1.新しい関係
付き合い初めてから初の長期休暇が目前にあったから、ここぞとばかりに二人で色々なところへ出かけた。
今まで行けなかったところに、聖也くんは本当に全部連れて行ってくれて。動物園も水族館も遊園地も、好きなように好きなだけ回れて。楽しくてついはしゃいでしまった私を、聖也くんはずっと優しい目をしながら見ていてくれた。きっとその裏で色々と気を遣ったり警戒したりしてくれてたんだろうけど、そんなこと微塵も感じさせないまま。
そうやって楽しく、時には宿題をやりつつ過ごしていたら、あっという間に月が替わっていて。
一つ学年が上がった新学期初日の放課後、新しい教室で新しい教科書に名前を書きつつ聖也くんが迎えに来るのを待っていたら。
「あれ?志野崎さんたち帰らないの?」
去年一緒に花火大会に行った隣のクラスの男子が、廊下から声をかけてきた。偶然とはいえ、今ここに同じ学年の花火大会に行ったメンバーだけが揃った形になって。そっか、もうクラスの他のみんなは帰ったんだなぁと今更ながら気づく。
余談だけれど私たちの高校はクラス替えがないので、基本的に一年目から卒業までクラスメイトは同じ顔触れしかいない。だから始業式や終業式は割とみんな早く帰って、場合によってはどこかに寄って遊んでいったりしているらしい。
私は常に直帰だけど。
「うん。三年生は受験の話とかあるみたいで、ちょっと時間かかるらしいから」
「あぁ、王子先輩待ってるのか」
「そう、だけど……。ねぇ、その王子先輩っていうの、やめない?」
「え?だって俺あの人の苗字知らないし。第一今更普通に呼んでも、たぶんみんな誰のことか分からないと思うけど?」
「それは……」
というか、花火大会の時に自己紹介とかしてなかったの?まずそこから疑問なんだけど。
なんてことを口にすべきかどうか迷っていたら。
「ねぇ、志野崎さん。たまには俺と二人で出かけない?」
そう、言われて。
唐突に変わった話題と、その言葉の真意が分からなくて、一瞬直前までの思考が止まる。
え、っと……今、二人でって、言った?言ったよね?聞き間違いじゃないよね?
…………いや、うん。それはだめだと思う。彼が何部かは知らないけど、たぶん私の方が単純に経験の差で強い。けどそれでも一人で出かけちゃダメだって言われてるんだから…っていうか、そういう問題じゃなくて!聖也くんっていう彼氏がいるのに、他の男の子と二人きりで出かけるのはだめでしょう!普通に考えて!
だから断ろうと口を開こうとした、その瞬間。
「だーめ」
ぽすんと引き寄せられた頭が誰かの体に当たる。
いや、誰かっていうか一人しかいないけど。こんなことするのもだけど、その言い方も声も聞き覚えがありすぎるから。
「この子、俺のお姫様だから」
そんな言い方するの、聖也くんぐらいだと思う。
…って、そうじゃない!!いきなり出てきて何言ってんのこの人!?まだ私誰にも聖也くんとのこと話してないからね!?そういうこと簡単に学校で言わないで!?誰に聞かれてるか分からないんだから!!
なんて、思ったんだけど。
「……出たよ、王子様の過保護」
「先輩、そんなことしてたら志野崎さんいつまでたっても彼氏できませんよ?」
「え、あの…」
どうやら誰一人として、聖也くんの言葉の本当の意味に気づいていないみたいで。
なんだろうなぁ…ある意味これも日頃の行いっていうやつなのかなぁ…?私と一緒で、ちゃんと言われない限り誰も信じないよなぁ。
でもね?実は目の前のその人が私の彼氏なんですよ。そういう言動が通常運転過ぎて気づきにくいかもしれないけど。
「第一ずっと一緒にいられるわけじゃ――」
「…王子それ、そういう意味、だよな?」
さてどうやって説明しようかなと思った瞬間、聖也くんと一緒に来ていたらしい先輩からそんな言葉が聞こえてきて。
おや?と思ったのは僅か数秒だけだった。
「先輩…?」
「うん、そういう意味だよ」
「…………よ……ようやくかぁ~~…!」
その言い方に、この人だけは聖也くんの言葉の意味が伝わっているんだと思うと同時に。もしかして、という思いが頭をよぎる。
だからあえて聞いてみることにした。
「……あの、もしかして先輩は知ってたんですか…?」
聖也くんが私のことをそういう意味で好きだったってことを。
「うん、知ってた」
「それ、私に会う前から、ですか?」
「うん。でも俺も夏頃初めて聞いたから。あの時は驚いたな~。同時に王子が誰も選ばなかった理由が分かったけどね!」
いつ、とか。そんなことはどうでもよかった。
そうじゃない。そうじゃなくて…!
「……信じてたのに……同士だってっ…信じてたのに…!!」
「いやいや、そんな顔されても。言ったでしょ?俺は王子の味方だって。でも君の気持ちが分かるって言ったのも真実。嘘は一つもついてないよ?」
「そういうの、教えておいてくれません!?」
「ダメでしょ!?そういうのこそ、本人の口から聞くべきじゃないの!?」
「普段を知っていて信じられると思います!?」
「おっ…!……思わない、けど……」
「そういうことですよ!?もうっ…!!」
この性格で、今だって誰一人としてそういう結論に辿り着いていないのに。本人がポンと口にした言葉を全面的に信じられるわけがない。
特に聖也くんを知っていれば知っているほど、きっとその傾向は強くなるだろうし。
というか、そもそも無自覚に振り回されてる者同士だと信じて疑わなかった私の純粋さ返してよ…!!まさか全部知った上でだったなんて、先輩酷いっ…!!
「……え~っと……ごめん、話が見えないんだけど…」
「とりあえず志野崎さん、一回俺とデートしてみない?」
「いや、それはおこと、わっ…!」
困惑してるみんなの中に一人、明らかに場違いなことを言っている人がいるけど。とりあえず彼の意図がどうであったとしても、私は聖也くん以外の男の人と二人きりで出かけるつもりはないから。
だからちゃんと断ろうとしたのに。
「だからだーめ。愛ちゃんは俺のお姫様だって言ってるでしょ?愛ちゃんも。浮気は許さないよ?」
「す…するわけないでしょう!?」
肩を掴まれて今度は体ごと引き寄せられて。しかも最後は私の顔を覗き込みながらそんなことを言ってくる。
っていうか、浮気なんてするわけないでしょ!たぶん私聖也くん以外の男の人、無意識で拒絶しちゃうだろうし。
けど流石にそういう言葉のチョイスは分かりやすかったのか、全員が一瞬静かになったと思った次の瞬間。
「うわ……き…?」
「浮気って……え、待って…」
「も、しかして…………」
「えええぇぇっーーーー!?!?」
「そ、そういうこと!?もしかしなくてもそういうことなの!?」
「何がどうなってそうなったのか意味が分からないんだけど!?」
「嘘だろ!?!?いつの間に…!?」
「はぁ!?マジで!?!?くっそ、やられた…!!」
この騒がしさに、今はもう私たち以外教室に誰もいなくてよかったな、なんて。もはやちょっと現実逃避みたいなことを考え始める。
けど流石に聖也くんの友人なだけあって、先輩だけは冷静だった。
「……いやいや後輩諸君、気づくのが遅すぎるって…」
「いや逆に普通気づきませんって!!今の今まで何にも変化なかったじゃないですか!!」
その意見には私も同意。割と今まで通りだから、たぶん言わなければ気づかれなかったんじゃないかなぁ?
「うん。だから王子いつまで経っても気づいてもらえなかったの」
はい、すみません…どうやら何年も放置してたみたいです…。そこは本当に申し訳ないと思ってる。
でも一つだけ反論があるとすれば、最初に突き放したの聖也くんの方だからね!?私の告白全然伝わってすらいなかったんだから!!
いや、流石にこの場でそんなこと口にしませんけど。自分から暴露とか恥ずかしすぎる。
「……ん…?あの、先輩…その言い方、まるで……」
流石に気づいたらしい友人は、恐る恐ると言った体で聞いているけど。
「長年の片思いがようやく実ったんだよ。というわけで、おめでとう。よかったな」
「うん、ありがとう」
割とこの先輩二人組はマイペースだと思う。正直二人とも周りの動揺とか関係ないでしょ?
いや、聖也くんと友達でいられるような人は、このぐらい図太くないと付き合いきれないのかもしれない。
「素直か!!」
「っていうか片思いだったの!?」
「え?だってお姫様全然反応してくれなかったらしいけど。そこんとこどうなの?本人としては」
そんな風にみんなのやり取りをどうでもいいことを考えながら見ていたら、唐突に私に話題が振られた。
全員の目が集まったことに少しだけ居心地の悪さを感じつつ、なぜか言いにくいことを言わなければいけない雰囲気に、仕方なく口を開く。
「うっ…何というか、その……こういう性格、なので…」
「うん」
「誰にでも、なのかなー、なんて……」
「…………。俺今、王子に同情するのと同時に、すごくお姫様の気持ちもわかっちゃったんだけど。この複雑な感情、どうすればいい?」
「いや、こっちに聞かないでください」
そもそも基本的に特別扱いとかしてるところ見たことないでしょう?この人みんなに平等に接するんです。だから先輩だってそういう微妙な顔してるんじゃないですか。
なんてやり取りをした、僅か数日後のことだった。
「しのちゃん大変!!王子先輩が…!!」
「え、なに…?何かやらかしたの?」
「言っちゃったらしいのっ…!!」
「だから、何を――」
教室に駆け込んできた友人が、急いで私に何かを伝えようとしてくれていたけど。
「ねぇ!大ニュース!!学校の王子様に彼女ができたって!!!」
「えええぇぇっ!?!?」
「うっそ!?ショックーー!!」
それよりも早く、クラス中どころか学校中に広まってしまっていた。
「……"俺のお姫様は愛ちゃんだけだから"って、クラスメイトに言っちゃったらしいんだけど…」
「…………はい……?」
「まぁ、うん…遅かった、よね…」
それはもう、手遅れとか言うレベルじゃないくらいに。
こうして結局、僅か一日で私たちの関係は学校中に知られることとなった。
ちなみに余談だけど、最初「愛ちゃんって誰?」状態だったらしい。
私も、名前では認知されてなかったんだなぁなんて。こんなところで実感する羽目になるとは思ってもみなかった。




