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天界の不文律




「リーリアさん、聞こえますか? 私の知覚領域に反応がありました」


《はぅ……こ、こんなの入らないです》


「申し訳ありません。今だけはこちらの観測を優先していただけますか? 後でいくらでも見て構いませんから」


《み、見てません! フィオ先輩と密着しているせいで、嫌でも当たっちゃうんです!》


「役得ですね? それよりも、こちらに接近してくる反応を観測して欲しいのです。お願いできますか?」


《えっ⁉︎ だ、誰か近づいて来てるんですか⁉︎ い、今すぐ確認します!》


「助かります。今の私は、迂闊に能力を使う訳にいきませんので……」



 この体は四〜五階位相当……普段通りに能力を使おうものなら、一瞬で聖力が枯渇してしまうでしょう。

 肝心の能力も、全て持ち込めていると考えない方がいいでしょうね。今のうちに把握しておかなければ……最悪、【経験】だけあれば良いのですが。


 全身に聖力を循環させ、この肉体に備わった能力を読み取ります。肉体――器に聖力を満たすことで、一時的に全ての能力を発動準備状態へ移行させるのです。

 これに応える能力は三つ。【経験】と【天雷】、そして【激憤】――たった三つだけですか? それにこの能力……偶然選ばれた訳では無さそうですね。



《フィオ先輩! こちらでも観測できました!》


「……女性ですか?」


《い、いえ……性別までは分かりませんが、この姿は『機械人』だと思われます!》


「それはまた……珍しい異世界に来てしまったものです」


《うぅ、やっぱり簡単な介入からにしておくべきだったんですよ》


「何を言いますか。問題ありませんよ? いかに排他的な『機械人』でも、話が通じない訳では無いのですから」


《フィオ先輩……介入部に回される異世界は、交渉課で『交渉不可』の烙印が押されたものばかりです》


「つまり、相手はいきなり襲い掛かって来るのですか?」


《えっと……この異世界にも介入履歴がありますから、それを見てみますね》


「早急にお願いします。反応はすぐそこまで来ていますので」



 戦闘になるのでしたら、こちらも相応の準備をしなくてはいけません。【経験】と【天雷】は問題ありませんが……【激憤】ですか、私との相性は良くありませんね。

 【激憤】は自身の感情を衝撃波として放つ能力……感情の起伏に乏しい私が使用しても、威力に期待はできないでしょう。そして、これはサターニャさんが好んで使う能力です。

 星の数ほどある私の能力から、これら三つが選ばれたのは……あの装置へ一緒に入ったからでしょうか? 他に関連性もありませんから、そう考えるのが自然ですね。



《フィオ先輩……》


「はい。リーリアさん、履歴ではどうなっていましたか?」


《あの、やっぱり戦闘になってます。この異世界を荒廃させた大罪人を浄化する為に介入したみたいなんですけど……》


「ふむ……返り討ちにあってしまった、と」


《その様です。介入履歴によれば――》


「リーリアさん、そこまでです。そろそろ接触します」


《あ、はい! ……さ、サポートします!》



 局長にサポートを務めて貰えるというのも贅沢ですね……これは期待に応えなくてはなりません。

 そうですね、戦闘になったら【天雷】を使いましょうか? 上手くやれば聖力の消費も少なく済みますし、何よりリーリアさんの能力ですから……私の美技も理解して貰いやすいでしょう。






***






「サポート……サポートしなきゃ、なんですけど……」



 密閉された装置の中で、私――リーリアは錯乱する一歩手前まで追い詰められていました。


 それもこれも、全部この……お、お腹に当たっているモノのせいです! 一緒に装置の中に入って居るだけでも近過ぎて恥ずかしいのに……どうして裸なんですか⁉︎

 しかも……す、すごい元気ですし……こんなの集中できる訳ないですよ! これ、介入が失敗しても私のせいじゃ無いですよね? フィオ先輩が悪いですよね?



《リーリアさん、相手の姿を捉えました》


「あ……」


《白い装甲に青い粒子の翼……確かに機械人の特徴で――おや?》


《ど、どうかしましたか? フィオ先輩?》



 今回の相手は『機械人』です。『機人族』とも呼ばれる彼、彼女らの生態はほとんど判明していません。

 数が少ない事も理由の一つですが……他種族との交流を一切行わない、過度な排他的思考を持っているのが最大の理由ですね。

 他に分かっている事といえば……高い戦闘能力を持っている、って事くらいですかね? なんでも、天使と同等以上に渡り合えるそうです……こ、怖いですね。



《ふむ。少々お待ちください》


《あ、はい……ってフィオ先輩⁉︎ そんな迂闊に近付いたら危ないですよ⁉︎》


《問題ありません。例え攻撃されても、この肉体は仮初の物ですから》


《そ、そうなんですけど……》



 装置から生成された肉体にも痛覚はある訳でして……い、痛いのが怖く無いんでしょうか?


 観測映像の中で、フィオ先輩の口が動いています。機械人に話し掛けているみたいですね……

 それに対して機械人の方は……無反応です。装甲のせいで口元以外見えないので、無返答と言った方が正しいかもしれません。

 やっぱり、いくらフィオ先輩でも交渉での問題解決は難しいと――



「ひゃぁ⁉︎」


「あ、悪りぃ! こっちはリーリアの体だったか」


「び、びっくりしました……ってサターニャさん、 何してるんですか?」


「ん? へへっ、兄貴の体に触る機会なんて無いだろ? だから今のうちに一杯触っとくんだ!」


「は、はぁ……」


「けど、後ろからだと見えねぇんだよ……兄貴は俺より背が高いからな!」


「そうですね。私も話す時はちょっと見上げなきゃって感じです」


「ああ! 格好いいよな!」


「……ちょっとだけ」


「いや、最高に格好いいだろ! 兄貴以上にいい男なんていないぞ?」


「そ、そうでしょうか?」


「少なくとも、俺のいた世界にはいなかったな! だから俺は兄貴の女になるんだ!」


「で、でも……フィオ先輩はエッチですし」


「何言ってんだよリーリア、求められない方が辛いだろ?」



 た、確かにそうかもしれませんが……良く堂々と言えますね⁉︎ 聞いてるこっちが恥ずかしいです……

 観測映像から目を離して、目の前にいるフィオ先輩を見てみます。背が高くて顔も整っていて、いつも私を助けてくれるフィオ先輩……好きか嫌いかで言ったら……好きです。

 でも……でも! お腹に当たるコレだけはダメです! 最悪です! いつまで元気なんですか⁉︎ 早く収めてください!



「真摯さが足りません!」


「高望みは行き遅れるぜ? って、天使は全員行き遅れだったか」


「じゅ、純潔を守っただけです!」


「まぁ俺も他人の事言えないんだけどな! けど、今は兄貴がいる」


「っ……し、したんですか?」


「い、いや……まだ」


「「……」」



 “まだ”っていう事は……そういう事なんでしょう。これは不文律なんです。

 この天界でたった一人の男性天使……更に七階位で眉目秀麗ともなれば、生涯純潔を貫いた女性達だって無視できません。

 戦争です。奪い合いになります。けど、私達は天使……悪魔とは違って理性がありますから、我先にと考え無しに行動したりはしません。


 だから私達天使は待っているんです。この均衡が崩される、切っ掛けが生まれるその瞬間を……



「お、俺は別に一番じゃなくていいからな! まだ触ってるだけでいいんだ」


「それも大概だと思いますけど……この状況だと私も同罪なんですよね」


「そうそう、俺達は共犯者だぜ? リーリア」


「わ、私は巻き込まれただけですから! サターニャさんとは罪の重さが――って、ちょちょちょ⁉︎」


「何だよ?」


「ど、どこ触ろうとしてるんですか⁉︎ いくらなんでもそこは不味いですよ⁉︎」


「もう他は全部触っちまったんだよ! 後は……こ、ここだけなんだ!」


「ダメです! それは一線を越えてしまいますよ⁉︎」


「共犯者だろ⁉︎ リーリアだってお腹で触ってんじゃねぇか!」


「不可抗力です! 私は触りたくて触ってるんじゃありません!」


「じゃ、じゃぁ代わってくれよ! 俺が兄貴の前に行くから!」


「無理ですよ⁉︎ 狭くて動ける訳ないじゃ無いですか⁉︎」



 何考えてるんですかサターニャさん⁉︎ というか手で触るってどういう事か分かってますか⁉︎ 戦争の切っ掛けになりますよ⁉︎

 ああ、もう! そんな動かないでください! サターニャさんが動く度に……あ、アレが押し付けられて――



《リーリアさん。戦闘を開始しますね?》


「はぇ⁉︎」


《それと、これは機械人ではありません。ただの自律型兵器です》


「んなっ⁉︎」



 ま、待ってください! 自律型兵器⁉︎ 機械人じゃないんですか⁉︎ い、色々聞きたい事があるのに……

 サターニャさん! ほら! 一緒に観測映像を見ましょう! フィオ先輩が戦うって言ってますよ⁉︎ 勇姿を見届けなくていいんですか⁉︎

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