5.可愛い可愛いお姫様
それはある日の昼休み。友人と二人で屋上へと続く階段の踊り場で、座り込んで昼食を取っていた時だった。
この時期はまだ暑いから流石に外には出られないけど、常に日陰になっているここは意外と涼しくて。何よりいつも誰も来ない場所だから、すごく過ごしやすかった。
なんでこんないい場所に誰も来ないのかは謎だったけど。
「文化祭の準備ってさ、なんで毎年一番時間かかるのお姫様選びなんだろうなー」
「夏休み前から話し合ってるのに決まらないよね」
「っつーか、王子が決めて一言言えばいいだけなんだって。いつもたくさんのお姫様たちに囲まれてんだろー?その中から決めちゃえばいいじゃん!」
そんな、軽いノリで言われたけど。俺にはどうしても、自分の意思で一人を選ぶことなんてできなかった。だって俺が王子だって言うのなら。俺はもうたった一人のお姫様を決めてしまっているから。
「たくさんの誰かのお姫様たちに囲まれたって…たった一人の俺のお姫様が傍にいてくれないんだったら、結局意味がないよ…」
「……ん…?その言い方だと、王子には既にお姫様がいるってこと?」
「いるよ。ずっと前から、たった一人だけの。俺だけのものにしたい、可愛い可愛いお姫様が」
「……!?!?」
「…?何?」
「いや、え……まさか王子の口からそんな言葉が出てくるとは思ってなかったから、つい…」
本気で驚いたらしい友人は、どこか信じられないような顔をしてそんなことを言っているけれど。そんなに驚くようなことかな?
確かに誰にも言ったことはない。でもたぶん弟たちはとっくに気づいているし、時折気を遣ってくれていることも知っている。それを生かしきれていないことは重々承知しているけれど、そこに関しては本当に申し訳ないと思ってる。一番年上なのに不甲斐なくてごめんね。
けど、これでも俺なりに頑張ってはいるのだ。やりすぎないようにはしつつ、どうにか意識してもらえないだろうかと割と必死なんだけど。どうしてもうまくいかない。
だからつい、弱気になってしまって。口にしてしまったんだ。
「ねぇ…どうしたら俺を見てもらえるかな…?」
「ぶふううぅぅっーー!?!?」
その瞬間、すごい音がして。口に含もうとしていた水を思いっきり吹いてしまったらしい。
「え、何?どうしたの?大丈夫?」
「いやっ…えっ…ごほっ…!!何それ、王子が完全に片思いなわけ…!?王子に振り向かない女なんているの!?」
こちらの心配以上に、本人の驚きの方が大きかったらしい。すごい顔でそう聞かれたけれど。
「いるから、困ってるんだけど…」
それが、俺の正直な感想。というか、そうじゃなければこんなこと聞かない。
「いや、まぁ、そりゃそうだろうけどさ…」
とりあえず持っていたティッシュで水を拭いておく。そんなに量があったわけじゃないし、最悪拭き残しがあってもこの季節ならすぐに乾くだろう。
「どうやってって……何?そもそもどこまでの間柄なわけ?二人で出かけたりできるのか、それとも話すこともそんなにないのか」
「二人で出かけられるよ?でも意識されてないからだと思う」
「うっわ、マジかよ…これを意識しない女とか、天然記念物レベルだろ」
「天然……あぁ、うん…確かに天然では、あるかも…?」
「いや、王子はド天然だから。流石にお前には言われたくないと思うぞ?」
「そう、かな?」
よく言われるけれど、そんなに俺天然かなぁ?別に何もないところで転んだりとか忘れ物が多かったりとかするわけじゃないんだけど…
「いや、それは天然じゃなくてただのドジっ子」
「何が違うの?」
「何って……いや、違う違う!そういう話じゃないだろ!?」
「あ、うん」
「とりあえずどうなりたいのかは置いといて、ひとまずどうして欲しいんだ?どうしたら見てもらえてることになる?」
「え?う~~ん……嫌われたり怖がられたりせずに、俺のこと意識してくれたら?」
「そもそも王子を嫌ったり怖がったりする女とか想像つかねぇんだけど…」
でもあの子はそういう風に生きてきたから。気を付けていないと、俺だっていつそっちに分類されるか分からない。ただでさえなんか妙に体だけ大きくなって、威圧感を与えそうで嫌なのに。
俺の気持ちとは裏腹に、男らしく成長していく体はどうにもならないから。
「そうだなぁ…じゃあ例えば…」
「例えば?」
「抱きしめたり」
「もうやってる」
「耳元で囁いたり」
「大好きって言った」
「至近距離で見つめてみたり」
「どうしたの?って聞かれて終わる」
「…………」
「…………」
二人で無言のまま見つめ合う。
というか、分かってる。その視線の意味は分かってる。「お前そこまでしておいて意識してもらえないとか何なの?」って声が今にも聞こえてきそうだから。
「……無理じゃね?その子」
「……やだ…」
「いや、やだじゃなくてだな…」
「他の誰かじゃダメなの。俺はあの子じゃなきゃやだ。あのお姫様だけが欲しい」
「や、もう……王子がド直球なのはよくわかったから。こっちが恥ずかしくなる…」
そんなことを言われても、仕方がないじゃないか。だって本当に、俺はあの子じゃないとダメなんだ。ほかの誰かなんて考えられない。きっとこの先ずっと、あの子だけが特別だから。
もう、無理なんだよ。ずっとずっと大切にして、俺が守ってきた。お人形みたいに可愛かったあの頃からずっと、あの子だけが俺にとっての可愛い可愛いお姫様だっだから。
だからつい、他校の男子高校生に絡まれている愛ちゃんを見て牽制も兼ねて口にしてしまったんだ。「俺の愛ちゃん」なんて。
願望にも近いそれはけれど、叶えたい未来でもあって。愛ちゃん以上に大事な女の子なんているはずがない。
思わず掴んだ手を放したくなくて、そのまま歩き出してしまう。
あんな場面を見て、この先もただ見ているだけなんて出来ないと思った。せめて少しずつでも近づかないと。ほんの少しでも意識させないと、このままじゃあ誰かに攫われて行ってしまうかもしれない。そう思ったら、今まで言えなかった言葉がスラスラ口をついて出ていて。
でも出来れば傍にいられる間、なんかじゃなく。この先もずっと、俺に愛ちゃんを守らせてほしい。君を守るのは、俺だけでありたい。
でも同時に、嫌われたくない。だからあんなことがあったすぐ後に男と一緒が嫌だというのなら、すぐに帰ろうと思って聞いたのに。
「聖也くん、は…大丈夫。嫌じゃ、ないよ?」
まるで、俺が特別みたいな言い方をするから。
そんな風に勘違いしたくなるような言葉で、俺を喜ばせないで?だってほら、自分の行動を止められなくなるから。
抱きしめて、彼女が無事だったことを、嫌がられていないことを心から安堵して。その真っ直ぐな瞳を見つめて大切な名前を呼ぶ。
きっと今の俺は、この想いを隠せていない。でももう、それでもいいと思った。触れた頬の柔らかさとあたたかさに、愛しさが限界を迎えて。
きっと驚かせる。分かっていて、それでも止められなかった。
ありったけの想いを乗せて、その額に口づけを一つ。
「……大好き…」
小さな囁きを耳元に落として、指先で頬をするりと撫でて。
けれどそこまで。
まるで何事もなかったかのように離れて、先にリビングへと向かう。
その間微動だにしていなかった彼女の顔は、今までにないくらい驚いていて。けれど少しだけ耳が赤くなっていた。
ねぇ、愛ちゃん。今のその反応は、少しでも俺を意識してくれた?俺を"男"として、見てくれた?
いつもいつも、軽く流されちゃうから。嫌われるかもって思うと、これ以上動けなくなって。男を意識させたら怖がらせちゃうかもしれないのに。でもそれでも、どうしても俺をちゃんと男として見て欲しくて。
待ってても追い付いてこないのは、恐怖?動揺?それとも……
「あい、ちゃん……」
特別なんだ。君だけが。
君の名前を呼ぶ時だけ、ぎゅっと胸が締め付けられて。でもすごく、あったかくて。愛おしくて。
ねぇ、俺は期待してもいいのかな?ようやく君の中で、俺の存在を意識してくれたんだって。
そう思っても、いいのかな?
でも、今は。
「愛ちゃん?テスト勉強しないの?」
何でもない風を装って、リビングから顔だけを出して声をかける。
座り込んで動かないその背中に、どうしたの?も大丈夫?も今は聞かない。その代わり、大好きを乗せた視線だけはずっと向け続けるから。
返ってきた声に、なんだか少し顔がにやけてしまって。
だって、焦ってた。でもいつも通りでいようとしてくれた。それはきっと、嫌われていないけど意識はしてくれた何よりの証拠だから。
待ってるから。君が俺を見てくれるまで、ちゃんと。
だからこれからは、もう少しだけ積極的になっても…いいよね?




