9.変わったこと、変わらないこと
「お姉さまぁー!!」
あぁ、またか。
結局聖也くんとの距離感はあれ以来全然元には戻らないのに、むしろあれ以降一年生の女子からはなぜかものすごく懐かれるようになって。
「お姉さま!これ今日家庭科の授業で作ったんです!食べてください!!」
「あ、ずるい!!私のも受け取ってください…!!」
こんな風に、廊下ですれ違った時に声をかけられることが本当に増えた。
「あぁ、うん。二人ともありがとう。美味しくいただくね」
「お、お姉さまぁ…」
でも別に何か悪いことをしてるわけでもないし、特別邪魔なわけでもないから無下にも出来なくて。だからこうやって少しだけ相手をして、すぐにその場から去るようにしてる。中学の時みたいに、本気になっちゃう女の子がいても困るからね。
けど。
「しのちゃんさぁ…そうやってさわやかに笑顔を振りまいて立ち去るから、なおさらあの子たち憧れちゃうんだと思うよ?」
「え…私対応間違えてる…?」
「いや、ごめん。私には何が正解なのかがそもそも分からない」
「えええぇぇ……」
とはいえ、確かに女の子のあしらい方を知ってる女子なんて、普通はそうそういないものだし。大前提として、そもそも正解があるものなのかっていうね。
「っていうか、私としてはしのちゃんの対応力の方に驚いてるんだけど?」
「え?どゆこと?」
「お姉さまって呼ばれても普通に反応するし、出来るだけ会話は手短にしてその場から立ち去ったり。なんかこう…慣れてるよね?明らかに」
疑いの目、というのはこういう物なんだろうか?下から少しジトっとした目で見上げてくる友人は、なんだかとても可愛いけれど。同時に直視できなくて視線を逸らす。
なんか、変な圧があるんですけど…?
「あー…うん、まぁ……中学の時に同じあだ名で呼ばれてたから、かな?」
「マジかー。じゃあ中学時代は女子にモテモテだったわけだ?」
「うん、否定はしない」
「しないんだ!?」
「っていうか、たぶん出来ない。本気になっちゃう子もいたから、結構大変だったし…」
「うわぁー…」
少し遠い目をしつつその頃のことを思い出していたら、横からなんだか同情にも似た視線と声が向けられて。
うん、大変だった。本当に大変だった。人生で女の子に迫られるとか、もう二度と体験したくないなって思ったよ。何度も。
あ、いや。だからって男の人に迫られるのはもっと嫌だけど。聖也くん以外の人とか嫌に決まって……
「って。だからそれが解決してないのが一番の問題なのに……」
「しのちゃん、一人で考え事してトリップしてないで?いや、たぶん王子先輩絡みなんだろうなぁってのは分かってるんだけどね?」
「あ、ごめん…」
最近こうやって、ふとした瞬間に聖也くんとのことを思い出すことが増えて。そのたびに周りが見えなくなって、こうやって無意識のうちに独り言を呟いていたりする。
正直、これじゃあただの危ない人だ。
「喧嘩してるわけじゃないから、仲直りって言うのも変だけど…でもなんていうか、まだもとに戻ってないの?」
「うん……」
「やっぱり言えばいいんじゃない?キスしてって」
「それは無理ぃ~…」
そんな恥ずかしいこと言えないってば…!!じ、自分から強請るなんて、そんなっ…そんなの、恥ずかしすぎるっ…!!
「でもちゃんと言ったんでしょ?王子先輩は怖くないって」
「……それが…」
「え、待って。何その不穏な言葉の入り方。まさか…」
「言ってない、っていうか…言おうとすると、なんでか言葉を遮られるというか……」
「え、何それ。明らかに意図的な謎の行動」
「いや、理由はなんとなく分かってるの。分かってるんだけど…」
きっとあの日の出来事を、私に思い出させないようにと配慮しての行動なんだろう。なるべくその話題には触れないように、できうる限りなかったかのように。
だから今まで通り一緒に登下校はしてるし、いっぱいおしゃべりして休日にも二人で出かけるし。そこは何一つ変わってない。
けど、同時に。
必要以上に近づいてこなくなった。顔中に降るようにされてたキスも、一切なくなった。手どころか、髪にすら…触れてくれなくなった。
変わらないことよりも、変わったことの方が私には大きくて。だってきっとそれは、あの日の私の言動のせいだから。あれのせいで聖也くんは私に一切触れないようになった。きっと私が嫌がってたって、そう思っているから。
でもじゃあ誤解を解こうとその話題を出そうとすれば、上手い具合に話を被せられたり切り出すタイミングを与えられなかったり。
そうやってずるずると引きずったまま、今日まで過ごしてきてしまっていて。未だに本当のことを伝えられずにいる。
「それって…どうなの?まずくない?」
「ダメなのは、分かってるんだけど…」
「もうそれ勢いで押し通すしかないんじゃない?王子先輩って異常に頭いいだろうから、下手に頭脳戦とかやったらしのちゃん勝てないよね?」
「勝てないからこの状況のままなのぉっ…!!」
「あ、うん。そうだね」
本当はそんなことなかったんだよって、嫌だったわけじゃないんだよって、そう伝えたいだけなのに。それだけがどうしても上手く出来ない。
それどころか。
日に日に、自分の中の欲求が大きくなっていって。触ってほしい、キスして欲しい、なんて…思うようになっていて。
前まではこんなんじゃなかったのに…!!確かに触れられるのもキスされるのも嬉しかったけど、自分からこんな風に望んだことなんてなかった…!!なのに…!!
私すごく、わがままになってる。欲しい欲しいって、まるでおもちゃを強請る子供みたいに。
「どうしよう、このままじゃ…」
勝手な不満をいつか聖也くんにぶつけてしまいそうで怖い。
もしそれで嫌われたら?呆れられたら?
私から、離れて行ってしまったら…?
考えるだけで、すごく怖くて……
「しのちゃん……あのね、私思うんだけど、そういう――」
「あ、お姉さま。お疲れ様です。……って、どうかしたんですか…?」
声をかけてきたのは、中学時代同じ委員会だった子で。去年みんなで行ったプールで会った、あの知り合いの女の子だった。
彼女も家が近いのと制服が可愛いからという理由でこの高校を選んだらしく、学校で偶然会った時にそれを聞いて親近感が湧いたのは記憶に新しい。
「あ…お疲れ様。ううん、なんでもないの。気にしないで」
「はぁ…」
流石に後輩にまで心配されてはまずいと、急いで取り繕う。
なんだろう。こういうのだけ上手くなったのは、諦めかけてた長年の初恋を常に隠し通してたからかな?
「今から教室移動?」
「あ、いえ。実はこの資料を前の教室に忘れてきちゃって、急いで取りに行って戻ってきたんです」
少し恥ずかしそうにそういう彼女が手にしていたのは、確かにそれ一冊だけで。ノートも筆箱もないあたり、確かに教室移動ではないんだろう。
「先輩たちは…」
「今から音楽なの」
「なるほど。あ、じゃあ私引き留めちゃってますよね!?すみません!!」
「大丈夫だよ。まだ時間に余裕あるし」
むしろ自分の教室に今から戻らないといけないこの子の方が、時間ギリギリになる可能性の方が高い気がする。本人もそれを分かっているのか、それとも引き留めたことを気にしているのか。少し急いだ様子でぺこりと頭を下げて。
「でも私、これで教室に戻るので。失礼しました!」
慌てた様子で足早に去って行った。
いいんだけど、ね?廊下は走らない方がいいと思うなー。誰かにぶつかったら危ないから。
「なんか…しのちゃんがだんだん王子先輩化してきてる気がする…」
「え、なんで!?どこら辺が!?」
「いや、だって…廊下で色んな女子に話しかけられるとか、そんなイベント王子先輩以外じゃしのちゃんにしか起きないよ?」
「イベントって…ゲームじゃないんだから」
「いやいや何言ってんの!?ゲームだったら二人とも攻略対象だよ!?」
「あ、私攻略される側なんだ…」
しかもそれ、主人公は女の子のやつだよね?すごく複雑な気分になったんだけど…。
あぁでも、ゲームだったら何度でもやり直せるし、待っていれば攻略ページとか作られて簡単に進められるんだろうなぁ。現実って一度きりしかないから、間違えたらどうしようって思ったりしてホント難しい。現実にもセーブ機能とか、あればいいのに。
なんて、バカなことを考え始めている自分の頭にため息を吐きたくなった。
どうでもいいことですが、移動教室だと別の意味になりそうだったので言葉を入れ替えたのですが…。学校の中で違う教室へ移動することって、なんていうのが正解なのでしょうか?




