え、あ、ううん!むしろこんな時間にごめんね?なんか、つい…』

「嬉しかったから謝らないで?…ねぇ、また今度こうやって話そう?愛ちゃんと電話なんてしたことなかったから、なんかすごく楽しくて」

『あ、わ、私もっ…!寝る前とか、ちょっとだけこうやって話せたら楽しいね!』

「ね。だからまた、時間が合いそうな時に。今度は俺の方からかけるかも」

『ホント!?えへへ…楽しみにしてるね』


 嬉しそうな顔に、弾んだ声。

 あぁ、そうだ。俺が見たいと思ってたのは、こういう愛ちゃんだ。


「うん、楽しみにしてて。…じゃあ俺、お風呂入ってくるね?」

『うん、いってらっしゃい。…あっ、あとっ!』

「ん?」

『おやすみ、聖也くん』

「……うん。おやすみ、愛ちゃん」


 そう言って二人、会話を終わらせる。

 それでもまだ目を向けている先で、愛ちゃんはちょっとだけ恥ずかしそうに小さく手を振っていて。それに俺も、今度は笑顔で手を振り返す。

 あぁ、やっぱり可愛いなぁなんて思いながら。



 ねぇ、愛ちゃん。君はそうやって、ただ楽しそうに、嬉しそうに笑ってて?

 嫌なことも、つらいことも、何も思い出さないでいいから。

 だから、そのためにも。


「ちゃんと、我慢する、から」


 怖がらせない。その一点だけは、守り続けないと。

 握りしめた手と同じように、口を強く引き結んで。触れたい、抱きしめたい、キスしたい、なんて。間違っても言葉にしないように。

 口にできないこの気持ちは、表に決して出さない。少しでもその素振りを見せるわけにはいかないから。





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