3.届かない指先
それでもやっぱり、一年の差は大きくて。俺が高校に上がってからは、登下校すら一緒に出来なくなったから。俺の方から積極的に会おうとしない限り、どうやったって普段から一緒にいることなんてできなくて、本当に年に数回しか会話を交わせないのではないかと本気で焦った。だからテスト前に弟たちも含めて全員の勉強を教えるという名目で、どうにかこうにかもう少しだけ会える機会を増やしたけれど。俺が望んでいるのはそういう形ではなくて。出来ることなら毎日会いたい。
分かってる。ただの幼馴染がそこまでできるわけがないんだって。一歩踏み出さなければ意味がないんだって。けど、彼女の周りに現れる身勝手な男を今でも時折退治していると、どうしても考えてしまうのだ。
俺のこの想いだって、結局もとをただせば同じなんじゃないかって。
そしたらどうしても怖くて。あの子に嫌われるのだけは、何があってもいやだから。だからこうやって、毎年どの時期のテストがどこまでの範囲だったのかとかをノートに記しておく。来年使えるかもしれないから、なんて。中学の時とは違って、まだ同じ高校に通えるかすらも分からないのに。もう癖になってしまったこれはきっと、この先も治らないんだろうな。
そんな風に、一年を過ごしながら。気づけばまた冬になっていて。
受験シーズンに突入した愛ちゃんは、今まで以上に必死に勉強している。割と頭のいい方だから、一度理解してしまえば小さなミス以外問題はない。時折ケアレスミスをするから、そこを指摘してあげればいいだけ。生徒としてはきっと優秀すぎるくらい優秀なんだろう。
けど、それがなんだか寂しくて。ちゃんと頭では分かっているし、本当は教わらなくていいのならその方がいいはずなのに。愛ちゃんにとって俺は必要ないんじゃないかって、変なことを考え始めてしまったから。つい、また、抱きしめてしまって。
「愛ちゃん……」
「…あのね?だから寒いならエアコンの設定温度上げていいから。何ならあったかい飲み物淹れようか?」
「…んーん、いいの」
「いや、それだと勉強できないじゃん?」
「んー……ふふっ…」
「何笑ってるの、もー」
「何でもないよ。ただ……愛ちゃんのこと好きだなぁって思ってただけだから」
「そーですか」
「うん。……あ、そうそう。その解答スペル間違えてるよ?」
「え!?そういうの早く言ってよー!!」
こんなにも近くにいるのに。明らかに普通じゃないはずなのに。どうして君はそんなに簡単に俺の告白すら流すの?今俺結構、勇気出したんだけど。なんで一番伝わってほしい人には伝わってくれないんだろう。それなのに受け入れたまま、気にせず俺が指摘した単語を調べ始めてて。
なんでだろうね。触れているのに、こんなにも遠い。
ねぇ、どうしたらその心に俺の手は届くの?どうしたらこっちを向いてもらえる?
力尽くなんかじゃなくて、もっとちゃんとした形で俺の方を見て欲しいのに。どうして君は、どんどん遠くへ行ってしまうの?
何も解決しないまま、進展もないまま、ただ俺が後ろから愛ちゃんを抱きしめるのが癖になってしまっただけで。時折耳元で大好きと言ってみても、何の反応もない。欠片ほども伝わらない想いを抱えたまま、迎えた春。驚いたことに、通常登校になって初めて俺と同じ高校を選んでいたことに気づいたようで。まじまじと俺の制服を見ながら固まってしまっていた姿に、もはや苦笑しか出てこなかった。
けどこれでようやく、また一緒にいられるんだと思った俺は…なんて浅はかだったんだろう。
「あぁ、また……」
年々綺麗になっていくあの子の周りには、当然のように下心を持った男が集まるようになって。しかもそれが友人だとかクラスメイトだとか、そういう枠組みの中で上手く傍にいる権利を得ているから。
俺ができないことを、彼らはいとも簡単にやってのける。そうやってあの子の隣に、当然のように立っている。
それが、無性に悔しくて。
ねぇ、どうして?
俺からは離れていくくせに、どうして周りにはたくさんの男たちがいるの?
俺じゃ、愛ちゃんの一番にはなれないの?
言葉になんて出来るわけがない。こんな自分勝手なこと、あの子に押し付けるわけにはいかない。そんなこと分かってる。でも…!!
俺じゃない男が隣にいる光景なんて、見たくないんだよ……。
でもじゃあ、今ここで手を伸ばす?届くはずもないのに?
今朝だってそうだった。去年文化祭で劇をやってから、なぜかみんなから王子なんて呼ばれるようになって。それからはたぶん舞台上のあの役と混同されてるんだろうけど、校門のところで女の子たちに待ち伏せされてて。喜んでくれるのはいいんだけど、折角愛ちゃんと一緒にいられる時間が減ってしまうから正直困る。
だってあの子は、俺のことなんか気にせず歩いていってしまうから。手を伸ばしたって、届かないどころか気づくことすらない。
それはバーベキューの時だって同じだった。
「待って…!!危ないから!俺が行くよ!」
そう言って手を伸ばした俺に、
「大丈夫!すぐ戻るから!」
なんて返して、林の中へと消えていってしまうから。行き場のなくなったこの手をどうすればいいのか分からなくて、俺が途方に暮れていたことなんてあの子は知らない。けど何が起こるか分からないから放っておくことなんてできなくて追いかけた先で、あの子は怪我をしていて。
その時は正直何も考えてなかった。ただちゃんと消毒しないと、手当てしないとって。それだけを思っていたから。あとから思い返してみて、流石に密着しすぎたかも、なんて。ちょっと反省した。しかも虫刺されも発見してしまったから、つい気になってしまって。いや別に、下心があったわけじゃないけど…!!けど、その……いくら何でも全身じろじろ見すぎたかな、って…。もしかしたらホントは嫌がってた?それとも男に見られるなんて気持ち悪かった?
そこまで考えてふと、俺はあの子に男として見られていないんじゃないかということを思い出す。だって結局そのあとはいつも通りだったから。男を極力意識させないようにしてきたのは俺の方だけど、全く何も思われていないというのもつらい。なんだか違う意味で凹みそうになった。
でもだからこそ、そろそろ意識してもらわないと。だってほら、プールに花火大会に、なんて。明らかに愛ちゃんに気がある男の子たちが誘っているから。プールに行く計画は、俺も一緒にいる時に愛ちゃんが「みんなで」って言ったんだよ?だから俺も一緒に行っていいよね?「みんな」だもんね?
「わー、楽しみだなー。友達とプールとか何年ぶりだろー」
「友達、のカテゴリーでいいんすか?俺たち…」
「え、ダメだった…?」
そこは本心なんだけど…嘘っぽく聞こえたのかな?それとも学年が違うから友達にはなれないってことなのかな?
ただ見ていただけの時とは違って、話してみるとすごく気の良さそうな子たちだから純粋に友達になりたいと思ったんだけど。もちろん愛ちゃんに変なことするのなら別だよ?けど今のところそういう感じでもないし。
だから、少し安心してたのに。
「…………ちょっと、行ってくる…」
「え、ちょっ、王子?次教室移動じゃないよー…って……聞いてねぇな、あいつ」
授業中、教室の窓際に座っていた俺には校庭での様子がよく見えて。そこで一人、明らかに下心を持って愛ちゃんに近づいている男がいたから。なんだか嫌な予感がして昇降口のところまで行ってみれば。
「よっしゃー!!あ、じゃあ花火大会とかどう!?まだ予定ないなら俺と一緒に行かない!?」
なんて。明らかに二人だけでというニュアンスを込められた言葉。
なんとなくこの子は危険な気がする。
愛ちゃんにとってというよりも、俺にとって。
積極的過ぎるところは若干愛ちゃんに引かれてる可能性もあるけれど、その表情に嫌悪は見られなかったから。同じ学年だから、もしかしたら気が緩んでいるのかもしれない。……いや、もしかしたら純粋な男からの好意なんて受けたことがないから、気が付いていないだけなのかもしれないけど…。
ただどちらにしても、人が多い場所に何も知らない彼らだけというのはどうしても不安で。何かあった時に愛ちゃんを守ってくれそうな人は、正直そこにはいなかったから。
「ねぇそれ、俺も一緒に行っていいかな?」
唐突すぎるとは思ったけど、声をかけずにはいられなかった。
……いや、心配だというのは本音だけど建て前でもある。だって俺だって、もう何年も愛ちゃんと出かけてない。毎年はしゃぐ弟たちを連れて、屋台をめぐるだけだから。それはそれで楽しいけど、やっぱり愛ちゃんと一緒がいいな、なんて思ってた。
それに……
「友達と遊びに行くって、もうずっとしてないな……」
最後にどこかに出かけたのは、この想いを自覚する前だった気がする。そのあとからはなぜかぱったりとなくなってしまって。別段誘われなかったわけでもないけど、毎回なぜか流れてしまっていた計画。結局何が原因だったのかは、未だに分からないまま。
でもだからこそ、少しだけわくわくしている自分がいた。しかも愛ちゃんも一緒なのだから、嬉しくないわけがない。
まだまだ、この指先はその心に届きそうにはないけれど。それでも必死に手を伸ばし続けるから。
俺以外なんて、選ばないでね?愛ちゃん。
先輩、そこじゃないです。
密着とかいうよりも、顔が近かったり強引だったり、そもそも人体の急所の一つを無防備にさせてたりだとか、そっちが問題だと思います。
そこは割とガチの天然なので、遺憾なく発揮されてますね。




