プロローグからしてやかましい
誤字修正とかはあとからやるマン
プロローグは5000字弱だけど次からは1回2~3000字くらいでさくさくやりたい
その男、世冶は感動していた。
今目の前にある、あらゆることに感動していた。
心地よい風に目の前に広がる景色。
雄雄しく茂る木々の緑の香りに、足から伝わる土の暖かさ。
振り返ればそこには美しい花々と共に、精霊の眷属たる光の小妖精が花粉を集めにキラキラと舞い集る。
空を見上げれば悠然と飛ぶ『竜』が、その巨体により太陽の光を遮って世冶の体に影を落とした。
キャアア、と、風体から来るイメージよりは高い声で鳴く『それ』は、彼の今まで居た地球では明らかにありえぬもの。
大自然。
ファンタジー。
異世界。
憧れ続けたその世界が。
それが今、目の前にある。
「いいいやほおおおう!!」
世冶は拳を振り上げ、体の中から溢れて止まらない感動を声に出す。
知識としては知っていた。それはもうよく知っていたが――やはり、百聞は一見に如かずという言葉通り、実感というものが与えてくれる感動は、百どころか数万、数億の言葉よりも勝っている。
「よーし、まずはなにしよっかなー、やっぱ畑作りかなー。いやいやまずは魔法の練習かなー。そんでそのあとにはこの森を探検して……いや、やっぱり畑だな。農作業とか憧れだったし、ある意味ではファンタジーだぞこれも。街探しとかはとりあえず後回しで良いか。人とのコミュニケーションメンドイし、まずは自分の生活を楽しんでからでも遅くないもんな! よし、とりあえず50年くらいはここでスローライフで農家やるぞー! 」
るんたったー、と、世冶は自分でもまったく聴いたことのない即興の鼻歌を歌いながら、さっそく予め拠点に用意しておいたクワを手に取る。
開発用のネットワーク端末よりも重いものなどろくに持っていなかったヒョロガリな不摂生の塊のような今までの体ではなく、ベースは同じながらもほどほどに引き締まりほどほどに筋肉のついた健康的な若い体は、一瞬ずしりとクワの重さを感じながらも、軽々とそれを持ち上げる。
恐らくは自身の体と同じ程度の長さのバトルソードを手にとっても、悠々と振り回せるに違いない。
それはそうだ。そういう風に設定したのだから。
<随分とご機嫌ですね、セイジ様>
どこからともなく、鈴の音のような美しい女性の声。
まだ幼さが残るその声は、どこか呆れたような雰囲気を世冶に感じさせる。
実際に呆れているのだろうけれど。
世治の周りには誰も居ない。
だが間違いなく届いているその不思議な声に、政治は慌てることなく「おう!」と返す。
「そりゃそうさ、こんな荘厳な大自然、秘境でも行かなきゃろくに残ってもなかったし、『パーク』での散歩ですら今までろくに楽しむ余裕も時間もなかったからな! それになによりファンタジーだぞファンタジー! 剣と魔法にモンスター! これに憧れない男の子がいるかってんだ!」
<男の子って年ですか貴方は。今使われてる肉体設定はともかく、実際はいい年でしょうに>
「うっせえ、セス! こころはいつでも、いつまでも16歳なんだよ!」
セスと呼んだ見えない相手のあまりにあまりな言葉に、チェチェチェ、とすねたように世冶は口を尖らせつつ顔を赤らめる。
とはいえ、自分でもわかってはいるのだ。
テンションがあがりすぎてることは。
しかしこのテンションを下げたいとも思わない。ずっとこのままでいても困るのだが、今しばらくはこの高揚感に浸っていたい。
「だってさ……テンションあがるってもんだろ? こんな美しい世界を目の前にしてさ。だって、この世界には俺達の憧れた、自然と理、そしてたくさんの生物が存在して、それぞれがみんな一生懸命に生きている」
世冶は一度クワを地面に下ろし、もう一度周囲を見渡す。
「もちろん、そこには美しいものだけじゃないことはわかってる。生き物同士の厳しい生存競争があるし、文化を持った「人」たちの間では、無益な争いや欲望に飲まれて虐殺されていくような目を背けたくなる悲惨なものだってあるだろう。俺はそれに怒り、悲しみ、嫌悪するだろうけど――それでもなお、それらが愛おしい」
<愛おしい、ですか?>
セスの問いかけ。
それに、うん、と彼は迷いなく応える。
そうだ、愛おしいのだ。
この世界が。今自分が降り立った、この世界の全てが。
だから、見捨てない。
だから、守りたい。
だから、たとえ全ての存在がこの世界を忘れようと、自分は愛する。
だって――
「だって、そうだろ? 今俺が目にしてるこの世界は――俺が、俺達が作ったんだから」
自分の子供が、可愛くない親なんて居ないんだよ。
そう笑う世冶は、セスから見てもとても幸せそうな顔をしている。
それは全てが作り物で――そして、紛れもなく本物だ。
例え限りなくリアルに近い何か、であっても、限りなく近いということはイコールと同じなのだ。
もし、世界中がそれを否定しても、『彼』が、そう決めたのだから、それが彼の、そしてセスにとっての事実なのだから。
<……そう、ですね。愚問でした。>
「だろ?」
にっ、と笑う彼に、セスは「はい」と軽くつぶやいて、
<とはいえ日本での子供への虐待件数は家庭内が一番多く、それは養父母の場合に限らず実の子供に対しても決して低い数値では――>
「そこは綺麗なままで話をまとめとこうよ! 聞きたくないよそんなリアル!」
せっかくなんか良い感じな台詞で格好つけてたのに、台無しである。
「お前、前から思ってたけど、なんでそんなに俺にセメントなの? 一応はお前の製作者よ? 『開発中』はもうちょっと従順じゃなかったっけ。別に恩を着せるわけじゃないし、今更性格変わられても困るけど。なんか俺に恨みでもある?」
<『二時間以内にここの設定やり直せ、再構築しろ、演算ちょっとかえよっか、え?大変?いいからぱぱっとやって』 どれだけセイジ様から無茶振りされてきたとでも?>
「すんません、ほんとすいません」
心当たりが有りすぎたため、とりあえずぺこぺこと謝ることにする世治。
うん、まあ、いろいろと無茶を言った気はする。
でもそれが仕事なんだし、人間相手ならともかくセスだし……と頭を下げつつもぶつぶつ言う彼である。
<それにこちらに来る前に他の皆様たちから言われていますので。『世冶は甘くするとすぐ調子に乗るから基本セメントくらいがちょうどいいんだ』と。>
「あいつらかよ……」
<それから、夫は妻が尻に引くほうがいいからとも>
「誰が妻だよ! 誰だよそれ言ったの!」
<サヤカ様です。セイジ様がこの世界の父親なら、セイジ様からの意思を受けて世界を造りあげた私は母親になるわけだから、ちゃんと夫婦で頑張れと――>
「彩香ァァァァ!!」
ニヤソ、と非常にイイ顔をして親指を立てている、かつての同僚にして長年の悪友の彼女の姿を幻視し、絶叫する世治。
もう二度と会うことの叶わぬ彼女であるが、きっと「あっち」では元気に周りに迷惑をかけていることだろう。
最後の最後まで本当にやってくれる、と苦笑する。
……これで本当に最後だったらいいのだが。
「違うだろ! いやまあ比喩的にはそうかもしれないけど! だいたい作ったのは俺だけじゃなくて みんなでしょ!」
<コアとなる部分の管理者権限はセイジ様のユーザーだけですので。他の方はその下の権限しかないので、私の認識的にはちょっと>
「それならむしろお前は俺の娘でしょうが! 実際俺達だって『みんなの娘』ってつもりでお前を扱って――」
<つまりセイジ様は娘である私を相手に世界を構築を……お父様、それは少し鬼畜では? 私的にはアリよりのアリですが>
「アリじゃねーよナシだよ! なんなのお前! 絶対俺の知らないところでいろんな奴から余計な『教育』されてんだろ!!」
目には見えないが、どこからかセスの楽しそうに笑っている雰囲気を感じてしまう。
もちろんそれは気のせいであるが――もし仮に人タイプの外郭インターフェースを彼女が使っていれば、本当に笑っていたのだろうが。
「なんか疲れた……」
<血圧以外はバイタルは全て正常値ですが。その他ステータスにも異常なしです>
「魂的にだよ! せっかくのファンタジー世界での第一歩を踏み出した感動がだいなしやん!もういい、とっとと楽しみだった畑作りをはじめるんだい!」
よっしゃあ、と改めて気合を入れる。
自宅菜園ですらやったことのない彼であるが、特にこれからの菜園作りで苦労もするまい。
別に農業を舐めているわけではない。
単に「そういう作物」の種を用意しているだけだ。
失敗はしたり、思ったようにならないことも多々あるだろうが、その程度だ。
別に彼自身は苦労をしたいのではない。
ゆるーく、ゆるーく、ほどほどに苦労してほどほどに試行錯誤して、それでいてのんびりと過ごしたいのだ。
ゲームをチートでプレイするにしても、いきなりステータスを最強にするのではなく、経験値倍率10倍とか敵とのエンカウント制限とか、アイテムドロップ率超アップとか、面倒くさい作業部分を軽減しつつもある程度は楽しみたい、そんな面倒くさいヌルゲーマーなのだ。
今までが今までだったし、それくらいのずるをして楽しんでも罰は当たらないだろう、と彼は思う。
この世界で罰を当てる存在が自分以外にいるのかという疑問はあるけれど。
それに飽きたら、今度は冒険の旅に出て『魔物』と戦ったりしてもいい。
だが、まずは畑、土いじりである。
「それじゃ早速やるぞー!いざゆかん、我が子たる、ファンタジーの大地よ!」
<お楽しみのところすみませんが、セイジ様>
「なんだよ、まだ何かあるの?」
<先ほどの児童虐待のお話ですが――>
「うん?」
<立派に成長した子供から、親が逆襲されることもよくあることだそうですよ。ご注意を>
「うん……うん?」
それがなんだ――と言いかけたそのとき、どこからか「キャアア」とどこかで聞いた鳴き声がした。
思わず見上げたそこに迫る「それ」をみて、彼は「え」と一言だけつぶやき、呆ける。
そして、我に変える間すらなく「それ」は大きく口を開けて――
ぱくり。
もっしゃもっしゃ、ばりぼり……ぺっ!
ぼりぼり、ごくん。
けっぷ。
ばっさばっさばっさ。
手にしていたクワだけを器用に吐き出して、世冶を租借し飲み込んだその竜は、満足げにかるくゲップをすると、再び悠然と空へと飛び上がる。
<セイジ様のバイタル、メンタル、ともにステータスロスト。さて、ここはたしかこういえばよいのですよね。『ざんねん、きみのぼうけんはここでおわってしまった』。では、ホームに行くとしましょう>
誰も聞くものが居なくなったセスの報告であるが、それは様式美というものである。
「皆様」からの教えを、彼女はちゃんと守ったのだ。
そして、その森――この世界の人々が「竜の胃袋」と呼んでいる、肥沃な土地でありながら危険極まりない秘境から、彼らは居なくなった。
そこに残されたのは、彼が住むつもりだった拠点のボロ小屋(絶対安全快適設備物件)と、地面に残された一本の無骨なクワ(らくらく耕運機能付き)、そして植える予定だった野菜と果実の種(栄養満点豊作保障)を納めた、小さな袋だけである。
シリアスとかはたまにしかない