4.恥ずかしさと嬉しさと
あれから妙に意識してしまって、流石にあまりにも様子がおかしすぎたんだろう。お家デートの提案をしたその日に、なぜかそのまま聖也くんの部屋まで連れてこられて。
っていうか、すみませんあの…何で今日に限って高神母出かけてるんですかね?え、弟たちの方のママ友と一日遊びに出かけてる?あ、そうなんだ…。
「で?なんで急にお家デートなんて言い出したの?ここ数日何か考え込んでるみたいだったけど、それと関係あるの?」
「え、いや、あの……」
椅子が一つしかないからとベッドに二人腰かけて、向かい合うように肩を掴まれていて。
何だろう。すごく真剣で、すごく心配されてる。
あぁ、だから部屋まで連れてきたのか。真面目な話を誰にも邪魔されないようにって。
…………ごめん……そんな深刻な悩みとかじゃなくて…。
「何かあった?俺、ちゃんと気を付けてたつもりなんだけど…外で何か嫌な目に遭ってたの?」
「え!?いやいや!!そんなことない!!むしろすっごく楽しくて、そういうこと全部忘れてたくらいだから!!」
「本当?」
「本当!!」
実際自分が普通じゃないことをすっかり忘れて、ただ純粋に毎回楽しんでしまっていて。家に帰ってきてから寝る前にふと、そういえばと思い出す程度に最近はなってきてしまっている。
…あれ?これはこれで危機感薄れてまずいんじゃ……?
いやいや!!これは聖也くんと二人で出かけた時だけだから…!!普段は…!!……普段…?あれ?普段から聖也くんと一緒、だよね…?あれ…?私の危機感、大丈夫かな?ちょっとだけ不安になった、よ…?
「それならよかった…」
そんなことを一人考え始めていた私に気づかず、心から安心したように長いため息をついて。そのままぽすんと肩に頭を乗せてくる。
あ、これ…本気で心配されてたやつだ……。どうしよう…。
「でも、それならどうして急に?それに何か悩んでたよね?」
「う、うん…え、っと……」
肩に頭を乗せたまま、顔をこちらに向けて。反対側の頬には手を当ててきて、そんな風に聞いてくるけど。
ち…近すぎてそれどころじゃないっ…!!
いやいや待て待て!それ以前になんて話すの!?我慢してない?とか聞くの!?直球すぎない!?っていうか今この状況で聞くことなのかな!?
ああぁ、どうしようどうしよう…!!
「愛ちゃん…?もしかして、俺には言えないようなこと?」
「いやあのっ、聖也くんに言えないっていうかむしろ聖也くんに聞きたいって言うかっ…!!」
「ん…?」
「うぁっ…あうぅ~~……」
「愛ちゃん落ち着いて?大丈夫だから。ゆっくりでいいから、まずは深呼吸して?」
軽くパンクしかけた私にそう言って、聖也くんはまっすぐこちらを見ながらゆっくり背中をさすってくれる。それに促されて言われた通りに深呼吸して。
そうしてようやく落ち着いてから、覚悟を決めて口を開いた。
「あの、ね…?」
「うん」
「この間、友達と話した時に…」
毎回出掛けなくてもお家デートでもいいんじゃないか、とか。実は聖也くんだいぶ我慢してるんじゃないか、とか。そういうことを言われて、一人勝手に色々悩んでたんだって。
……き、気のせいかな…?話進めるうちに、だんだん聖也くんの表情が険しくなっていってるような…?あ、あれ…?私なんか、怒らせるようなこと言ってる…?
「それ、愛ちゃんが不満に思ってたってことじゃないよね?」
「え?うん、まぁ、そう、なんだけど…」
「じゃあ別に他人に何を言われても関係ないよ。他の人の"普通"なんて知らないし、俺は愛ちゃんと二人で出かけたいからそうしてるの」
「え、っと……」
「俺がそうしたいって思ったことをして、愛ちゃんがそれを楽しんでくれてるのなら俺はそれで十分だよ?むしろこうやって一緒にいられるのに、何を我慢してるって言うの?」
「それ、を…聞かれると……」
「抱きしめて、大好きって伝えられるのに?俺のために可愛い服を着てくれるのに?」
「あ、あのっ…聖也くんっ…」
「他人の価値観なんて知らない。俺の気持ちを勝手に解釈して、そんな必要もないのに愛ちゃんが悩むことなんてないよ」
「あ……」
あぁ、そうか。私は自分が"普通じゃない"と思ってるから、必死で普通を知ろうとしていたけど。それってちゃんと目の前の聖也くんを見れていなかったってことなんだ。
本当は、聖也くんの言う通りそんな必要なんてなかった。私の今までの生き方が普通じゃないなんて、そんなの初めから聖也くんだって知ってたんだから。
必要だったのはきっと、誰かの言う"普通"なんかじゃなく。"私たちらしさ"だったんだ。
「俺たちは俺たちのペースでいいんだよ。今までだってそうしてきたでしょ?誰か知らない人が俺たちの間に入ってきて何か言ってくることなんてなかったんだから」
「う、ん……」
「第一我慢って言うのなら、今までの方がずっと我慢してたよ、俺」
「……え…?」
「だってそうでしょ?愛ちゃんが俺のこと見てくれないままで、休みの日にまで連れだしたりできなかったもん」
「そ、れは……」
「今ようやく、一緒に行きたかったところに色々行けるようになったんだよ?こんなに近くにいられて、こうやって触れることができて。やっと我慢しなくてよくなったの」
「ぅっ、ぁっ、あのっ…」
どうしよう。これ、すっごく恥ずかしいんだけど…!!
いや、実際は手を握られてるだけなんだけどね!?行動じゃなくて言葉のチョイスが…!!なんか恥ずかしい…!!
「けど、そっか…そういうので、不安にさせちゃうんだね…」
「え?え、っと…」
「じゃあ、一つ不安をなくそうかな」
そう言って、私の顎に指をかけて上向かせる。
「せ、聖也くん…!?」
「しても、いいんでしょ?」
「え…?」
「ここに。キス」
親指が、私の唇に触れるか触れないかのところを掠っていって。その微かな感覚と、真っ直ぐに見つめてくる聖也くんの真剣な表情にぞくぞくする。
「ぁ……」
その瞳に絡めとられたように動けなくなってしまった私は、返事の代わりにぎゅっと強く目を瞑る。顔が真っ赤になっているのは分かっているけど、それを隠すことすら出来ないまま。
「愛ちゃん…」
聖也くんが近づいてくる気配がして、制服のスカートもぎゅっと握る。怖いんじゃなくて、ただドキドキして。恥ずかしくて。
でも、あぁ…これが私のファーストキスになるんだな、なんて思っていたのに。
「……え…?」
キスされたのは、唇じゃなくておでこの方で。
「そんなに、緊張しないで?別に痛いことするわけじゃないんだし」
「え、いや、だって…んっ…」
「なんか、無理やり悪いことしてる気がして…すごい罪悪感……」
「そ、んな、こと…ちょっ…!せー、やくっ…!」
おでこの次は瞼に、その次はこめかみに、その次は頬にと、顔中にキスが降ってくる。けどどこかにキスされるたびに緊張はほぐれていって、むしろその優しく触れてくる唇に安心すらしていて。
「せ、やく…」
「愛ちゃん……俺の…」
覗き込むようにして離れた顔が、もう一度ゆっくり近づいてきて。それに応えるように同じようにゆっくり目を閉じた私の唇に、今度こそ聖也くんの唇が優しく重なった。
「俺だけの、可愛い可愛い愛ちゃん」
柔らかな感触が、近づいてきたとき同様ゆっくりと離れて行って。目の前で柔らかく微笑んだ聖也くんが、とろけてしまいそうな優しい声でそう言うから。
「ぁ、ぅ……」
「ふふ。真っ赤になってる愛ちゃんも可愛いなぁ」
「もっ、そんなこと言わないでよっ…」
反論する力すら弱々しくて。恥ずかしくて顔を見られてくなくて、両手で隠して下を向く。
「は、初めてなんだもんっ…恥ずかしいっ…。むしろなんで聖也くんはそんなに落ち着いてるのぉ…」
「……え…?初めてじゃ、ないよ…?」
「……え…?」
それは、どっちの意味で?
私が、初めてじゃないのか。それとも、聖也くんが?
え、待って…まさかもう、聖也くん誰かとキスしたことあったの…?もしかして、私が間に合わずに奪われたこと既にあった…?それとも他の女の子と…?
あ、どうしよう…どっちにしても泣きそう……
「あ、ちょっ…!愛ちゃん何か勘違いしてるでしょ!?違うからね!?俺と愛ちゃん、小さい頃に一回もうキスしてるよ!?」
「…………ふぇ……?」
間抜けな声が出てしまったことは許してほしい。
いや、だって…何そのここにきてのカミングアウト。私、全然記憶にないんですが…?
「あぁ、うん…やっぱりね。なんとなく、覚えてないんじゃないかなーとは思ってたけど…」
「え?え?ホントに?」
「うん。というか、あれはもはや俺が奪ったと言った方が正しい気もするけど…」
少し困ったような顔でそう言う聖也くんの言葉は、何だか信じがたいもので。
だって、聖也くんだよ?女の子の唇、奪うような性格じゃなくない?
「うん、まぁ、色々あったんだよ…」
「え、待って。そこ濁されるとすごく気になるんだけど」
「いや、う~~ん……言っていいの、かなぁ…?」
「むしろダメなほどの何があるの…!?っていうか、そこで止められると気になって仕方ない…!!」
「そう、だろうけど…当時すっごく怒られたんだよねぇ……父さんが」
「聖也くんじゃないの!?」
「うん。俺まだ四歳とかだったし。何も分かってない俺に、紛らわしい言い方をした父さんが悪いって志野崎のお父さんがすごく怒ってて」
「…え、待ってよ。それ私、三歳ってことだよね?そんな…」
「だから覚えてないんだよ、きっと。けど…」
「んっ…」
「俺は覚えてる。だから、今のはファーストキスじゃなくてセカンドキス。どっちも俺がもらったから」
私の唇をなぞる指先は、キスと同じくらい優しいのに。なぜだかすごくぞくぞくして。さっきみたいに、動けなくなる。
なんだか、力が抜けて。
「はぁ……」
自分でも何の意識もしないまま、唇から熱い吐息がこぼれた。
「っ…!!……あい、ちゃん…」
「なぁに…?」
答える声が、甘ったるくなっていることにも気づかないまま。
「っ……ね、愛ちゃん。キスなら俺、我慢しなくていいんだよね…?」
「うん…」
「じゃあもっと、していい?」
「いい、よ…?」
何も考えずに聖也くんの言葉に頷いたから。
気づいたときには、もう遅かった。
「大好きだよ、愛ちゃん」
「ん…」
最初はさっきと同じように優しく。けど今度は何度も何度も、角度を変えて。ついばむようにって、たぶんこういう事を言うんだろうなっていうキスだったから。だからいつの間にか聖也くんが唇で私の下唇を挟むようにキスしていても、何の警戒心も抱かないまま。されるがままの私は、ついその気持ちよさに薄く唇を開いてため息を零してしまって。
「ぁんっ…!んんっ…!?」
ぬるりと忍び込んできた聖也くんの舌が、私の口の中を蹂躙していって。驚いて思わず体を押し返そうとしたのに、背中に腕を回されて頭もがっちり捕まえられていて。押し返すどころか身動き一つ取れない状態にされていた。
これってつまり、私の行動お見通しだったってことだよね…?
って、いうか…!!もっとって、そういうこと!?そういう意味の「もっと」だったの!?
『でもその分キスとか凄そー』
そう言った友人の言葉を、今更になって思い出す。
うん、その通りだったよ。なんかもう、すごくて……。
恥ずかしくて。けど、それ以上に、すごく……嬉しくて…。
「ぁふっ…んっ…ふっ、んん…!」
何されてるのかなんて、もう途中から分からなくて。けどすごく気持ちよくて、とろとろに溶かされそうで。
時折背中を電流が走ったようにビクッとなってしまうのは、もう自分ではどうしようもなかった。
ただ、なんか、もう……何も、考えられなくて……あたま、真っ白になりそう、で……
「ぁはっ……はぁ…はぁ……」
「愛ちゃん……」
途中から本当に何も覚えてなかった。ただ気づいたら聖也くんの膝の上にいて、頭を抱きかかえられるような体勢で荒い息をしながら聖也くんの胸にもたれかかってて。
もう、何回キスされたのかも分からないくらい。ただ、気持ちよかったことだけしか覚えてなかった。




