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15.女騎士の真実

 始まりがいつだったかなんて覚えてない。ただ、気づいたら男の人が苦手になっていて。

 小さい頃の私は、よく変な人に声をかけられたり連れて行かれそうになることがあった。それも一年に何度も何度も。季節も場所も関係なかった。どこからか伸びてきた手に腕を掴まれて、そのまま車の中に引きずり込まれそうになったこともある。

 だから、私の親はいつからか公園にすら私を連れていかなくなった。外に出なければ、そういう人に会うこともなかったから。

 けどずっとそのままというわけにもいかなくて。小学生にあがるのを機に、私は聖也くんが通っていた道場に一緒に通わせてもらった。少しでも強くなれば、自分で撃退できるようになると思って。

 なのに。

 結局また、自分ではどうにもできなかった。聖也くんに助けられた。


「愛ちゃん、怪我とかはしてない?大丈夫?」

「だい、じょぶ……」


 まだ少し震えていて上手くしゃべれない。と、思ってもらえればいい。本当、は……


「うっわ!?なんだこれは!?」

「あーあー、派手にやったねぇ…」


 聞こえてきた先生たちの声に、ようやく聖也くんから目を逸らせる。だって、今。目の前にいる聖也くんは、白い王子様の格好をしていて。後ろに流した髪のせいで、真っ直ぐ見つめてくる目がよく見えるから。それにドキドキしてしまって。正直どうすればいいのか分からなくて困る。


「高神!?なんでお前がここにいるんだ。舞台はどうした?」

「まだ本番前です」

「そうだけどな……とりあえず、志野崎は大丈夫か?」


 聖也くんの向こうから、大きな男の人の手が伸びてくるのが見えて。その瞬間、体が震えあがるほどの恐怖を覚えた。


「ぃ…いやぁっ!!」


 思わず手を払いのけたのは覚えている。聖也くんが私の名前を呼んでいたのも、なんとなく記憶の片隅にあるけれど。正直、そのあとのことは何も覚えていない。気が付いたらどこかの教室の中で、聖也くんと二人きり。優しい腕に抱きしめられたまま、ゆっくりと頭を撫でられていた。


「あ……あれ…?」

「愛ちゃん?大丈夫?俺のこと分かる?」

「聖也、くん…?」

「うん…。よかった、愛ちゃん…すぐに戻ってきてくれて…」

「もど…?」

「何でもないよ。それより平気?立てる?」

「え…」


 聞かれて、立ち上がろうとして。


「あ、あれ…?」


 一切体に力が入らないことに気づく。体の震えは止まっているはずなのに、腕を持ち上げることすら出来ない。


「な、んで…」

「やっぱりさっきので恐怖が上回っちゃったんだ…」

「え?なに?」

「んーん。気にしないでいいよ」


 笑顔だけど、たぶん気を遣われてる。そういう、笑い方をしているから。

 これは聞き出すべきかどうすべきかと悩んで、ふと視線を外した先で時計が目に入って。


「…………あーーっ!!!!」

「な、なにっ!?」

「時間!!聖也くん本番まで時間ない!!体育館行かなきゃ!!」

「え、でも…」

「私ここにいるから!急がないと始まっちゃう!主役なのにっ…!!」


 むしろ幕が上がらない、というのが正しかったのかもしれない。主役がいないんだから。


「でも愛ちゃん一人置いてくわけには…」

「大丈夫だから。ここなら誰も来ないでしょ?歩けるようになったらちゃんと教室戻るから」


 というか、私のせいで王子様不在とかになったらそれこそ後が怖い。だからどうにか間に合うようにしなければと、それしか考えていなかったから。


「……じゃあ、愛ちゃんも一緒に行こう?」

「う、ん…?」


 なぜかそのまま立ち上がって。というか、私すら片手で支えられるの!?教室の扉普通に開けたよこの人!?っていうかこれお姫様抱っこって言わない!?私この状態のまま廊下進むの!?


「ちょ、まっ…!」

「走るから。口閉じてて。舌噛んじゃう」

「っ…!?」


 言うが早いか、本当に走り出してしまって。っていうか早っ!!私一人いようがいまいが関係ないってこと!?すれ違う人の顔も確認できないくらいのスピードで、あっという間に体育館に着いたよ!?しかも裏から入ってるし…!!


「王子…!!」

「よかった!王子戻ってきた!!」

「どこ行って…っていうかその子なに!?」


 クラスの人たちなんだろうけど、なぜか聖也くんは一言もしゃべらずにこりともせず。ただまっすぐに向かった先は…。


「しのちゃんっ…!!」

「あ…」

「よかった…よかったよぉ~~!!」


 どうやら彼女が、聖也くんに知らせてくれたみたいで。どうして先生じゃなく、と思う一方で、こういう日だからもしかしたら先生が捕まらなかったのかもしれないとも思った。


「ごめんね?心配かけて…」

「ホントだよバカぁ~~!!なんでそういう無茶なことするのぉぉっ!!」

「あぁ、ごめんっ…!泣かないで?ね?」


 確かに最後があの場面では、無茶以外の何物でもなかっただろう。実際純粋な力と数には勝てなかったんだから。


「とりあえず、一番端っこの席に二人でいてくれる?終わったら先生たちが迎えに来るから」

「終わったら…?」

「演目のスケジュールは変えられないから、その間に色々と準備してもらってるの。とにかく、ここから動いちゃだめだよ?」

「え、あ、はい…」


 なんとなく、そう言わないといけない気がして。思わず頷いた私に聖也くんはホッとしたような顔をして。


「ほんと…無事で、よかった……」


 私を椅子におろして離れていく直前。耳元で小さく、そう呟きを残して。舞台裏へと、消えていった。

 …………え……?

 いや、ちょっと、待って……。そういうの、反則じゃない…?なんで、今、そういう格好してる時に、そんな……。

 まずい……まずいまずいまずいっ…!顔がっ…赤くなりそうっ…!!


「しのちゃん?大丈夫?」


 俯いた私に、心配そうにそう声をかけてくれるけど。今の私はそれに頷きを返すだけで精いっぱいだった。流石に時間が差し迫っていたからか、すぐに客入れが始まって。そう言う状態で話すべき内容ではないと思ったのか、それ以上何も聞かないでいてくれたけど。今追及されたら、きっと私は誤魔化せなかった。

 だって。舞台が始まって、王子様の聖也くんが可愛いお姫様に手を差し伸べて。


『僕が匿ってあげるよ。おいで?』

『は、い…』


 そうやって二人、手を取り合うシーンに。お芝居だって、分かってるのに。その手が、私以外の。しかもかわいいお姫様に向けて差し出されていることに。どうしようもなく、胸が締め付けられて。苦しくなってしまったから。

 ようやく力が入るようになった手で、スカートを必死に握りしめる。表情は変えない。声にも出さない。ただまっすぐに、舞台の上へと目を向けて。たくさんのお姫様に囲まれている王子様な幼馴染を見つめる。だってこれが、現実だから。

 誰も選ばない王子様は、まさに本人そのままじゃない。誰一人特別にはなれないし、私だってただの幼馴染でしかない。あの天然は、好意には好意を返して。警戒心が薄くて人を勘違いさせやすくて。だから常に周りにはたくさんの人がいて。舞台の上だろうと現実だろうと、そこは何一つ変わらない。


「志野崎。ご家族も今外で待ってもらってる。立てるか?」


 舞台が終わっても言われた通りその場で座って待っていたら、後ろからかけられた声。男性みたいな口調で話す担任は、まさにカッコイイ女教師という感じで。いつも堂々としているはずのその人が、少し心配そうにこちらを見ていたから。


「大丈夫です。よくあることですから」


 そう、笑って言ったはずなのに。なぜか、痛ましそうな顔をされて。この人には事情を話してあるので、ある程度は把握しているはず。だからこういう顔をするんだろうけど。なんだか申し訳ないなぁと思う。


「しのちゃん…?」

「ごめんね?先に教室戻ってて?」

「え、あの…」

「俺も一緒に行きます」


 …うん。まぁ、言うと思ってたよ?


「高神は着替えが先じゃないか?」

「更衣室には後で行けばいいので。それよりも俺の証言だって、必要ですよね?」

「……なるほど、な。お前はこれも慣れてるからってことか」

「最近はなかったんですけどね…」


 嫌な慣れだよね。ごめん。それにたぶん、ちょっと大事(おおごと)になっちゃってるだろうから。


「まぁ確かに、あとから来てもらうつもりではいたからな。ちょうどいい」


 かくして、なぜか王子様の格好のままの聖也くんも一緒に、先生に連れていかれることとなった。





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