壁の秘密
《フィオ先輩、このまま真っ直ぐです。しばらくしたら……私が見えてきます》
「拗ねないでください、リーリアさん。今度【天雷:纏】を教えてあげますから」
《……約束ですよ? 使えるようになるまで付き合ってもらいますから》
「もちろんです。私が手取り足取り……導いて差し上げます」
《な、なんか言い方がいやらしくないですか? エッチな事はしないでくださいね⁉︎》
「私とリーリアさんの仲ではありませんか」
《あ、う……》
「これは押したらいけそうですね」
《声! 声に出てますよ⁉︎ そ、そんな風に考えてたんですね⁉︎》
「いけませんか?」
《い、いけません!》
ふむ……女心とは複雑ですね。かなり的を射ていると思うのですが……
どなたか好感度を視覚化できる能力を持っていないでしょうか? このままではずっと手が出せないまま――ありますね。
好感度を測るものではありませんが、キリリスさんの能力がありました。
【操心の魔眼】はその目で見つめた対象の心を操る能力……魔眼なので負の感情にしか変更できませんが、瞼越しに見れば心が読めます。
「リーリアさん、帰ったら覚悟をしてください」
《んぇ⁉︎ そ、そんなに怒りますか⁉︎ ごめんなさい! ……お、押したらいけます!》
「……そうですか」
《なんでちょっと残念そうなんですか⁉︎》
「いえ、気にしないでください……ところで、壁まで後どれくらいでしょう?」
《え……もうフィオ先輩からも見える位置まで来ていますよ?》
「ふむ? 私の目には地平線まで見えていますが――なるほど、迷彩ですか」
古典的ですが、塗装による迷彩が施されていますね……近付かなければ分かりませんでした。
壁の高さは10m程でしょうか? 材質までは分かりませんが、これだけの高さ……厚みも相当なものでしょう。
ですが術式の気配を感じさせません。これだけの建造物でありながら、術式が組み込まれていない? 防壁ではないのでしょうか……
《迷彩……かなり上から見ないと分からなかったんですね》
「魔術なり聖術なりで隠蔽した方が早いと思うのですが……意表を突かれました」
《探索系技能への対策――にもなりませんね。あ、あんまり効果的だとは思えません》
「そもそも飛行されたら無意味になってしまいますから」
《そうですよね? うーん……わ、分かりません》
「判断材料が足りませんね。周辺には他に何か? 特に、この壁の向こう側が気になります」
《いえ、こちらからは壁しか見当たらなくて……す、すみません》
「本当にただの壁でしたか……」
これは……無駄足でしたか? 私は異世界に観光しに来た訳ではないのですが……
今回の任務は『大罪人』の浄化……言い換えれば存在の抹消です。ただ殺しただけでは魔界に堕ちてしまいますので、文字通り『消滅』していただきます。
天使が共通して持つ技能、《破魂》は死亡した相手にのみ有効です。天使や悪魔は光の粒子となって消えてしまいますが……小世界の住人達は死体が残りますからね。
《うぅ……すみません。もう一度何かないか調べてみます》
「私の方でも壁を詳しく見てみましょう。何か分かったら教えてください」
《は、はい! ……何も無いです!》
「そうでしょうね。一緒に壁を調べましょうか」
《ぐすっ……役に立てなくてすみません……視点をお借りします》
「ええ、どうぞ」
《し、失礼します……ふわぁ、高いですね!》
「リーリアさんは小柄ですからね」
《あ、え? ……か、壁の話ですよ?》
「おや、身長の話ではありませんでしたか」
流石に10mの壁を前にしては目線の高さなど気になりませんか。
私の視界は壁で埋まっていますから――閃きました。この状態で私が愛槍を見れば、リーリアさんにも共有されますね? 今ここに、貴女のお腹に当たっているモノの正体を明かしましょう。
何をするのか悟られてはいけません。まずは下着を脱ぎ、素早く視線を下げなくては……
《ほぇー、下から見るとこんな感じなんですね……》
「そうですね」
《でも、何で壁だけなんでしょう……あ! もしかして、この壁自体が何らかの施設なんじゃないでしょうか⁉︎》
「そうですね」
《ですよね⁉︎ ふふ……私が居なかったら気付けませんでしたよ? 感謝してもいいんですよ?》
「そうですね」
《あぅ……そんな素直に認められると照れちゃ――》
「今です!」
《え?……な、なに……これ》
「私自慢の一品ですが……いかがでしょうか?」
《……ふ、ふぇ》
ふむ……これでリーリアさんの性知識もより深まった事でしょう。
『百聞は一見にしかず』という言葉もあるくらいですからね……これで本番前の予習は万全ではないでしょうか?
そして聞き流していましたが、気になる事を言っていましたね? 『この壁自体が施設』ですか?
確かにその可能性は考えていませんでした……壁とは何かを囲うものだと、固定観念に囚われていた様です。
《ふぇえええええええええ⁉︎》
「ぐるりと回って見ましょうか」
《うぁ……うぁあ》
「どこかに入口があるかもしれませんからね」
《あれ……あれが……》
「時間は掛かりそうですが、調べてみましょう」
《……さ、サターニャさん!》
サターニャさん? そういえば全く《念話》を飛ばして来ませんね……何をしているのでしょうか?
二人掛かりで観測するのも効率が良いとは言えませんが、声くらいは聞きたいものです。私から話し掛けてみましょうか……
そうですね。リーリアさんを逃さない様頼みましたし、確認の為にも連絡を取ってみましょうか……そして、あわよくば夜の予約も取りませんと……
***
「さ、サターニャさん……見ましたか?」
「あ、あぁ……やべぇな」
「わ、私は無理そうです……入りません」
私――リーリアは改めてそう思いました。あれは凶器です……壊されてしまいます。
その……アレを見たのは幼少期が最後で、確か孤児院の男の子だった気がします。皆で一緒にお風呂に入った時にチラリと……
あ、あんなに大きくなる物なんですね……お腹に当たっているので予想はしていましたが、実際に見ると恐怖すら覚えます。
「いや、でも案外いけるらしいぜ? 生前のダチが言ってた」
「“生前”って……間違ってはいませんが」
「それに……あれは『通常時』だろ?」
「う、嘘ですよね?」
「俺も詳しくねぇけど……お、大きくなるんじゃねぇのか?」
「そんなっ⁉︎」
「いや、リーリアは今当たってんだろ? ど、どうなんだよ」
「ど、どうって……き、聞かないでください! そんな事!」
「そりゃねぇだろ⁉︎ いいじゃんか! どうせ兄貴には聞かれて無いんだし!」
「うぐっ……」
まぁ、私達も天使とは言え……せ、性的な事に興味が無い訳ではありません。
天使になっても睡眠が必要な方もいますし、何かを食べないと落ち着かないって方だっています。だ、だからおかしな事ではありません! 三大欲求の一つですから!
それに、サターニャさんの言う通り……フィオ先輩には聞かれていません。女性同士の会話なら……ちょっとくらい……
「なぁ、どうなんだよ? やっぱ……う、疼くのか?」
「うず――っ⁉︎ い、いくらなんでもそれは……」
「そんなこと言うなよ! 共犯者だろ⁉︎」
「は、恥じらいの問題です! 口になんて出せませんよ⁉︎」
「ちっ……俺は知ってんだぞ?」
「な、何をですか」
「リーリア……兄貴に触られて発情してただろ」
「っ……」
「図星か⁉︎」
「っ……っ!」
ぎ、ギリギリのラインです……これは素直に答えてもいいのでしょうか⁉︎ こんな経験無いので分かりません……
す、好きな人に触れられたら誰でも嬉しいですよね? 気持ちが昂ぶるのは当然ですよね⁉︎ 大丈夫……生理現象、生理現象です!
せっかくサターニャさんが打ち解けてくれてるんですから……こ、これくらいは! モノを当てられて疼く事に比べれば、まだ許容範囲のはず!
「ちょ、ちょっとだけですよ⁉︎ その……手つきもやらしくて――」
「ふ、ふーん?」
「内腿とか……下から上になぞるんですよ⁉︎ さ、最後までされちゃうのかと思って――」
「へぇー?」
「鼠蹊部を撫でられた時は……あの、はい」
「な、何だよ?」
「えっと……はい」
「い、いや“はい”じゃ分からねぇぞ⁉︎」
「か、感じました! 発情しました!」
「そうか……だってよ、兄貴」
「えっ……」
《リーリアさん……なるべく早く戻りますので、もう少々お待ちください》
「え……えっ?」
「悪りぃな、リーリア……兄貴から《念話》が来てたんだ。そのまま転送する様に言われてさ」
嘘……嘘ですよね⁉︎ 女性同士の秘密の会話じゃ無かったんですか⁉︎ フィオ先輩に聞かれて――えっ⁉︎
私……どうなっちゃうんですか? フィオ先輩が戻って来たら、美味しく頂かれちゃうんですか? な、なんでこんな事に……まだ心の準備が出来てません!
フィオ先輩、今の無し!今の無しです! せ、せめて他の天使が先駆けになってくれれば……私が戦争の切っ掛けになるのは嫌ですよ⁉︎




