9. お茶会が始まりましてよ!(1)
あら……ジョージ王子がシドと共にバルコニーに向かう背を見ながら、マーガレットはふと思いつく。
もしかして、ここで楽しいお茶会が始まりましてよ! そうなれば……、わたくしのエドワードが、邪魔!
彼女は心のままに夫に命じる。
「エドワード、貴方もあちらに行きなさい」
「マーガレット?」
「邪魔なの、せっかくルーナ先生とキャロライン様と三人で女の話をしようにも、男が混じるとイヤなの、ほら! さっさとお行きなさいな!」
上から目線で言いつける彼女。キャロラインは目をぱちくりとし、ハラハラとする。
「マーガレット、旦那様にそんな事を、エドワード、私は邪魔だと思った事はありません事よ」
「いいえ、女だけですのよ、それも恐れ多い事にわたくしめも新婚ほやほやという何たる偶然、憧れのルーナ先生に、あれやこれをお聞きしたいのです!」
「あれやこれ……、その、それはつまり……思い立ったらすぐにとか何とか……ゴニョゴニョ」
おっとりとしているが、歯切れのよいキャロラインが珍しく口籠る。そうですわ! こう、夫婦生活におけるあらゆるパターン、深層迄お聞きしたいのです。だから……
「エドワード、貴方邪魔」
つれなく言い放つマーガレットに、ほわぁとにやけそうになるエドワード。
彼は、少しばかり変わった性癖の持ち主である。そう……Mなのである。
ルーナ・シー女史が知れば、根掘り葉掘り快感とは何かと、取材対象となる存在。
「……(イイ……もっとここに居残って、マーガレットに罵って貰いたい) あ、わかった。では失礼致します、キャロライン様」
しかしここは私邸ではなく、しかも他国の貴族の別邸、粗相はあってはいけないと夜のお楽しみに置いとき、彼はバルコニーへと向かった。
爽やかな夏の緑の庭園が、目の前に開けるバルコニー。そこに誂えてあるガーデンチェアにテーブル。籠に盛られた香草が涼やかな香りを放っていた。
「あの、こちらに混ざるよう妻に、その……追い出されたのですが」
その声にはっと気がつくシド、うっかりとしていたが、『他国の貴族の男』 が、もう独りいたのを思いだす。
……、こいつもいた! くそ! 存在の薄いヤツを忘れていたとは……、妻に追い出された? 男一人混ざるなとか。まあいい、目の前で監視下に置いておくには良いアイデアだ。
シドの中でマーガレットの立ち位置が、少しばかり上になる。そして男三人寄り、世にも奇妙なお茶会が始まった。
イチにキャロライン、ニにキャロライン、妻を溺愛い褒め称える事を身上、しかし無垢なる妻はその道に疎く、どうすればワンランク上の夫婦生活を過ごせるか、あの手この手をどうすれば駆使できるか、彼が 『達人!師匠』 と密かに奉っていたルーナ・シー女史の夫に、聞く気満々なジョージ王子。
マーガレットに罵られる事を快感とし、時にはアレコレと色々なレパートリーを駆使し、更に月刊ムーサ並びにルーナ・シーファンクラブ会報誌から、様々なシュチエーションを取り入れているのだが、イマイチ文字だとわからぬ機微がある。なので機会あればじっくり聞き出そうと、胸に野望を秘めているエドワード。
二人を受けて立つシドの運命はいかに。
そして室内で始まる 『ルーナ・シー先生を囲む薔薇色なお茶会』 。
キャロライン達は、ルーナがお茶を自ら用意している事に、少しばかり恐縮をして、緊張感に満ちている。
そこで、「そうそう」 「忘れない内に……」 と、用意していたお土産の鞄を開く二人。
中には細工をされた木箱に、美しく詰められた蜜菓子と、例の香油。マーガレットが木箱を白いクロスのテーブルの上に置く。そしてキャロラインはリボンで、飾った小瓶を差し出した。
「これは我が王家の秘薬ですの、良い夢が見れる香油なのです」
そう言って差し出す。香油の存在を知らぬマーガレットは、興味津々で眺めていると、使いかけで良ければ後で差し上げるわ、と話すキャロライン。
「まあ、綺麗、夢を見ると言うことは、眠る前につけるのね」
ええ、そうですのと、少女の様に話したキャロライン。この事が二人にただの香油と思わせたのは、仕方の無いこと。
「ねえ、少しばかりお聞きしてよろしくて?」
香りの良いお茶を褒める迄は、会話があったのだが、黙り込んでしまった二人にルーナは、お二人の旦那様は……
「妻を褒め称える事は御座いまして?」
気になった事を斬り込んだ。ジョージが彼女の夫の前で、自分の妻を褒め称える事を目にしていたからだ。
「ええ、朝起てから眠りにつくまで、事あるごとに褒めて下さいましてよ」
「どのような?」
「かわいいから始まり、愛してる、美しいと。食事を共にすれば君と食べると、例えパンと水だけでも、水はワインとなりパンは焼菓子に変わるって仰れますの。
違った香油をつけた折には、花の女神と讃えて頂きましてよ」
スラスラと答えるキャロライン。つづいてマーガレットが答える。
「わたくしは、夫からは美しい、その姿は夜の女神、声はナイチンゲール、ああ愛しいマーガレット、何でも言うことを聞こうとか……オーホホホ、彼はわたくしの下僕ですのよ!」
サラリと答えたマーガレット。
花の女神に、夜の女王ですって?何でも言うことを聞く、香油を違えただでも気がつく……。
緊張が解けキャッキャと、笑い声を上げながらそれぞれの夫から、日々降るように話すという、賛美の言葉を聞いたルーナ・シー。
「ルーナ先生のシドさんは、どの様にお褒めになられるのですか? お聞きしたいですの」
「キャロライン様、いきなり失礼ですわ、先ずは二人の馴れ初めをお聞きしなくては」
興味津々な二人。お茶会は外も内も今始まったばかり。
7/25 誤字訂正しました!報告下さった方、どうもありがとうございます!