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掌編

徳禅和尚が殴られるわけ

作者: 凰太郎

 えぇ、神様仏様に誓って言いますがね?

 あっしぁ、暴力沙汰が嫌いな性分なんでさぁ。そんなもんだから、生まれてこのかた、人様と殴りあいの喧嘩なんざぁした事もねぇんですよ。

 腕っ節に自信がないわけじゃありやせんぜ?

 こう見えても、大工仕事なんぞをしておりやすから、そりゃもう、腕力にはそんじょそこらの野郎共にも負けない自信はありやすとも。

 けどね、喧嘩はいけねぇ!

 近所の寺に〝徳禅和尚〟っていう大変に徳の高いお坊さんがいらっしゃる。この和尚様には日頃から色々とタメになる御高説を教えてもらってるんですけどね、徳が高いだけでなく、そりゃもう頭の方もあっし等とは別の出来ですから言う事為す事全て理に叶ってらっしゃるときたもんだ。

 和尚様が言うには『人を傷つけると、その分、自分の徳が下がる』……とかで、徳が下がると仏様に極楽浄土へ連れてってもらえなくなるらしいんでさぁ。

 そんなもんだから、あっしは暴力封印! 喧嘩御法度!


 ただね……実は、ただ一人だけ殴ってもいい相手ってのがいやがるんですよ。

 誰だと思いやす?

 それが、この──なんて言うか不思議な話ですがね──他ならぬ徳禅和尚なんでさぁ。

 どういう事かと申しますとね、和尚様は人がムシャクシャしている時なんかにゃ決まって「お殴りなさい」って身を差し出すんでさぁ。

 いえいえ、もちろん徳の高いお坊さまを殴るなんて、できるわけもありませんやな。こちらも謹んで丁重にお断りしてるんですがね、それでも和尚様は「構わぬからお殴りなさい」と引き下がらねぇ。

 そんなもんで「殴れ」「殴らねぇ」の押し問答が続いた揚げ句、こりゃあ和尚様には何か諭すところがあっての事だろうと根負けしちまって軽く手を挙げる。すると「今のは本気ではあるまい。もっと本気で殴ってこい」と、こう来るもんだから、こっちもついつい憂さ晴らしが本気で込もっちまう。気が付くと後悔しきりなんですがね、当の和尚は殴られてボロボロになってもニコニコと笑っているだけなんでさぁ。

 今まで何人ものヤツに殴られてるはずなんですがね、和尚はニコニコニコニコ…………。

 足りない頭であっしが考えたところ、こりゃきっと我が身を犠牲にしてまで他人の不徳を削いでらっしゃるんじゃねぇかと思い、「なんて心の広い坊さんなんだ」と感嘆しやしたね。心底。

 で、ある時あっしは思い切って胸の内を訊いてみた。

 すると、和尚は平然とこうおっしゃる。

「簡単な事じゃよ。人を殴る行為は不徳を為し、ひたむきな我慢は徳を積ませる。つまりじゃ、殴られれば儂の徳は上がり、殴った者の徳は下がる。即ち、殴った者は自ら地獄逝きへと近づき、その分、儂は極楽往生に近づくという道理じゃ」

 ……恐れ入ったね、どうも。さすが和尚は頭の出来が違う。

 このごもっともな御高説を承って以来、あっしは徳禅和尚を殴るのには一切の躊躇をしなくなったね。

 だって、そうでしょう?

 〈悪党〉をブン殴るのに、徳もへったくれもありゃしませんぜ……。




[終]

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