4. お客様のお迎え準備、でございます!
リジー(ルーナ) ・シド サイドです。
「ねぇ、ナターシャ。フォルトゥナ祭の飾りはあるかしら」
「倉庫でしょう。後で探して差し上げますよ」
「わかったわ、倉庫ね!」
侍女と話していたと思ったら、パッと軽やかに席を立ち、駆け出さんばかりの勢いで屋外へと向かう、リジー。
「…………」
やれやれ、と内心でタメイキをつきつつ、シドはその後を追った。
ナターシャの視線が 「過保護ですね」 とでも言いたげな生温さを帯びているが、そんなことは気にしていられない。
――― ひとりで倉庫になど行かせては、どんな危険があることか。
こけたり、迷子になったり……は、さすがに大人になった今は無いだろうが、棚の上のモノが落ちてきたり、積んである古い家具が総崩れになったり……も、あまり無いかもしれないが。
とにかく、お嬢様をひとりで行かせるのは、危険なのだ。
――― 夫婦になった今でも、従者根性が抜けない、シドである。
「わかっておられるでしょうが」
追い付いて一言発すると、しゃがんで棚の下を調べている妻の背が 「だって!」 と応じた。
「お客様は、遠くからいらっしゃるんですもの! 一番ルーナ王国らしい祭りを観ていただきたいじゃない?」
――― ルーナ王国らしい祭…… すなわちフォルトゥナ祭とは、雪も深い12月に約1ヶ月間開催される、『幸運の女神』 の名を借りた贈答合戦である。
つまり、リジーとナターシャは只今、異国からの客人を迎えるために別荘を飾り付け中であり、夏の半ばだというのに、冬の最中の行事を再現しようとしているのだ。
「…………」
気にくわない、と思うシド。
そもそもが、この別荘に来たのは、人目を離れて思う存分妻を愛でるためであり、決して客人を歓迎するためなどではない。
なのに、妻は自分を放置して、 「あったわ、オーナメント。あら、このリボンも使えそう」 などと倉庫の中を漁っている。
もしかして、夫婦ふたりきりでいる時より、嬉しそうじゃないだろうか。
……はっきり言って、許せん。
シドは澄ました顔をして、妻の背中にピッタリと貼り付いた。
「シドさんったら、動きにくいですわ」
「彼らに、『リボンの贈り物』 をけしかけたりしないで下さいよ」
妻の、噛むというより優しく舐めたくなるような、柔らかな耳に口をつけて、囁く。
それだけで彼女が感じるだろうことは、計算済みなのだ。
くねっと捩れる身の感触に、愛しさと、もっと乱れさせてやりたい、という欲が込み上げてくる。
「あら…… あちらの方も新婚さんなんですもの、きっと、『リボンの贈り物』 のことをお話したら、喜んでいただけるはずよ?」
「お忍びのご訪問とはいえ、由緒正しい王族に?」
「そうよ、由緒正しい王族よ!」
パッと、リジーの顔が輝いた。
「向こうではどんな風になさってるのかしら? 王族の閨のお作法だなんて…… 滅多にない取材の機会よね、うふっ」
「失礼でしょうに」
リジーの背中に、大事なところを押し当てるようにして、棚の上に手を伸ばす、シド。
オーナメントを取ってあげるふりをして、当然、目的は別にあるのだ。
「もちろん取材なんて申しませんわよ。和気あいあいのお茶会、そして新婚夫婦同士の情報交換ですわ。
ですから 『リボンの贈り物』 のことくらい、教えて差し上げないとね?」
「じゃあ……」
妻のうなじに唇を落としつつ、シドは器用に、片手でリボンを取った。もう片手は、言ってはイケない部分に既にスタンバイOKである。
「予行練習しませんと」
「ぁん、もぅっ…… あの時は、ナターシャに巻いてもらったの……あ、ん…… 自力では、とても無理…… んっ」
「俺が巻いてあげますよ」
「……それじゃ、『贈り物』 にならないでしょう?」
素知らぬ振りをして、飾りを探すようでありながら、その実、意識がこっちに向いてきているらしい、妻である。
息遣いや、擦り寄せられる熱でそれがわかる…… 可愛くて、仕方ない。
――― めちゃくちゃにして、俺しかいない、と思わせたい。
「いえ…… 『じゅうぶんな御褒美』 と教えてあげれば良いかと」
シドは薄い唇にリボンをくわえ、両手をソフトに、だが忙しく動かし始めた。
――― どうやら、倉庫での探索もまた、長くなりそうだ。
☆彡♡☆彡♡☆彡♡
かくして、数刻の後。
「さて、と。お庭もベランダもサロンも、お客様の寝室も、これでもう完璧ね」
汚れた服を着替えて、飾りつけのチェックを行っていたリジーは、満足そうにうなずいた。
門の前には、虹色の翼と髪を持つ、等身大のフォルトゥナ人形。
庭の木々にも、雪の結晶や星、小さなフォルトゥナ人形のオーナメントが煌めいている。
そしてお客様の寝室も……
「ふふ。ジャスミンとローズの甘々フレグランスをご用意しています。それから、床で激しく転がっても痛くないよう、ラグはふわふわ。色は視覚を刺激する赤にさせていただきました」
ナターシャが含み笑いをすれば、シドが真面目にうなずく。
「薪も多めに運んでおきました。夏とはいえ、夜は冷えますから」
「さすがは、ナターシャにシドさんですわ! ありがとう!」
心の底からの礼を言うリジーに、シドは呟いた。
「まだお礼の段階ではありませんよ、お嬢様」
「そうそう、お土産用の特注ガーターベルトも、届かないことには、ね? 確か、明日の予定でしょう?」
首をかしげて問うてくる妻に、そうですけどそうでなくて、と、ボソボソと返す夫。
――― 客人に渡す情報を正確なものにするためには、もう3、4度は手順を確認すべきなのだ。
少なくとも、シドとしては、そうなのである。
異国からのお客様を迎える日は、もうすぐそこまで、迫っていた。