3. 蕩ける香りを手土産に!いたしませんこと?
キャロライン・ジョージ サイドです。
キャロラインが手紙を送ってからしばらくたった頃、隣国から手紙と共に、一つの荷物が彼女宛に届いた。
「まぁ……マーヤからですの、珍しいこと……」
継母であるアリアネッサの側使えである、マーヤの名前が、封書に丁重にしたためられていた。侍女が名前を読み上げる。侍従が運んできた小箱の蓋を、そろりと開け中身の安全を確認をする。
「香油の瓶が入っております。失礼いたします」
そう言うと厳重に封をしている口紐を解くと、一人が栓を開け匂いを確認をする。一人は、封書を開き中に何も仕込まれていない事を確認すると、手紙を主に手渡す。
「…………、お父様もお母様も、お元気そうで何よりですわ。あら? 何か良いことがあると書いてありますが、はっきりしたら、お母様からお知らせがあるそうですわ、何かしら。楽しみですの。
その香油は何なのですの?」
懐かしい祖国のことが手短に書いてあるそれを読みながら、香油の瓶の栓をきっちりとねじ込む侍女に問いかける。
「お妃様、これは 『取り持ちの華』 と呼ばれるお品でございます」
「取り持ちの華……、そういえば薬処から届けられてましたわ。夜に使うようにとの事でしたが、匂いがきつくて王子様のお眠りにお邪魔になるかと思い、使っていませんが」
手紙には是非ともお使い下さいませ、と書かれていた。
「コホン、キャロライン様、このお品は王家の秘薬ですのよ、それにも書かれておられますが、是非とも今宵、お使いくださいまし、殿下のお邪魔には決してなりませんから、良い床夢が見れるそうです」
白磁に美しく艶かしい花々が描かれているそれを、侍女達の意味を含ませた言葉と共に、受け取るキャロライン。
良い床夢? 何かしら、楽しい夢でも見れるのかしら…
…まだまだお子様な彼女は、瓶に目を落とした後、こくんと頷いた。
☆☆☆☆☆
夜が来た。ジョージは何やら身体の中で獣が、アオーンと遠吠えをしている。
……、な! なんだ! キャロラインが、キラキラと輝いて見える……そして何という良い香りなのだ! 私を蕩けさそうとするかの香りが……たまらん。
何時もの寝間着姿の彼女が、やけに艶かしく目に飛び込む。薄手のそれは彼女の昼間のドレスとは違い、柔らかい身体のラインをそのままに表に出している。
「どうされましたの? あ……」
上から下まで舐めるように見るジョージに気がつくキャロライン、香油をつけた事が、やはりいけなかったのかと思いつく。少しばかり後悔をし、もじもじとうつむく彼女。
月刊ムーサで殿方が『見る』意味は、それとなくお勉強はしているのだが、少しばかり鈍い彼女は、今当てられている、視線の持つ色と熱に気がついていない。
「ああ……キャロライン。なんてかわいいんだ。どうしたの? 今宵は何時もに増して美しい、まるで月に住む女神の様に輝いている、なんていい香りなのだ、まるで春の女神の様だよ」
そう言いつつ、この香りのせいか? なんだ? この香油は、と思いつく。
彼女の体温で温められた甘やかな香りが、寝台の中いっぱいに広がっていた。そして純なる彼は思った通りの事を、照れもなく愛する人に、賛美の言の葉を捧げる。それを聞き、ホッとする妻。
「まぁ……お気に召しまして? 殿方で嫌う御方はいらっしゃらないと、侍女から教えて貰いましたが、王家の秘薬ですの、何でも夜に使うと、良い夢がが見れるそうですの、でも香りがきつくて……、お城の薬師から手渡されたお品は今迄しまい込んでおりましたの、これはマーヤが使うように、てお手紙と共に贈られてきましたの」
無邪気に話すキャロライン。アリアネッサも使ったこの秘薬は、花に集まる虫を惹きつける様に殿方の心を引き寄せる品物。意味がわかっていれば女性にもそれなりの効能があるのだが……。
「うん、アリアネッサも元気そうだ、それは良かった」
秘薬と聞き、効能に気がついたジョージだったが心は既に桃色世界、ほぼ棒読みで返すと、そろりと身を寄せる。
「……あ! ねぇ王子様、わたくし良いことを、思いつきましたの、お聞きになって下さいません?」
夫の身体中をアオーンと雄叫びを上げつつ走り回る、本能という名の獣の事など少しも気がついていない妻は、パッ! と身を離し顔を向け無邪気に話す。
「ん! な、何かな」
手をそろりとその肩に、置こうとしていた夫は、宙に止める。
「あのですね、ルーナ・シー先生に、お返事が頂けたら、あちらに行くのです。その時に、この香油をお土産にしたいのです。
我が王家の秘薬とお聞きしてますし、よい夢が見れる、ぴったりでしょう? 珍しいお品ですもの。蜜菓子と共にどうかしら王子様」
良い夢が見れる品物、高価な材料を使い、特別な製法で仕込んでいる逸品と思っている。この秘薬は、そうではないと教えるべき夫は……
「ん! いいんじゃないかな! 素敵だよ」
既に香油の香りにやられ、頭の中は、あんな事やこんな事で、いっぱい一杯になっている。
鼻をくすぐる様な、涼やかで甘い香りを放つキャロラインに、ジョージは何も考えずそう答えた。
……それから数日後、こちらにいらしてくださいな、とのお返事が海を渡って届き、キャロラインが大喜びしたのは、言うまでもない。
そして……お伺いいたしますと返事を送ると、決めていた贈り物と共に、二人は海を渡る。
7/22 1~3部分 誤字訂正しました!
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