5.体育祭後の嫌な予感
「せ、やく…ぅん…!」
学校の空き教室で、例のごとくがっちり抱え込まれた私は逃げ場もないまま聖也くんにキスされていて。
「…愛ちゃん、今の言い方すごく甘ったるくてかわいかった……」
「な、に…んむぅっ…」
ファーストキスならぬセカンドキス…どころじゃない回数のキスをして以来、聖也くんのキス攻撃が止まらなくなって。最近は家に帰ると、なぜか私が聖也くんに私の部屋に連れ込まれて。そのまま頭が真っ白になるくらい、毎回深いキスをされるようになっていた。
いや別に、嫌ってわけじゃないんだけどね?むしろ気持ちいいし嬉しいし。けど聖也くんってこんなにキス好きだったの?ってくらいなんだけど。
ってか、なんか最初から上手すぎて意味わかんなかったんだけど…!!後で聞いたら初めてだって言ってたけど、明らかに初めての人の行動じゃなくない!?いや、私も他の人知らないから比べようないけども…!!
「ぁふっ…はっ…」
「ねぇ、愛ちゃん…さっきみたいに、俺の名前、呼んで…?」
「さ、っき…って、なに……わか、んな…」
息も切れてるし、なんか舌痺れてるみたいになってるしで、全然うまくしゃべれない。
しかも頭もまわってないから、言われた言葉の意味がすぐには理解できなくて。
「名前呼んでる途中でキスしたからかな?同じ事したらまた聞ける…?」
「なに、いって……せいやく、ぅんっ…」
あぁ、ほんと……なにも考えられないや……ただ、きもち、いい……
「あぁ、それ…ホント、好き……かわいい…」
「せーやく、ぅん…」
なまえも、よべないくらい、なのに……これ、きもち、よすぎて…………すき……
『次はー、一年生対抗ー、綱引きです』
って、違う!!
「んぅっ…せ、やく、ぅんっ…だ、だめっ…!!」
「え、もうちょっと…」
「ダメったらダメ!!っていうかここ学校だし…!!いくら体育祭だからって、応援しないのダメでしょ!?」
「えー…」
そんな残念そうな顔しない!!
っていうか危ない…!!思わず流されてしまったけど、そうだよここ学校だよ…!!そりゃ空き教室いっぱいあるよ、体育祭だもん…!!でも誰も入ってこないなんて保証はどこにもないじゃん!?何危ないことしてんの!?っていうかホント、この間から聖也くん積極的過ぎるんだけど!?
「もうホント、もどっ…!?」
「あっ、ぶない…」
聖也くんの腕から抜け出して、教室から出ようと歩き出したのに。一歩目で力が入らなくなって、危うくそのまま倒れるところだった。
すぐに気づいて聖也くんが支えてくれたけど、結局腕の中に逆戻りじゃない?これ。
「ダメだよ?愛ちゃんキスした後、しばらく動けなくなっちゃうんだから」
「……それ知ってて学校でするって、聖也くん酷くない…?」
「ぅっ……ちゃ、ちゃんと普通の日はしないようにしてるし…」
「でも今日体育祭だよ?私と聖也くん同じチームだよね?これで競技ちゃんと出来なくなったらどうするの?」
「ぅぐっ…………ご、ごめんなさい……」
正論を通したからか、珍しくしゅんと項垂れて素直に謝ってくる。うん、まぁ、これでちゃんと反省してくれるのなら、いいんだけどね?
「次からはもっとちゃんと考えてします」
「あ、やめはしないんだ」
「それは無理。愛ちゃんの可愛い姿知ってるのに我慢なんて出来ない」
「ぅっ…ぁ…いや、あの…せめてTPOは弁えて…?」
「うん。それはちゃんとするから、やめなくていいよね?というか俺、やめないよ?」
「そ…そういう言い方で宣言されると恥ずかしいので…」
「はーいそこー。イチャイチャしてないでいい加減帰って来いー?」
「わぁぁっ!!」
「あ、見つかっちゃった」
勢いよく教室の扉が開いて、何の遠慮もなく声をかけてきたのは聖也くんと同じクラスの先輩。
そういえばこの人も同じチームだった。
「見つかっちゃった、じゃねーよ!あいっかわらずマイペースだな王子はホント…!!」
「すみません先輩…!!今戻りますからっ…!!」
「そうしてくれ。っつーか、王子とお姫様二人でいなくなったら何してるかなんて明らかだろうが」
「いや、そのっ…もともとは一緒に来たんじゃないんですっ…!私はタオルを取りに来ただけで…!」
「うん、お姫様の友達から聞いた。で、そこを王子に見つかって、まんまと空き教室に連れ込まれたわけだ」
「あうっ…!!…す、すみません……返す言葉もございません…」
「いや、どっちかっつーと、お姫様じゃなくて王子の方に反省して欲しいんだけど、俺」
「え?俺?」
「学校で女子を空き教室に連れ込むとか不届き極まりないことしたのはお前の方だろうが!!」
「わ、ホントだ。言葉にすると俺すごく酷いことしてるね」
「なんでちょっと他人事みたいに言うんだよ!!お前が驚くのは可笑しいだろ!?」
「ごめんね?愛ちゃんを見かけたから、つい…」
「つい、で済んだら警察はいらねぇんだよ!!せめて学校でイチャコラすんのはやめろ!!」
「うん。今も愛ちゃんに怒られちゃったから、次からは気を付けるね」
「くっ…!いい笑顔しやがって…!!満足しましたってか、コノヤロー!!」
なんか、会話を聞いてるとホントに先輩も苦労してるんだなぁって、思って。ここで同情ではなく親近感の方が勝るのは、このド天然のマイペースぶりに振り回されている者同士だからなんだろう。
あぁきっと、普段も大変なんだろうなぁ。すごく分かります、先輩。
だからこそ、今回一緒に困らせてしまって本当にごめんなさいっ…!!あとめちゃくちゃ恥ずかしい…!!
「王子今までの忍耐力どこやったんだよ。去年度まではちゃんとしてただろ?」
「俺の可愛いお姫様が恋人になってくれたんだよ?そんなもの今更必要ないでしょ?」
「いやあるだろ!!何そこ振り切ってんの!?最低限は常備しとけ!?」
「してるつもりなんだけどなぁ…」
「そういうとこ!!王子マジでそういうとこだからな!?もうちょい常識の範囲内で生きろ!?」
必死なところ申し訳ないんですが、高神聖也という人物に関して言えば、全てにおいて常識の範疇外なので。流石に常識の範囲内で生きるのは無理かと。存在的に。
とは、流石に口にしなかった。というか、たぶん今は何も口を挟まない方がいい。なんとなく、私の勘がそう告げていた。
なので私は二人の後ろからそっとついていくぐらいにして、昇降口で靴を履き替えてまた二人の後ろを大人しく歩いていたら。
「きゃあっ!?」
突然聞こえてきた女子の小さな悲鳴と、明らかに普通じゃない水の音がしたのに、人の壁に阻まれて何も見えなかった。
それでも何事かと、声と水音が聞こえてきた水飲み場を見ようとした次の瞬間には、既に聖也くんが目の前からいなくなっていて。走り出したその背中を無意識に追いかければ、前方で水に濡れてしまっている一年生の女子が一人。傍にいるもう一人も、少し濡れてしまったのか。二人とも白の半そでの体操着を着ているせいで、少し肌と下着が透けてしまっていた。
まずい、と思って私も急いで駆け寄って、まずは水場から少し離れていた女の子の方の肩に自分の長袖ジャージをかける。その間に聖也くんが水を止めてくれたのか、あの異様な水音は止まったけれど。流石に濡れずに、というわけにはいかなかったようで。むしろ上半身は頭までびしょびしょになっていた。
「大丈夫?」
それでも先に濡れてしまっていた女の子に声をかけて、腰に巻いていた自分の長袖ジャージをその子の肩にかけてあげていたけれど。それすると、聖也くんの体操着全部濡れちゃうんだよね。まだこの後も出番あるのに。
「あ、は、はいっ…!」
そしてそういうことするから、王子様って呼ばれるんだと思うよ?
とりあえず後で保健室にでも行ってハンガー借りてこないと。
けどまずは…。
「あなたも、大丈夫?」
「あ…は、はいっ…!大丈夫ですっ…!!」
「でも少し濡れてるし、着替えられるのなら今のうちに行ってきた方がいいよ?」
「あ、えと、じゃあ、これ…」
「だーめ。濡れて透けてるから、返すなら着替えてきてからにして?」
後半は声をボリュームを落として耳元で伝えてあげれば、気づいていなかったのか顔を真っ赤にしていて。
うん、まぁ…同じ女子とはいえ、他人にそれを指摘されるのは恥ずかしいよね…。ごめんね?
「あのっ…!!」
「これ、君のタオルでしょ?風で飛ばされて蛇口を塞いじゃってたんだね」
向こうも向こうで何とかなってるっぽいし、とりあえずは一安心かなぁ?
っていうか、風で飛んだタオルのせいで蛇口から水が四方八方に飛び出してたのか。そうか、それはどうしようもないな…。
「あ、すみませんっ…!!ありがとうございますっ…!!」
「うん。じゃあとりあえず、君も一緒に着替えておいで?濡れたままだと風邪ひいちゃうかもしれないし」
「え、でも…先輩も…」
「俺は男だからいいの。女の子が体冷やしちゃだめだよ?」
「っ…!!!!」
あー……あれ、完全に落ちたなぁ…。
女の子に優しいのはいいことだけど、それをするから私が苦労してたんですよ?分かってます?
あと違う意味で胸が痛む…。
ごめんね?名も知らぬ一年生女子。その恋、始まる前に終わってます。その人私の彼氏なんです。ホント、ごめんよ。
でも今はとにかく。
「ほら、二人とも?まずはちゃんと着替えておいで?今から一年生は出番なんだから、急がないと間に合わないよ?」
「あ、えとっ…!!」
「ちゃんとここで待っててあげるから。ほら、早く行っておいで?」
たぶんここは私が促さないとダメだろうなと判断して、そう声をかけて二人の背中を押す。
ついでに。
「あなたも濡れて下着透けてるから。ちゃんと前も隠して、急いで更衣室行っておいで?」
「っ…!?!?」
流石にこんなこと聖也くんも言えないからね。びしょびしょになってしまっていた女子にも、後ろから声を潜めてそう伝えておく。
一瞬だけ振り返った二人が、真っ赤な顔をしながら頭を下げて急いで走り去っていって。ちゃんとジャージの前を手で押さえていたのも確認できたし、とりあえずこっちは大丈夫だろう。
「…………いやいや、何してんの二人とも。今俺、いたいけな一年女子が二人に骨抜きにされる瞬間を目撃しちゃったんだけど…?」
「二人…?」
「何の話?」
聖也くんはとりあえず何も分かっていないのが平常運転として。二人って、私も入ってるってこと?え、どこが?普通にジャージ貸して送り出しただけだよね?
「え、なに?二人ともそれ、無意識なわけ?今俺の目の前に、二人の王子様が見えたよ?なにこのカップル。怖いんだけど…」
そう言う先輩は、両手で自分の腕を掴んで震えてみせる。
って、その仕草で思い出した…!!
「それより先に聖也くん!それ!上脱いで!!濡れてるの急いで乾かさないと!ジャージの替えなんて持ってないでしょ!?」
「あ、うん。…え、今脱ぐの?」
「ズボンが濡れるでしょうが!!流石にそこまでは乾かせないんだから!!私保健室行ってハンガー借りてくるから!!」
「それなら俺が直接行って…」
「戻ってきた女の子たちに貸してるジャージも乾かさないといけないからいいの!とにかく早く脱ぐ!あとはい、これタオル。今日まだ使ってないし、それで髪拭いて乾かして」
「え、でも…」
「いいから!聖也くんだって風邪ひいちゃったら困るでしょ!?とにかく私行ってくるから!!」
こういう時は有無を言わせずに行動してしまえばいい。やったもん勝ちってやつだね!
でも、なぁ…。
なんとなく、いやーな予感がするんだよねぇ…。
だってきっと、完全に乾かないまま着ることになるだろうから。いくら運動するとはいえ、待機時間に体冷えちゃうだろうし。
体育祭後に風邪とか、いつもより動いて体力削られてる時だしなぁ…。今日は早く家に帰そう。うん、そうしよう。




