6. ご案内をしておりましたら……(1)
シド・リジー (ルーナ) サイドです。
ルーナ王国のお色気作家、ルーナ・シーことリジーと、その夫のシドが、海を超えた国・ラトスより別荘に出迎えた客人は、兼ねてより知らせのあった通り4名。
――― ジョージ王子とキャロライン妃、側仕えのマーガレットとエドワード夫妻である。
お忍びで、ということではあったが、予想していた以上にシンプルな装い。
そして態度の方も…… 王子から率先して女主人に挨拶をする、という殊勝さだった。
普通なら、誰からも好印象で間違いなし、なのだが。
「……噂通りのお美しさですね。特にその瞳、我が国で採れる最上級の紫水晶に勝るとも劣らぬ神秘的な……」
――― 礼に則り誉めるなら、『美しい』 だけで止めておけばいいのに、瞳まで誉めるなど……
既婚者の癖に。……どこぞの女好き作家のようだ、と、つい連想してしまうシドである。
そういえば彼の国の王は確か、第2夫人やら第3夫人やらが平気でいたのではなかったか。 …… 既婚者といえど、妻をお持ち帰りしたい、と言い出す可能性もあるわけだ。
「…………」
無言で会釈しつつ、シドは内心で 『危険物』 のレッテルをジョージ王子にベタベタと貼り付けた。
もちろん、エドワードの方にも。
もともと、本家ならともかく、この別荘に妻が呼んだ時点で、彼らは仮想敵である。
妻の手前、そこそこ丁寧に接してはやるが、友好など不要…… と、シドはそう思っているのだ。が。
「長旅でお疲れになったでしょう? ゆっくりおくつろぎになってくださいね」
そんな夫の気持ちなど無視して、ジョージ王子に笑顔を向けるリジー。
――― やはり、危険だ。
はやく、妻とキャロライン妃の方をくっつけてしまわなくては。
そう判断し、シドはすっと一歩前に出た。
「こちらです、どうぞ」
王子とエドワードを率先して案内してしまえば……、との彼の読みは、見事にあたった。
彼らの後を固まって歩く妻たちは、挨拶もそこそこに、楽しそうにおしゃべりを初めたのである。
「……ファンクラブの会報に載っていたアレは……」
「あら、会報に漏らしているのは、ごく当たり障りのないコトだけですわ」
「えっ、あれで……?」
「……その、見られる、というのは……」
「うふふふ。全ての人は芸術ですもの……」
「まぁぁ、素敵ですの……」
「…………」
王子たちと先に立って別荘内を移動しつつ、無言で耳をそばだてる、シド。
――― いったいドコまでファンクラブに夫婦生活が漏れているのか、早めに編集長に問い詰めよう、と決意している。
会誌の内容によっては、組織そのものを、どんな手を使っても潰す…… などと黒いことを考えている、そんな心境を露知らぬジョージ王子は……。
のんきに、シドに話しかけた。
「この度は、お世話になります。……ご主人は、奥にいらっしゃるんですか?」
「俺です」
「……はい?」
きょとん、とする王子に、シドは薄い唇の端を上げて、応じた。
「ルーナ・シーは俺の妻ですが、なにか」
「ええっ…… いや、これは失礼を……」
「従者に見えましたか?」
「えええ……いや、そういうことでは、決してないのですが……」
しどろもどろの王子に、『ザマァミロ』 と思うシド。
「無理はありません。もともと、従者ですし、今もできる限りは従者ですから」
「はぁ……ルーナ王国は本当に、身分差別がないのですね。素晴らしいことです」
「ええ。お嬢様は公爵家の令息からもプロポーズを受けていたのですが……」
「なんと、名家からの縁談を蹴ってまで…… まさに純愛ですね!」
ジョージ王子の顔が輝いた。
今のが牽制だったとは、まったく気づいていない模様である。
「私も、幼い日にキャロラインに出会って以来、彼女が可愛くて可愛くて……」
「……ええ。大変、無垢で愛らしい方のようにお見受けします」
棒読みで答えつつ、シドは王子にベタ貼りした 心のレッテル 『危険物』 を1枚、そっと剥がした。
「そうでしょう、そうでしょう。キャロラインが傍にいるだけで、私は心癒されるのです。彼女の幸せのためなら、何に替えても……くぅぅっ!」
「それは誠に素晴らしい。王子こそ、純愛ですね」
心のレッテルをもう1枚、『ノロケ出すと止まらない』 に貼り替えながら、シドは考える。
自分と妻は、それほど 『純』 ではないな、と。
――― お互いに、意地や打算や欲に塗れながら、それでも誰を選ぶかと聞かれれば、相手以外にはいない、そんな関係なのだと思う。
…… そして、その点で妻を信用してはいるが、なら、それ以上に 『ほかの男に愛想良くするな・笑いかけるな・というか、もう一切喋るな』 と言いたいのを常識でもって抑える時の心持ちを、何と呼ぶべきか、などと考え出すと……
それは最早、『愛』 とはいえない気がする。
――― もっとも、『愛』 だろうとそうでなかろうと、妻が自分のものであるのは、決定事項なのだが…… ただ、そう思っているのがバレたら100%嫌がられるから、言わないだけで。
「ええ、そうなんです。もう、キャロラインの何もかもが愛しくて……」
王子はシドを 『同志』 とでも認定したのだろうか、デレデレと笑み崩れたまま、逆に問いかけてきた。
「ええと……シドさん、はどうですか? 幼い頃からの仲だと伺っていますが、やはり…… 奥さんの全てを、愛しておられるのでしょうね?」
「はい、もちろんです」
思いがけない振りにも、何食わぬ顔でシレシレと答えるシドであったが……
「まぁ! 素敵ですの! では、どんなところが特にお好きですの?」
「え……」
背後から急に掛けられた、キャロライン妃の無邪気な問いには、一瞬以上に固まってしまった。
――― 妻も聞いているのだ。ヘタな答えは、できない……。
戸惑うシドを救ったのは、 「さぁ、こちらがお客様方の寝室でございます。隣同士ですが、壁はじゅうぶんに厚いので……」 という、ナターシャの声だった。




