閑話 白の大浴殿
「ふわぁ〜……お、おっきいです」
私――セリーは今、天界にある大浴場……『白の大浴殿』に来ています。
これまで存在は知っていたのですが、新人天使の時は忙しくて……やっと来れました!
噂に違わぬ大きさです……干渉局より大きいかもしれません! 見渡す限り、様々な種類のお風呂が所狭しと並んでいます。
ふふっ、私はお風呂が大好きですからね! ちゃんと体も洗いましたし、今日は全部入りますよ!
「セリー? 何してんの? 早く入ろうよ」
「あっ……ご、ごめんニンク! どこから入ろうか迷っちゃって」
「えー? そんなのどこでもいいじゃん……どこも変わんないって」
「変わるよ! ……ほら、見て! こっちのお風呂は濁ってて、あっちのお風呂は泡立ってる!」
「……全部風呂じゃん?」
「ニンク……分かってない! ニンクは全然分かってない!」
「あ、これ面倒くさいやつだ」
「いい? どうせ言っても分からないだろうから、まずはこのお風呂に入りながら説明してあげる! 『白の湯』は全部のお風呂に名前がついてるの! それがどういう意味か分かる⁉︎」
「いや分かんないけど」
「種類が……効能が違うの! ほら! この濁ってるお風呂は――あふぅ」
「……私も入るね。どうせどこも一緒だと思うけど」
「す、すごい……ここすごい効く」
「……なーんも効かないけど。ここの効能ってなに?」
「か、肩こり」
「はーん? さっそくぶち込んで来たね、セリー」
「な、何の話? ……あ、ちょっと⁉︎ もう出るの⁉︎」
「私には必要無いから。セリーだけ一生入ってれば?」
「ま、待って! 違うお風呂! 違うお風呂に入ろ⁉︎」
「どーせどこも胸の大きな天使御用達のお風呂でしょ? ……帰る」
「ち、違うよ⁉︎ えーっと……あれ! あのお風呂見て!」
「……あれがなに?」
「あれは『泉の湯』って言って、肌ツヤが――」
「何してんの? セリー、早く入りなよ。すごい効くよ?」
「あれ⁉︎ ……も、もう入ってる」
さっきまで“帰る”って言ってたのに……ふふっ、ニンクもお風呂の良さに気付いたのね?
ここには色んな効能のお風呂があるから、『美の神殿』なんて呼ばれてたりするんですよ?
私達女性の天使にはとっても、とーってもありがたい大浴場なんだから! 作ってくれた方に感謝しながら入らなくちゃいけないんですよ?
どなたかは知りませんが、本当にありがとうござ――あふぅ
「って深――っ⁉︎」
「ん? ああ、言い忘れてた。ここめっちゃ深いよ?」
「……ぷはっ! ニンク! わざと言わなかったでしょ⁉︎」
「いいじゃん。どうせセリーは浮くでしょ? 浮き袋大きいし」
「う、浮き袋⁉︎ あ……違うよ⁉︎ 胸は浮き袋なんかじゃ――」
「でも深いなら頭まで浸かれるね。ちょっと潜って来る」
「あ! ニンク⁉︎ ……もう」
周りに誰も居ないからって、ちょっとはしゃぎ過ぎじゃない?
でも、混んでない所に来れて良かった……まぁ、元々『白の大浴殿』は広すぎて《転移》での移動が推奨されてるくらいですから、他の天使と遭遇する機会は少ないんですけどね。
お陰でゆっくり浸かれそうです……立ち泳ぎしながら。
「やっぱり他のお風呂にしましょう……ここは深過ぎます」
「……ぷはっ、セリー!」
「あ、ニンク! 丁度良かった。他のお風呂に――」
「だ、誰か居たよ!」
「しませ……え?」
「お風呂の底に誰か居た!」
「それって……し、沈んでるって事⁉︎ 助けなきゃ⁉︎」
「わ、分かんないけど。多分、目が合っ――」
「……うるさい」
「「っ⁉︎」」
「入ってもいい……けど静かに」
「シ、シクティス様?」
「そ、底で見たのってシクティス様だったんだ……」
「ん……ここは私の湯」
「えぇ⁉︎ そ、そうとは知らず……すみません!」
「か、勝手に潜ってごめんなさい」
「ん……浸かるのはいい……潜るのはダメ」
「で、出ます!」
「あ、私も失礼します!」
「ん……」
***
「ま、待ってよニンク!」
「びっくりしたぁ……心臓止まるかと思ったよ」
「私も驚いたけど……あんな急に出たら失礼じゃない?」
「え? 長居する方が失礼だと思ったんだけど」
「う、うーん……怒っては無さそうだったし、大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ! 私、シクティス様の事大好きだし」
「ニ、ニンクの好感度は関係無いと思うんだけど……」
「よーし、次はあの泡立ってるお風呂にしよう! セリー、あれはどんな効能があるの?」
「え⁉︎ えっと……あれは確か『焔の湯』で――」
「さぁ、一緒に入るぞ! 私の使徒よ!」
「フレイア様? 何度も言っていますが、私は元人間。熱さに耐性などございません」
「ふっ、安心するといい。ここはぬるま湯だ」
「はぁ……沸騰している様に見受けられますが?」
「たかだか120℃だぞ?」
「なるほど……普段、私が入っているお風呂の温度をご存知で?」
「む、知らんな……200℃くらいか?」
「流石です、フレイア様。このやり取りで高く見積れるとは……私の話を聞いていませんね?」
「ふっ、褒めるな。しかし……そう期待されては水温を上げざるを得ないな!」
「ふぅ……フレイア様。ここの効能を教えていただけますか?」
「む、忘れてしまったのか? 戦意高揚だ!」
「流石です、フレイア様。本来癒されるはずのお風呂を、効能で台無しに――《耐熱》、《冷却》」
「水温はこのくらいで良いな。さぁ入るぞ! 私に付いて来い!」
「熱っ⁉︎」
「……ここはやめよっか」
「そ、そうだね。私達も熱いのは好きじゃないし……」
「いや、流石に鎧着てる人と一緒に入りたくないかなって」
「あぁ⁉︎ フ、フレイア様……鎧着たまま入ってる⁉︎」
「え、今気付くの? 温度より先に気にする所じゃない?」
「ご、ごめん……フレイア様が鎧を着てるのに違和感が無くて」
「私はあの鎧の下がすっごい気になるよ。敵か味方か……どっちだろう?」
「て、敵ってなに? 同じ天使に敵味方なんて無いでしょ?」
「……セリーは敵だよ。大きいから」
「また胸の話⁉︎ も、もう! あんまり見ないで! 女同士でも見られたら恥ずかしいんだよ⁉︎」
「とか言って、本当は見られたいんでしょ? 私だったら絶対見せびらかすもん」
「そんな⁉︎ は、はしたない!」
「はいはい……それで? まだ入るの?」
「えっ……うーん」
さっきから二連続で七階位の方にお会いしてるんですよね……偶然かもしれませんが、次の場所でもお会いするかもしれません。
シクティス様、フレイア様と来たら……リーリア様? でも、リーリア様はまだ干渉局でお仕事をされてましたし……なら会わない可能性の方が高いですね!
次です! 次に行きましょう!
「次は『渦の湯』に行きましょう!」
「渦の……なにそれ?」
「ふふっ、『渦の湯』は面白いですよ? お湯が渦を巻いてて、体が勝手に流されるらしいんです」
「おお? 面白そうだね! 行こう行こう!」
「私達みたいな若い天使向けって聞きました! ……こっちですよニンク!」
「ほいほい、付いて行くよー」
***
「「……」」
「ふふ……ぐるぐる、でありんす」
「「……」」
「ぐるぐる……ぐ〜るぐる」
「「……」」
「ぐるぐ――《転移》」
「ねぇ、セリー?」
「な、なに? ニンク」
「今……キリリス様が居たよね?」
「う、うん。多分……」
「ぐるぐる言ってたよね?」
「い、言ってた……と思う」
「何してんの?」
「キ、キリリス様が嵌るくらい楽しいんですよ! 『渦の湯』はすごいですね⁉︎」
「そっかぁ……もうこの風呂が【天界一】でいいんじゃない? キリリス様より強いよ」
「ニンク⁉︎ キリリス様に聞かれてるかもしれませんよ⁉︎」
「いや、なんかもう……イメージが崩れちゃって怖くない」
「そ、それは――」
「“若い天使向け”って言ってなかった? キリリス様は何歳?」
「ど、童心に返りたくなる時だってありますよね⁉︎ 判定はセーフ! セーフです!」
「そうかなぁ……まぁ、入ろっか」
「そうです! 入れば分かりますよ!」
きっと何か秘密があるに違いありません! 【天界一】のキリリス様を虜にする様な秘密が……いざっ! 入浴です!
むむっ、適切な温度に適度な深さ……そしてお湯の流れに身を委ねれば――
「……」
「……何も無くない?」
「ま、まだ分かりません! しばらく流される事で何か――」
「はぁ……“ぐ〜るぐる”」
「ぷっ⁉︎ ニ、ニンク? そ、それやめて?」
「ふふふ……“ぐ〜るぐる”」
「あははっ……ちょ、ちょっと! 笑っちゃうからやめて!」
「いやー、頭に残っちゃってさ? ニコニコしながら“ぐ〜るぐる”って流されるの」
「んふふ……ま、まぁ? もしかしたら“ぐるぐる”に秘密があるのかも知れませんし?」
「そうそう。セリーもやるといいよ? はい! “ぐ〜るぐる”」
「ふふっ……“ぐ〜るぐる”」
「もいっちょ“ぐ〜るぐる”」
「“ぐ〜るぐる”!」
「ぐ〜るぐる、でありんす」
「あっそれ! “ぐ〜るぐる”」
「う、うん? “ぐ〜るぐる”」
「ぐ〜るぐる、でありんす」
「まだまだ! “ぐ〜るぐ――」
「ちょ、ちょっと待って!」
「ふふ……もうお止めになりんすか?」
「……え゛」
「あ、謝ろう? ニンク……私、まだ死にたくない」
「斬〜る斬る、でありんす」
「ひぃっ⁉︎」
「ふふ……冗談でありんすよ?」
ほ、本当に冗談ですか? 私の首に冷たい物が当たっているんですが……こ、これキリリス様の刀ですよね⁉︎
あの『魔族の血を吸う度に斬れ味が増す』っていう妖刀ですよね⁉︎ わ、私も斬られてしまうんですか⁉︎ 刀の錆になっちゃうんですか⁉︎
は、早く謝らなくちゃ! でも……動いたら首が――
「ふふ……ほんに冗談でありんす。ほら、刀もありんせん」
「あ……えっ⁉︎ い、いつの間に⁉︎」
「セリー嬢に、ニンク嬢でありんすね? フィオ坊から聞いておりんす」
「フィオドール様から⁉︎ ニ、ニンクの事は何て言ってましたか⁉︎」
「ちょ、ちょっとニンク⁉︎」
「ふふ……『見込みのある天使だ』と言っておりんした」
「や、やった!」
「うっ……あの、私の事は――」
「『大きい』と」
「……」
「……えっ?」
「どうやったら揉めるか苦悶しておりんした」
「……」
「キ、キリリス様? 何の話ですか?」
「ふふ……何の話でございんしょう?」
「……胸の話だよ」
「ニ、ニンク?」
「また胸の話だよ!」
「ニンク落ち着いて⁉︎ まだそうと決まった訳じゃ――」
「わちきも沢山揉まれんした……形が崩れないか心配でありんす」
「やっぱり胸のはな――ん? キリリス様? 今、何て言いました?」
「ふふ……“沢山揉まれた”と、言ったのでありんすよ。ニンク嬢」
「んぇええええ⁉︎ ……う、羨ましい! 羨ましいです、キリリス様!」
「ニンク……きっと事故か何かだよ? 第一、キリリス様が望んで揉まれたとは一言も――」
「いいえ、睦言までしっかり交わしておりんすよ? 証拠は……ほれ。わちきの首元を見ておくんなし?」
「あ、ああ⁉︎ それは……『キスマーク』⁉︎ そこにフィオドール様がキスしたんですか⁉︎ な、舐めさせてください!」
「……キリリス様? ま、まさか……本当に?」
「ふふ……ふふっ、二人とも聞きたそうな顔をしておりんすね? 仕方ありんせん。わちきがフィオ坊と何をしたか、閨での語らいも含めてお話しいたしんす」
「是非! 是非聞かせてください! あわよくばニンクにも機会をください!」
「ニ、ニンク……」
目が怖いよ……本気すぎるよ……でも、私もちょっと気になります。
もし、キリリス様が言っている事が事実なら……わ、私にもチャンスがあるかもしれません。
それに! あのフィオドール様がキリリス様とエ、エッチしたなんて一大事です! 他の皆に知られたら……絶対、絶対後に続こうって方が続出します!
そうなったら……うぅ、中位天使になったばかりの私じゃ太刀打ちできませんよ……や、やっぱり抜け駆けするしか――
「ふふ……フィオ坊は今、仲間を集めておりんす。フィオ坊に協力すれば、当然見返りもありんすよ?」
「っ! ニンクは! ニンクはフィオドール様に忠実です! 何だって舐めます!」
「私は……で、でも他の天使の方が――」
「この事を話すのは、お二人が初めてでありんす。今なら……抜け駆けし放題でありんしょう?」
「……わ、私も! フィオドール様の為なら何だってします!」
「ふふ……それでようございんす。こんな機会、無駄にする方がどうかしているのでありんすから」
「……セリー、ありがとね? 風呂に誘ってくれて。お陰で私……夢が叶いそう」
「えっ? あ、いや……私もこんな事になるとは思っても無かったけど――」
「それはそれとして、まずはわちきの話を聞いて貰いんす。始まりは前五人の行為を見届けた後……フィオ坊の澄んだ瞳が、わちきの全身を捉えた所から――」
「フィ、フィオドール様の目が? ……やっぱりする時は開くんですね⁉︎」
「……あ、あのー? ここから出て話しま――」
「セリー⁉︎ 静かにしてよ! ほら、一緒にキリリス様の話を聞くよ! 」
「えっ? ニ、ニンクは平気なの? 目が回ってるの私だけ?」
ず、ずっと『渦の湯』で話すんですか? ここから出て話したりは――無理そうですね。
キリリス様が止まりません。さっきよりも笑みを深めて……すごい嬉しそうに話してます。
ニンクも夢中になって聞いてるし……た、耐えるしかありませんか。キリリス様が話し終えるまで、ここから立ち去る事は出来そうにありません。
……せっかくですから、私も話を聞いて――えっ? し、舌をそんなに絡めて⁉︎ 胸も同時に⁉︎ 【絡舌】って……そんなエッチな能力があるんですか⁉︎
お、お風呂の中で良かったです……こんなの、外で聞けません! うぅ、思い出して下着を汚さない様にしないと……




