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第8話 続・池畔のカップメン/地獄の決斗

 キースが店の外に出たとき、すでに決闘の舞台は整っていた。通りの中央にテーブルが置かれ、流れ者の男とのっぽが、それを挟んで対峙する。テーブルにはカップ焼きそばがふたつ。

 その周囲には、早速噂を聞きつけた町の人々が群をなし、成り行きを見守っている。


 のっぽは身構えながら、不敵な笑みを浮かべた。

「これだけギャラリーが集まった以上、さっきのような卑劣な手は使えんぞ。覚悟を決めるんだな」

「そうだぜ、覚悟を決めるんだな」

 のっぽの後ろで、なぜか同じように身構えている相方が言う。

 流れ者の男は鋭い眼光をカップに向けたまま、低い声で言った。

「御託はいい。始めよう」


 二人の間の緊張が周囲にも伝わり、野次馬たちのざわめきも徐々に小さくなっていく。

 入れ替わるように、遠くで馬車の走る音や、古びた看板が風にあおられ、錆びた音を立てるのが聞こえてくる。


 前触れもなく、二人が動いた。

 どちらが先に動いたのか、誰にもわからない。ただ、どちらが優勢かは明らかだった。のっぽがふたを開け、袋を取り出したときには、すでに流れ者の男はかやくをカップに投入していた。袋からこぼれ落ちるあげ玉と乾燥キャベツが乾麺へと落下した時には、もう水筒からお湯を注いでいる。


 だが、のっぽは動じなかった。不敵な笑みを崩さぬまま、かやくをカップに投じ、ふたにソースの袋を乗せると、腰から両の水筒を抜いた。

「やったぜ! 兄貴の二丁水筒が火を吹くぜー!」

 後ろで相方が何か言っている。

「二丁水筒はいいが」

 流れ者の男は、すでに液体ソースの袋を重しに、カップのふたを閉じていた。

「同時に抜くんじゃなくて、かやくを投じるときに空いてる手で一丁抜くべきだな」

「余裕ぶってるのも今のうちだぜ」

 男から遅れること数秒。湯を注ぎ終えたのっぽは、両の水筒をホルスターにしまい、液体ソースでふたを閉じた。そして、流れ者の男に向かってにやついた顔を見せた。

「言っただろ? 抜く速さだけじゃ焼きそばは作れんと」

「今のも時間の無駄だ。少し早く片方をしまって、注ぎ終えた瞬間にふたを閉じられるようにすべきだ。もしくは水筒でソースをずらすか」

 のっぽはわざとらしく鼻で笑った。

「せいぜい強がっているんだな。お前が間抜けなのは今にわかるさ」


 やがて、カップから麺の香ばしい香りが辺りに漂いはじめる。

 先に動いたのは、のっぽだった。

 キースが酒場の柵から身を乗り出して、叫んだ。

「あっ、お前! フライングすんな!」

 だが、のっぽが湯切り口を剥がすと、キースはさらに大声を張り上げることになる。

 そのカップ焼きそばは、見た目も中身も、正真正銘、サンライズ社の旧型だった。しかし、のっぽのカップのふたにだけは、最新型のツインターボ湯切りMkIIIが搭載されていたのだ。麺や具は一切こぼれず、湯だけを素早く切り、湯はねも抑えて火傷の心配もない。旧型のNA湯切りとは比較のしようもない。

「ああっ!? 卑怯だぞお前!」

「バカめ! 勝負の前にちゃんとチェックしない奴が悪いのさ!」

 のっぽは余裕綽々でカップを傾け、湯を切り出す。そして、流れ者の男の驚く姿を見ようと、ちらりとそちらに視線をやった。


 男はふたを全て剥がしていた。そして、そのままカップを傾けている。

 カップからは当然、湯と共に茹で上がった麺やキャベツがこぼれ落ちる。


 ――だが、それらが地面へと落ちることはなかった。

 男は平ザルでそれを受け止め、軽快な音を立てて手早く湯を切った。そして、見事な手さばきでカップへと戻す。

 男は袋を切ってソースをかけると割り箸で麺にまんべんなく絡め、青のりをふりかけた。


 のっぽの手から、カップがずり落ちた。

 男が仕上がったカップ焼きそばをテーブルに置くのと同時に、虚しい音を立てて、ひとつのカップ焼きそばが地面に転がり、麺をぶちまけた。


「自らカップ焼きそばで挑んでおきながら」

 流れ者の男は言った。

「湯切り用の道具を用意していなかったとは驚きだ」

 転がったカップ焼きそばの元に、のっぽが崩れ落ちる。

 勝負の行方は明らかとなり、野次馬からは歓声が上がる。弛緩した空気の中、キースが男へと駆け寄ってきた。

 キースは男の肩を叩いた。

「いい勝負だったぜ」

 それから、地面に崩れているのっぽを見下ろす。

「で? お前ら、マーシャルに飼われていると言ったな。詳しく話を聞かせてもらおうか」

「……なんでお前らに協力する必要がある?」

 俯いたままだったので表情は見えなかったが、のっぽの声は震えていながらも虚勢を張っていた。

 一方、キースはそっけなく言う。

「協力する気がないなら構わんが。その場合は、たぶん絞首刑になると思うぞ」

「はぁっ?」

 のっぽは顔を上げた。

「俺が一体何をしたってんだよ!」

 食ってかかろうとするのっぽに、キースは指をさした。いや、さしたのはのっぽではなく、地面に中身をぶちまけているカップ焼きそばだった。

「決闘で食べ物を粗末にするのは重罪だ。常識だろ? ここに限らず、たいがいの州で違法行為だぞ、これは」

 絶句して青ざめるのっぽに、キースは続ける。

「まあ要は、粗末にしなきゃいいわけだから、食っちまえばいいんだが。それ、食うつもりか? それとも相棒が食うのか?」

「いやいやいやいや。あっしは遠慮しておきます」

 相方はものすごい勢いで両手と首を横に振った。

 その頃には野次馬のいくらかはいなくなっていたが、まだその輪は消えていなかった。その中で、野次馬の何人かが地面に輪になってしゃがみ込み、サイコロを振って何かしている。流れ者の男の作った焼きそばを誰が食うかを決めているのである。

 キースはのっぽの襟元を掴むと、引っ張り上げるようにして立ち上がらせた。そして、顔を近づけて迫る。

「さあ、決めてくれないか。落とした麺を食うのか、絞首刑か、それともオレ達に協力するのか。……もう、面倒だからいいか。さっさと吊っちまうか」

 キースが短気にそう言うと、周囲から歓声があがる。

「わっ、わかったわかった、わかったよ」

 慌ててのっぽが言う。

「どうわかったんだ」

「協力するよ」

「何に。町の皆さんの楽しみにか?」

「いや、違う違う、違うって! なんでも喋るよ。言ってくれよ。何が知りたいんだよ!」

 キースは口元を笑みで歪めると、のっぽの肩越しに相方に声を掛けた。

「よし。お前も一緒に来い。ゆっくり話せるところに行こう」

「ええっ、あっしもですか?」

「あっしもだ。お前の兄貴なんだろ、こいつ。だったら付いていってやらにゃなるまい。さ、行くぞ」

 キースはのっぽの首根っこを掴んだまま、通りに沿って歩いて行こうとした。誰からとなく、野次馬達が道を空ける。

 キースとのっぽに流れ者の男が続き、それから少し間隔を開けて、のっぽの相方が渋々付いていく。


 役者達がいなくなると、野次馬達は各々感想を口にしながら、自分達の生活へと帰っていった。

 後に残されたのは、テーブルでカップ焼きそばを立ち食いする男と、転がったカップ焼きそばだけであった。


 やがて、焼きそばを食い終えた男が、カップとテーブルを片付けると、先ほどの喧噪の名残は、地面でのびた麺だけになる。

 さらにしばらくすると、一匹の野良犬がそろそろとやってきて、飛び散った麺のにおいを嗅ぎ出した。しかし結局、そっぽを向くと、またどこかへとのそのそと行ってしまった。

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