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第2話 夕陽のカップメン

 見渡す限り岩と赤い土しかない乾き切った大地に、容赦ない日差しが照りつける。

 枯れた草がわずかにあるばかりで、生物の姿は見当たらない。


 だが、不毛の地の、その上空では、禿鷹が一羽、大きな楕円を描いて旋回している。さきほどからずっと同じ軌道を描き、何かを待つようにしている。


 その軌道の中央、乾いた岩と土しかないはずの地上をよく見ると、大きな岩の影に、何かがある。土にまみれた砂色のダスターコートと同色のテンガロンハットが、ちょうど迷彩のように、大地に同化している。

 その中身の人間は、今のところ、まだ生きているようだった。ただ、地面に仰向けになったまま、動かない。

 目深に被った帽子のつばの影になって表情は見えない。手入れされずに伸び放題になっている顎髭だけが見える。


 中天にあった陽は徐々に傾いていく。その間、地上の様子は変わらず、禿鷹も旋回し続けた。

 どれだけその光景が続いただろう。陽は傾き、空が赤く染まり始めたころ、ふと、禿鷹はどこかへと飛んで行った。


 それからしばらくして、無精髭に影が落ちる。

 陽を遮ったのは、一人の男だった。緑色の羽をあしらった白のキャトルマンを被った男。顎髭や口髭はきちんと切りそろえている。

 土色のポンチョを羽織っていてよく見えないが、中からちらちらと覗くベストやシャツは白地に赤をアクセントにしており、洒落た服装のようだった。

 男はしばらく無精髭を見下ろしていたが、やがて、言った。

「フォックスとラクーン、どっちが好きだ?」

 倒れている男は即座に答える。

「豚骨醤油」

 白のキャトルマンの男は、倒れた男を睨み付ける。だが、やがて、ひとつ鼻を鳴らすと。わずかに表情を崩した。

「死にかけの行き倒れのくせに生意気な奴だ。悪いがうどんしかない。我慢しな」

 男はその場に座り込むと、ポンチョの中から左手を出した。その手にはカップうどんを乗せている。


 男は左手にカップを乗せたまま、右手で素早くふたを半分開けた。そして、中に入っているお揚げ、かやく、粉末スープの袋を、カード魔術のような手付きでそれぞれ指の間に挟んで取り出す。

 小指と薬指の間に挟んだお揚げの袋をふたの上に乗せたとき、他の指に挟んでいたかやくと粉末スープの袋の端は、いつの間にか切られていた。そのまま流れるような動作で、袋の中身を、右手だけを使って器用にカップに投入する。


 倒れている男は、袋の中から粉末スープがこぼれ落ちるのをじっと見つめていた。

 次の瞬間、男は息を呑んだ。さきほどまで粉末スープをカップに投入していたはずの右手には、スティック型の水筒が握られていた。鈍色に輝くそれは1.5フィートはあるロングバレル仕様で、全体に見事な装飾彫りがされている。

 キャトルマンの男はその大仰な水筒を優雅に一回転させてから、プッシュ式のトリガーを引き、カップの中へお湯を注ぐ。

 注ぎ終えると、お揚げの袋の位置をずらしてふたを閉じる。すでに水筒は右手にない。


 左手の上でできあがりを待つカップメンを挟んで、二人の間に沈黙が流れる。

 それを破ったのは、倒れている男だった。

「……見事なライトドローだ……あんた、何者だ?」

 キャトルマンの男は表情を変えることなく、ただ、ぽつりと言った。

「俺はただの料理人だ」

 倒れている男が笑う。

「ただの料理人がカップメンなんか持ち歩くわけないだろ。しかもフルカスタムの水筒まで持参だ? 笑わせる」

「カップメンだって立派な料理だ。何もおかしくないさ」

 キャトルマンの男はなるべく平らなところを選んでカップを静かに置くと、立ち上がった。

「ここから西にしばらく歩くと、チンケな町がある。そこを目指すんだな」

「待て」

 立ち去ろうとするキャトルマンの男を、倒れた男が呼び止める。

「……あんた、名は?」

「ショットガン・ジョーと呼ばれている。縁があったら、一杯おごってやろう。じゃあな」

 足音が遠のいていき、再び沈黙が訪れる。


 数分後、男は起き上がると、置かれたカップのふたを剥がし、お揚げのふくろを開け、カップの中へと滑らせた。

 そして懐から、すでに割られている割り箸を取り出すと、スープをかき混ぜる。


 夕陽の荒野に、麺をすする音が響いた。

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