8.彼女の気持ちの行く先に
「王子、その不機嫌どうにかして。朝から怖いんだけど」
「……ごめん、無理」
ただでさえ年が明けてからというもの、なんだか愛ちゃんに避けられている気がするのに。バレンタインデーの今日も、友達に渡すんだって手作りのチョコを紙袋に入れて持っていたのに。毎年一番にくれていたはずの俺には、何もなくて。
もしかして俺、気づかない内に何かしちゃったのかな?テスト勉強すら、今回は一年の総括だから自分一人の力でやってみたいって、一人で部屋に籠っちゃって。結局一度も一緒に勉強できなかった。
宿題すら一緒にやろうとしないから、あの子に会えるのは本当に登下校の時だけで。しかもその時は後輩として接してくるから、全然いつもの愛ちゃんと話すことができなくて。
「あれじゃねぇの?去年もらってきたチョコの量とか見て、今年は帰ってから渡そうとか気を遣ってくれてるんじゃ」
「でも俺……ずっと避けられてる気がする……」
「は?いやいや、今日も一緒に登校してきたよな?」
「登下校は一緒にしてるけど…それ以外の時に会ってくれなくなった」
「え、何?休みの日とかどっか出かけてたの?」
「そうじゃないけど…」
「だったら別に普通じゃね?っつーか、好きな子の家に毎日上がり込む王子の方がおかしいからな?」
「おかしいの?」
「いや、おかしいだろ!?学年も違うのに一緒に宿題とか、明らかに下心あるだろうよ!」
「そう、なの…?だって前は普通だったよ…?」
「いつの話してんだよ!?小学生とかだったら一人に出来ないからって家に連れてきてただけだろ!?」
「…………そっか……そう、だね…」
確かにそうだった。小さい子供二人だけであの家にいるのは危ないからって、我が家に二人とも来て四人で宿題したり遊んだり。そうしているのが当たり前の時期が長かったから、ついつい当前のように思っていたけど。
そうか、普通じゃないのか…。
「大体毎年もらいすぎなんだよ。糖分そんなに摂ったら体に悪いだろ」
「一気には食べないよ?ちゃんと毎日一つずつだから」
「え、全部一人で食ってんの?」
「流石に家族と一緒に食べてるよ?母さんとかこの時期が一番楽しみだって言ってるし」
「うわぁ~…なんだろう、王子の母親って感じがするなぁ…」
「そう?」
特に可愛いものや綺麗なものが最近は多いから目でも楽しめるって、年々市販品の箱を開けるのが楽しみになっているみたいだけれど。たぶん半分以上はあの人の胃袋の中におさめられてる気がする。
「で?それなのにお姫様からはもらいたいわけだ?」
「当然でしょ?だって他の人はもらえて俺はもらえないなんて、そんなの嫌だし」
バレンタインのチョコレートって、その人の気持ちだと思う。感謝だったり尊敬だったり恋愛だったり、意味合いは様々だけど。でもきっと全部、何かしらの気持ちと一緒に渡されるものだと思うから。
だから俺は、愛ちゃんのその気持ちが欲しい。別にチョコレートじゃなくてもいいんだ。
「てか、だったら王子から渡せばいいじゃん。本来バレンタインって男から花束とメッセージカードを贈る日だろ?」
「そんなことしたらメッセージカードが…」
「何?何書けばいいか分からないって?」
「ううん。好きだよって一言書いて終わっちゃう」
「…………あぁ~~~~……もうそれ、ただの告白だな」
「でしょ?だから流石にそれはやめてる。本当は毎年花束もメッセージカードも贈りたいんだけどね…」
「うん、やめとけ?それはあの子が本当にお前だけのお姫様になったらにしておけ?」
俺もそう思う。だから分かっててあえて自分からは何も渡さない。
けど、さぁ?
放課後ようやく愛ちゃんを迎えに行けると教室に行けば。明らかにみんなもらっているであろう中で、なぜか俺だけは空の紙袋を渡されて。
持って帰るの大変だろうから、なんて。そういう気遣い、今は逆につらいんだけど?
「王子ホント、今日一日不機嫌だよなー。そんなにかー?」
「そんなに、だよ。分かっててそういうこと、聞く?」
「あー……まぁ、ほら。まだ終わってないからさ。可能性はあるかも、じゃん?」
「……本当にそう思ってる?」
「…………ごめん……」
目をそらしているけど、その手に持っているのはきっとこの空の紙袋に入っていた最後の一つだよね?俺そのラッピング、今朝見てるから覚えてるよ?なんで俺はもらえてないのに、それを手に持ってるのかなぁ?そしてどうしてもらえた人間が、そういうこと言うのかなぁ?今、俺、明らかに、空の紙袋渡されてたよね?折りたたまれてたの見てたよね?
なんて恨めしそうな目を向けていたからか、気まずげな友人が話を逸らすように帰宅を促す。
逃げたな。
とはいえ確かに女の子をこれ以上遅い時間に、暗い中一人帰すわけにもいかないから。
けど俺の気分は全然晴れないよ?
だってたくさんの気持ちをもらったのに、この中に俺が一番欲しい女の子の気持ちはないんだから。
悔しいやら悲しいやら寂しいやらで、けどなんか無性にイライラもするから流石にこの状態で口を開くわけにもいかなくて。かと言って表情まで取り繕う余裕もないまま、結局始終無言のままで。気づいた時には既に家の前まで来てしまっていた。
「あの……ホントにどうしたの…?何かあったなら話だけでも聞くよ?」
当然だけど何も分かってない愛ちゃんは、心配そうにそう聞いてくる。
その姿に、本当に何も気づいてくれていないのだとなおさら悔しくて。
「別に……」
なんて。初めて冷たい態度を取ってしまう。
ただの身勝手な嫉妬だって分かってるし、子供みたいに拗ねてるだけだってことも分かってる。けどやっぱり、このままなんてどうしてもいやで。
本当は、催促なんてするべきじゃないって分かってるけど。どうしても、諦めきれなかった。
実際楽しみにしていたのも美味しいのも本当。それに俺は"愛ちゃんの"手作りチョコが欲しいの。その気持ちが欲しいの。
なのに愛ちゃんの気持ちの行く先に俺だけがいないなんて、そんなのひどすぎるよ。
「ねぇ……愛ちゃん…」
「ちょっ…!」
「……ちょーだい?」
本当は、たった一つのその心が欲しいけど。それはまだ、口にはできないから。
代わりに、出来る限り至近距離でその瞳を見つめてみる。髪が触れ合うほどの距離で、俺からはずっと大好きを送り続けるから。
「かっ…家族に作る分と一緒でよければっ…」
「やった…!ありがとう、愛ちゃん」
やがて根負けしたのかそう言った彼女に、両手が塞がっていたので頬をすり寄せて感謝を伝えて。
「じゃあこれだけ置いてきちゃうから、家の中入って待ってて?すぐ行くから」
先ほどまでとは打って変わって上機嫌で家へと向かう。
我ながら単純だなと、思わなくはないけれど。それでもやっぱり嬉しいものは嬉しい。
それに、ほら。家族に作る分ってことは、今から作るわけでしょ?出来上がるまで一緒にいられるよね?だってダメって言われなかったから。
邪魔するつもりなんて一切ないよ?ただ見てるだけ。普段料理ならたまにするけど、お菓子作りなんてしないから。出来上がっていく工程を見るのもきっと楽しい。それに、愛ちゃんがキッチンに立ってる姿が見られるから。それだけで俺は十分。
何より、今から作ってくれるからきっと一番最初に食べられる。
みんなに何を渡していたのかは分からないけど、わざわざそれだけ後から作るということはきっと、学校に持っていくのには適していないものだったのだろう。そういう意味では特別だろうし、出来たてを目の前で食べて感想も言いたい。だってきっとすごく美味しいだろうから。
ふふっと思わず笑みが零れて、本当に現金だなぁとどこか冷静な部分で思うけど。
でもね、愛ちゃん?さっき離れる直前、顔が真っ赤になっていたのを俺は知ってるよ?
それはきっと、少しずつだけど俺を意識し始めてくれている証拠。だってそうじゃなければ、きっとあんな可愛い顔にはならなかっただろうから。
それも含めて今日一日どん底だった気分が一気に浮上して、つい顔が笑み崩れてしまうのを止められない。
「ん~~~~っ!!やっぱり愛ちゃんが作るお菓子が俺は一番好きだなぁ。すっごく美味しい!」
「あ、うん、えと……あり、がとう…」
恥ずかしそうに、けど嬉しそうにそう言う愛ちゃんの様子も含めて、本当に一番好き。大好き。
中から熱々のチョコレートがとろりと流れ出してくるこのお菓子は、まるで俺の心みたいだな、なんて思いながら。
フォンダンという名前の通り、愛ちゃんという熱でとろけた俺の心はきっと熱くて甘い。できればそれを言葉にして、その耳に直接流し込みたいくらいには。
いつか、本当にそんな日が来るように。
もっとちゃんと、俺を見てもらえるように。
いつかきっと、君の心が向かう先になるように。
もっともっと、頑張るから。
俺以外なんて、見えなくなるくらいに、ね。
女の子はお砂糖にスパイスに素敵なものぜんぶ。
男の子はカエルにカタツムリにこいぬのしっぽ。
そんなもので出来てる、らしい。(マザーグースの『What Are Little Boys Made of?』より)
でも聖也くんは男の子だけど、きっともっと甘い何かで出来てると思う。




