18.今年二度目の恒例行事
なんでこんなことになっちゃったかなぁと、痛む足を押さえながらため息を吐く。動けない上に下手に声も出せないし。こんなことなら聖也くんの言う通り、私だけでもスマホを持ってくればよかったなぁ…。
そこまで高くもない崖の上を見上げながら、もう一度ため息を零すしかなかった。
「全員地図は持ったなー?」
「わざわざこれ作って印刷したんだ…」
「別にスマホに送ればよくない?写真撮って持ってくよ」
秋のバーベキューは毎年、何かしらのレクリエーション的なものを大人が用意するのが恒例になっていて。今回は高神父の宝探し、ということだった。渡された地図を頼りに、それぞれ宝を探してこいとのことだけど。どうやら全員目的地がバラバラらしく、そのための地図も手作りだった。
「そんなことしたら醍醐味がなくなるだろー?そう言う悪い子はスマホ没収ー」
「あ、ちょっ…!」
我が子から難なくスマホを取り上げて、届かないように高い位置まで持ち上げる。余談だが父たちはどちらも背が高いので、まだ中学生の弟たちは高い位置まで手を伸ばされてしまえばどうやったって届かなくなる。だから何かを取り上げる時は、昔から基本的に父親の手によることがほとんどだった。
「ついでだから全員スマホ置いて行こうか。その方がゲームに集中できるし」
「え…ちょ、ちょっと待って父さん。せめて何かあった時のためにスマホは持ってた方が…」
「むしろ何かあったらすぐに戻って来なさい。危ない場所は範囲に入ってないから、気を付けていれば大丈夫」
「でもっ……せめて愛ちゃんにだけは持っていってもらおう?女の子だし、すぐに連絡つくようにしておこうよ」
「それだと不公平になるだろう?」
「けどっ…!」
「聖也くん聖也くん、大丈夫だから。ゲームなんだし、楽しもう?」
「っ…!…………愛ちゃんが、そう言うなら……」
納得はしていないけどしょうがない、みたいな顔。確かに少し前にあんなことがあって、しかも唯一その場面を目撃しているわけだから、必要以上に過敏になるのも分かるけど。流石に心配しすぎだよと、この時の私は思っていた。
「でも何かあったらすぐ戻ってくるか大声で叫ぶかするんだよ?間違っても、立ち向かおうとかしちゃだめだからね?」
「も、もうしませんからっ…!それを掘り返すのやめてよっ、もうっ…!」
だって実際、そうすればいいと私も思ってたから。地図を見た限りそんなに遠い場所じゃなさそうだし、すぐに戻ってこれる、って。
けど。
本当に何があるかなんて、分からないものだった。知らない男の人に追いかけられて、とにかく戻ろうと必死になって。その途中で会った大人の男の人のグループにまで目を付けられて。捕まるわけにはいかないからと逃げだしたら、奥の方に入り込んでいたことにも気づかないまま足を滑らせて崖から落下。今に至る、と。
流石に今この状況で大声で助けを呼ぶのは、別の人たちに先に見つかりそうで怖くて。戻ろうにも足が痛くて歩くどころか立ち上がることすら出来ない。
「もう、ほんと……何でこんなことになるの……」
外に出てもこういうことは減っていたのに、また最近増えてきて。ただ普通に生活しているだけなのに、どうしてかそういう人たちは寄ってくる。ある程度は仕方ないと諦めていたけど、これが普通じゃないことはよく分かってた。
「なんで、私ばっかり……」
だから少しぐらい愚痴っても文句は言われないと思う。だってふわふわした可愛いお姫様みたいな女の子たちですら、こんなに頻繁に変な人に会わないっていうのに。それとは真逆の、狙われにくそうな私がどうしてこんな目に何度も何度も遭わなきゃいけないのか。世の中は理不尽だと思う。
「聖也、くん…」
思わずつぶやいてしまったのは、もしかしたら来てくれるんじゃないかと期待してしまったから。いつもいつも助けてくれるから、こんな時までつい甘えたくなってしまう。それじゃあ、ダメなのに。ずっと一緒になんていられないんだから、ちゃんと自分一人でどうにかできるようにならないと。このままじゃ、まともに働くことだって出来ない。
「ホント、最悪だよ……」
高校は男子の制服を把握してなかったせいで、同じ学校に行こうとしていることにすら気づいていなかったけど。大学はきっと、別々になる。就職先だって、違うはずだから。いつまでも聖也くんに甘えてちゃいけない。こういう状況にならないように、自分で注意しなきゃいけないんだから。
けど今は、とにかく早く戻る方法を考えないと。何か杖になりそうなものはないかと、気持ちを切り替えてグッと顔を上げた時だった。
「愛ちゃんっ!?」
上から聞こえてきた声に驚いて見上げれば、今の今まで考えていた人物が崖の上からこちらを覗き込んでいて。
「聖也くん…」
つい、呆然と呟いてしまった。
「大丈夫!?待ってて、今そっちに…」
「あっ…!だ、だめっ…!!ここ足場悪いから、飛び降りたら危ない…!!」
実際私もそのせいで足をおかしな方向に捻ってしまったのだ。普段だったらこの程度の高さ、飛び降りても怪我なんてするわけがないのに。とはいえ落ち方もおかしかったんだろうけど。
「でもそれじゃあ…」
少し焦ったような様子できょろきょろと辺りを見回していた聖也くんが、何かに気づいたのかハッとして。
「あっ!あそこから行けそう!ちょっと待っててね!!」
ちょっと遠いけれど、今いる場所よりさらに低くなっている場所へと走っていく。一応この場所も普通に来られるようになのか、地面を削ったのかなだらかな坂がかなり向こうに見える。土がむき出しだけれど、普通に歩くだけならきっと問題ないんだろう。だからそこから来るのかなと、思っていたら。
「よ、っと」
地面の間隔が自分の身長よりも低い場所から、ひらりと飛び降りる。
「え…!?」
いや、確かにそこなら危なくないけど…!!聖也くんなら手をついたまま降りられるけど…!!っていうか、目測でよく分かったね!?あとなんか妙にカッコイイのは何でですか!?
「愛ちゃん!」
ちょっと混乱し始めていた私は、その声にハッとして。
「聖也くん……」
「どうしたの?動けないの?どっか怪我した?」
すぐそばまで来てかがみこんでくれたその顔を見上げる。薄っすらと額に汗をかいているのが見えて、普段ちょっと運動したくらいじゃなかなか汗をかかない人だからもしかして必死に探してくれていたのかもしれないと、そう思ったら。
「っ…」
嬉しい、と。思ってしまった。私のことで聖也くんが必死になってくれたのが。ここまで探しに来てくれたのが。
これまでだってそうだったのに。本人の口からも、必死だったって直接言われているのに。今更、それを思い知って。でもだからこそ。
「愛ちゃんもしかして足怪我したの?」
「あ、うん…ちょっと、立ち上がるのもつらくて…」
「……愛ちゃんのことだから、不注意で落ちた、ってわけじゃないよね?」
「……うん…」
「やっぱり…」
はぁ~~…と大きくつかれたため息に、なんだか申し訳なさが募って。
「理由はあとで聞くから。とにかく、今はみんなのところに帰ろうか。父さんたちに連絡しちゃうね」
「あ、えっと…できれば何か杖代わりになるようなもの持ってきてもらえると、すごく助かるんだけど…」
スマホを取り出した聖也くんにそう伝える。持ち物の中には一応傘もあったはずだし、それがあれば多少は動けるようになるはずだから。そう、思ったんだけど。
「何言ってるの。そんな状態の愛ちゃん歩かせられるわけないでしょ?…あ、父さん?うん、愛ちゃん見つかった。崖から落ちて怪我しちゃってるみたいだから、救急箱と車出す準備しといて。今から連れてくから。…うん、大丈夫。じゃあ後でね」
あ、れ…?なんか今、迎えを呼んだ感じ、しなかったんですけど…?
「ちょ、ちょっと聖也くん…?」
「場所とか正確に伝えられないし、待ってるよりこっちから行った方が早いでしょ?それに早く診てもらった方が良さそうだし…」
「え、うん、それは、そうなんだけど……」
私、立ち上がることすら困難なんですけど?いやまぁ、手伝ってもらえれば立てるだろうけど。でも歩けないよね?っていうか、歩かせられるわけないって今しがた言いましたよね?え、どうするつもり…?
「ほら、行くよ」
「…………え……?」
なぜか、軽々と、持ち上げられて。というか、これっ……お姫様抱っこリターンズ!?!?
「ちょ、えっ…!?お、重いからっ…!!こんな状態で足元悪い道とか危ないからっ…!!」
「重くはないよ?愛ちゃんぐらいなら、俺片手で支えられるし」
ほら。とか言いながら本当に片手で支えやがって。いやおかしいだろ!!身長差とか筋力とか考えても、普通はそうやすやすと出来ないからな!?一応コツがあるんだぞ!?私も昔劇でやったから知ってるけど結構難しいんだぞ!?
「あ、でも確かに足元は危ないから、一応俺にちゃんと掴まってて?揺れるかもだし」
「つかま……って、どこ、に…」
「首に腕まわして?そしたら安定するから」
「なっ…!?」
自分から抱き着けと!?この状況で!?第一なぜ安定する方法を知っている!?……あ、そっか。あなたも劇で経験済みなんですね。理解。
というかそれ以外の選択肢はないの!?そもそもおんぶじゃダメですか!?
「え?だっておんぶの方が両手塞がっちゃうでしょ?念のため片手は使えるようにしておきたいし」
その言い方に、なんとなく私の身に起こったことを察しているんだろうなと思って。きっと誰かが飛び出してきたときに応戦できるように、って言うことなんだろう。
「だから愛ちゃん、俺にしっかり掴まってて?」
いい笑顔なのは、スマホを持っていかなかったことを怒っているからですね。なんとなく、理解しました。
私にも非はあった。それは認める。そして何より、私がちゃんと掴まらない限り歩き出すつもりもないみたいで。
えぇい、女は度胸!!今回は仕方ないことと諦めろ!!
「うん。ちゃんとそのままでいてね?」
言われた通り首に腕を回して抱き着けば、耳元で聞こえた満足そうな声。その時かかった息に、一瞬ぞくりとして。
あぁ、ダメだ……このままじゃあ、またどうしようもなく好きになっちゃう…。一番、好きになっちゃいけない人を…望みがないと、知っている人を。
でも見つけてくれた時、必死に探してくれていたのだと知った時、嬉しいと思ってしまった気持ちに嘘はつけなくて。それだけは、誤魔化しようがなかったから。
だから。
私はこれ以上、聖也くんに頼るわけにはいかない。傍にいるわけには、いかない。
この気持ちが確立されてしまう前に、ちゃんと離れないといけないんだ。




