7.神頼みでも構わない
冬独特の澄んだ空気の中を歩きながら、思い出すのは今年一年のこと。大みそかのこの日は、毎年恒例の初詣だから。こんな日ぐらい、ゆっくり一年を振り返ってもいいだろう。
とはいえ。一年と言っても主に思い出すのは四月以降のことばかり。夏前あたりから、なんだか目まぐるしく日々を過ごしてきたような気がする。買い出しにかこつけてデートみたいなことをしてみたり。みんなでプールや花火大会に行ったり。かと思えば学校で愛ちゃんが襲われていたりバーベキュー先でも追いかけられて崖から落ちていたりと、なんだか思い出して楽しいものも楽しくないものも混ざってるなと少し憂鬱になる。
それに。
ふと柔らかい茶色がかった髪が揺れるのを見ながら、顔なじみの刑事さんに言われたことを思い出す。
「金でも権力でも法律でも。この先もあの子を守っていくつもりなら、もう少し頭を使った方がいい。暴力だけじゃあ、この先お前さんも犯罪者だぞ?」
そう、彼は言っていた。確かに今のままじゃあ、結局愛ちゃんを泣かせるだけだ。そうなるよりも先に、何とかできることを探さないと。
でもお金も権力もそうそう簡単には手に入らない。努力はするけれど、それが実を結ぶのはずっと先。
だから決めたんだ。大学でちゃんと法律を学んで、力だけじゃなく理屈でも相手をねじ伏せられるようになろうって。それで逃げ出してくれれば、俺が直接手を出す必要もなくなる。それでもだめだった場合だけ、正当防衛を主張すればいいんだから。
馬鹿だと思われるかもしれない。けどこの先どちらにしろやろうとしていることに、法律は必ず関わってくる。それなら今知っておいて損はないはずだ。
でも……「あの子がどっかに嫁ぐまでだろうけど」なんて。そう言われた言葉がずっと胸に引っかかってる。遠慮はしないと決めたけど、俺の行動にどれだけ愛ちゃんが気づいてくれるのか、そして何よりちゃんと意識してくれるのかが一番重要だから。そうじゃなければ何も意味がなくなってしまう。
だから今まで以上に必死になった。意地悪だと分かっていても、踏み込めるところまで踏み込んで。恥ずかしがる愛ちゃんは、きっと少しでも俺を男として意識してくれてる証拠だから。
でもね?あの時言った「俺に掴まってて」って言うのは、本当は別の意味もあったんだよ?本当はね「俺に捕まってて」って。そういう意味を込めたんだよ?だから「ちゃんとそのままでいてね」なんだよ?きっと何一つ伝わっていないだろうけれど。
「はぁ…」
ついたため息は白い影を作る。
「吐く息真っ白だよね。なんか本格的に冬だなーって思う」
「そうだね。雪が降ってないだけ、まだましかなぁ?」
「足元ぐちゃぐちゃになって歩きにくいもんねー」
「ねー」
そう言い合いながら歩くこの他愛もない時間が、本当は一番大切で愛おしい。ずっとこうして毎年過ごせたらいいのに。
「でもホワイトクリスマスにならなかったのはちょっと残念だったなー」
「何も出かける予定なかったでしょ?」
「でも何となく?雰囲気だけでもって、ちょっと期待したのに」
「予報では降るって言ってたからね」
「だからちょっと楽しみにしてたのになー…」
「また来年の楽しみに取っておけばいいよ」
「あー。来年のことを言うと鬼が笑うんだぞー?」
「あはは。年末だし鬼にも笑ってもらおうよ」
「何その考え方!?」
「いつもしかめっ面してる鬼だって、たまには笑ってもいいと思うよ?」
「いやそれあざ笑ってるやつだからね?楽しくて笑ってるわけじゃないからね?」
「あはははは」
「聖也くんが笑ってどうするのー!?」
ふざけ合いながら歩く夜道が、こんなにも楽しいものだなんて。普段だったら考えられないほどの警戒心のなさに、家族も一緒だという人数の安心感はすごいなと思う。
けど、クリスマス、ねぇ……。正直その前の時間はあんまり好きじゃない。返せない本気の想いを、ただひたすらに断らないといけないから。もはや諦めの気持ちでくる子もいれば、必死な子もいて。けど結局、全員を泣かせることになるのは分かっているから。だから好きじゃなかったんだ。
だけど……。
「お守りちゃんと持ってきた?」
「うん。今年もちゃんと新しいのもらうよ」
「どうせなら厄除けのお守りとかあればいいのにね」
「あれは厄年に持つものだから、お姉ちゃんにはまだ早いかな」
「いっそのこと縁結びのお守りでも買うかー?」
「いらないっ!!」
志野崎のお父さん、縁結びのお守りはその子には必要ありません。ここに縁あるんで。むしろこれ以上増やさないで下さい。
なんて思いつつ楽しそうな志野崎家の会話を後ろから眺めながら、あの日のことを思い出す。
早く帰りたいという愛ちゃんに、じゃあどうすればいいのかなと考えて。一番最初に思いついたのが、そもそも告白の数を減らしてしまえばいい、だった。そして最も有効な手段を、俺はすでに手に入れていることにようやく気付いた。だって俺には、たった一人の大切な女の子が既にいるんだから。そんな相手がいると分かっていれば、告白なんてそうそうできない。だから翌日、相手の女の子にそう伝えたんだ。「俺、好きな人がいるから」って。
そうしたら案の定、翌日には一気に広まってて。というか、なんでそんなこと学校中に広まるのかなぁと疑問に思わなくもなかったけど。でもこれで放課後愛ちゃんを待たせることが激減したのは事実だし。何よりその"好きな子"と一緒にいる時間を確保できるようになったんだから、一石二鳥どころじゃなかった。
ただそのあと友人に呆れられたのは、なんだか納得がいかなかったけど。
本当のことを言っただけなのに、なんかちょっと腹黒みたいに言われたのはなぜなのか。いいじゃないか。これであとには引けなくなったし、腹も括れた。それに本気だって、分かったでしょう?
まぁ相変わらず、一番伝わってほしい子には何一つ伝わってないんだけどね。むしろそれすら嘘だと思われてるみたいなんだけど、一体彼女の中で俺のイメージってどうなってるんだろうね?一度聞いてみようかな?
…………あ、やっぱりやめておこう。きっと天然って一言で終わらせられる。そんな気がする。
そんなことを考えながら並んでいたら、受験の話になって。そう言えば大学どこに行くか早めに絞り込まないとなーなんて、頭の中で候補を挙げながら待っているうちに、いつの間にか最前列にまで来ていて。作法通り手を合わせてから、願い事を心の中で言葉にする。
どうかこの先もずっと、愛ちゃんと一緒にいられますように――
本当は毎年、家族の健康とか安全とか愛ちゃんが少しでも楽しく何事もなく過ごせますようにとか、そういうことを願っていたけれど。今年はそれしか思い浮かばなかった。
正しい意味での他力本願。
努力はする。一緒にいられる努力も、振り向いてもらう努力も、何一つ手を抜かない。
けど今年だけじゃなくこの先の未来となると、どうしても願うしかないから。
神頼みだって構わない。
この願いが叶えられるのなら、毎年同じことを俺は願うから。
「言わないよ!?口に出したら叶わないっていうじゃん!なに人のお願いさりげなくダメにしようとしてるの!?」
何をお願いしていたのかを聞いた俺に、愛ちゃんはそう返してきたけれど。そっか、お願いって口に出したら駄目なんだ。
けど、愛ちゃんが叶えてくれるなら俺は別に教えてもいいよ?なんて、一瞬思ったけど。それはきっと、今言うべきではない。
だから。
「んーー……やめとこうかな」
「え、ずるい!人には聞いておいて!」
「だって、口に出したら叶わないんでしょ?それは嫌だから言わない」
「わっ、この人ホントにずるいよ!?ねぇちょっとどう思う!?」
なんて、はぐらかしてみる。
そして飛び火って言ってるけど…弟たち、ごめんね。たぶん何となく…というか明らかに気づいているだろうから、ちょっと気を遣わせてるんだろうな。
悪いことしたかなぁなんて思っていたら、向こうからお参りを終えた団体が向かってきているのが見えて。ついいつもの癖で、その肩を引き寄せてしまう。
「あ、愛ちゃん危ない。人多くなってきたからこっちおいで」
けどもしかして、いつもと違って一つだけを願ったからなのか。早速神様が贔屓してくれたのかもしれない。
驚いたような顔をしたまま見上げてきたその瞳は、少しだけいつもとは違って見えたから。
「お参り終わった人がいっぱい来るから、なるべく寄ってないと。ぶつかっちゃうよ?」
「え、あ、うん…ありがとう……」
どこか恥ずかしそうにも見えたその顔に、もう少しだけ近づきたくて。空になっているように見えたコップの中身を覗き込むのを口実に、真横に顔を並べて問いかける。
「飲み終わった?」
少しだけごみ捨て場は離れているから、この中なら俺が行くのが一番手っ取り早い。だから全員分の紙コップを重ねて、なるべく待たせないようにと出来る限り足早にその場を離れる。
人が多いから進みにくいけど、だからと言ってさほど時間がかかるわけでもない。それなのにこれが愛ちゃんだと、この距離ですら変な男に捕まるんだから。毎年お願いしているはずなのに、なんで愛ちゃんの平穏は神様叶えてくれないんだろうなぁなんて、ふと疑問に思って。
そして、気づく。
あれ?これ全員が知ってるから口に出してなくても知られちゃってるよね?と。
そうか、口に出さなくても他の人に知られてたら叶えてもらえない可能性があるのか。
…ん?あれ?ってことは、俺のお願いって…もしかして弟たちに知られちゃってる可能性……あぁでも、今年一年とかじゃないから流石にそこまでは分からないか。
そうは思うけど、一度不安に思ってしまうとなんだか妙に引っかかって。
そしてまさか、危うく本当に叶えてもらえなくなるところだったなんて。あとから知って俺は驚愕したのだけれど。
今はそんなことを何も知らないまま、ただ帰り道も楽しくおしゃべり出来たらいいなーなんてことを考えていた。
Q.一体彼女の中で俺のイメージってどうなってるんだろうね?
A.
愛「天然じゃなくてド天然です。そこは間違えないで」
聖「あ、はい…」




