褒美と不良品
「……ただいま戻りました」
「っ……無事か⁉︎ ご主人様⁉︎」
「見たところ……五体満足な様じゃの?」
「熾烈な戦いでした……おや? リーリアさんは?」
「大丈夫か? け、怪我はしていないか?」
「リーリアなら介入部へ向かったのじゃ。着替えも済ませておるぞ」
「……なぜ止めなかったのです」
「血の匂いは――しないな……ん? な、なぜカリン様の匂いがするんだ⁉︎」
「くくっ、奴には『ご主人様に触れれば衣服が溶ける』と吹き込んでおいた。楽しむが良いぞ?」
「流石は私の第二使徒……これで衣服が溶けても不自然ではありませんね?」
「なぁ……ご主人様? フェリスと会っていたのだろう? なぜカリン様の――」
「そういう事じゃ! ワシの策、無駄にするではないぞ?」
「お任せください。では……私も介入部へと向かいますので、ここは任せましたよ?」
「……心配したんだぞ」
「むっ、主人様。このままではウルが泣いてしまう」
「はぁ……仕方ありませんね。ウル? 私はどこにも怪我を負っていません」
「……それは分かっている。カリン様の匂いがする理由を話せ」
「一度、『経験の園』へ戻りましたから」
「そうか……オレが心配している間、ご主人様はカリン様を抱いていたと」
「姉さんの唾液を落としに戻っただけです」
「待て。“姉さんの唾液”? な、何をしていたんだ⁉︎」
「ほれ、もう良いじゃろ? そろそろご主人様を行かせてやるのじゃ」
「しかしニール様! オレ達が心配していたのにご主人様は――」
「こうして無事に戻ったのじゃ。それで良かろう?」
「うぐっ……ニール様の慈悲に感謝するんだな。ご主人様」
「ふむ……お二人とも、褒美は望みの物を与えましょう。私が戻るまでに考えておいてください。では……失礼します」
どうやら本気で心配させてしまった様ですね。それほど姉さんを警戒しているのでしょう……安心させてから向かうべきでしたね。
お詫びと言っては何ですが、褒美を取らせましょうか。私なら並大抵の願いを叶える事ができます。何でもいいですよ?
私としては『休暇』をお勧めします。特にウルは働きすぎですから……しかし、ニールさんには必要なさそうですね? 何を望むのでしょうか……
さて、《転移》で行けば一瞬ですが……ここは歩いて向かいましょう。聞こえますか? リーリアさん……この足音が裸へのカウントダウンです。
***
「行った様じゃな」
「はい。まったく……オレ達は本気で心配して、乗り込む事も考えていたというのに」
「主人様は益荒男じゃからのう……戦闘でワシらの手助けは要らんじゃろう」
「それは……ですが、仮にご主人様が討たれてしまうと――」
「うむ。ワシらも消滅してしまうからのう、後詰めとして控えて損はないのじゃ」
「そうです。オレはまだ消えたくありませんから……」
「くくっ、『ご主人様の為に』かの?」
「ち、違います! 我が身可愛さですから! ご主人様の事なんて――」
ウルの弁解を聞きながら、ワシ――ニールは思う……つくづく勿体ないと。
ウルがもう少し素直な性格の持ち主であったなら、第一使徒も夢では無いというのに……確実に可愛がられると思うんじゃがのう?
此奴は昔からそうじゃ。不満を溜め込むだけ溜め込んで、気付けば人知れず解消しておる。もっと甘える事を覚えるべきじゃな……
ワシも臣下時代のウルをこき使ってしまったからのう……ふむ。特に望みもなし、ここはウルに恩を返すのも悪くあるまい。
「時にウルよ。お主……褒美はどうするつもりじゃ?」
「ほ、褒美でございますか?」
「惚けるでない。主人様から貰う褒美の話じゃ」
「そ、それは……」
「くくっ、何じゃ? ワシには言えぬ様な物を望むつもりじゃったのか?」
「う、く……」
「……そ、そうか。いや、言わんでも良い」
「ち、違いますニール様! 誤解です!」
「いやいや、ワシは構わんぞ? ちと意外じゃったが……」
「……うぅ、違うのです。オレは……オレは!」
な、何じゃ? 案外……主人様の前では素直なのかも知れんな? 本題に入る前に藪蛇を突いてしまったのじゃ……
しかし気になる……何を願うつもりじゃ? ま、まさか色事ではあるまいな? 普段から主人様を窘めておるウルが……『ぎゃっぷ萌え』という奴かの?
何にせよ、ワシの分の褒美もウルに譲ろうではないか。その代わりに褒美の内容を聞かせて貰うぞ? 内容によっては……今後の参考になるやもしれん!
「ウルよ。ワシの分もお主が褒美を貰うと良い」
「なっ⁉︎ そんな事出来ません! ニール様も褒美を――」
「普段の礼じゃ。思えばワシからはろくに恩を返しておらん」
「滅相もございません! オレはニール様が居るだけで!」
「くくっ、世辞は止すのじゃ。二度は言わんぞ? 受け取っておくのじゃ」
「ニール様……くっ! オレの為にそこまで……ありがとうございます!」
「まぁ、ワシからの褒美では無いからの? 決まりは悪いが……」
「いえ、お気持ちだけで十分嬉しいです!ニール様!」
「そうか……ちなみに何を願うのじゃ?」
「は――なっ⁉︎」
「わ、ワシの分だけでも良い! 聞かせてくれんかの⁉︎」
「……ま、まだ考えておりませんので」
「嘘じゃ! 見るからに挙動不審じゃぞ? ……安心せい、悪い様にはせぬ」
「う……一つは、決まっております」
「ふむ? 続けよ」
「その……ご主人様を一日、貸し切ろうかと」
「……乙女じゃ」
乙女がおる。照れて顔が真っ赤ではないか……何じゃ? それが主人様と二人きりの時に見せる顔なのかの?
複雑な気分じゃ……これはワシの想像した色事とは違うのじゃ。もっとこう……複数人で乱れたいとか、人では味わえん快楽を求めるとか……ウルに性欲は無いのかの?
いや、“一日”と言ったな? つまり寝る時も含まれる訳じゃ……致すな? 主人様と同衾するじゃろう? 口にも出せぬ様な破廉恥『ぷれい』をするのじゃろう⁉︎
「ご、護衛です! 護衛の為に!」
「言うのじゃ! どんな『ぷれい』をねだるつもりじゃ⁉︎」
「お、おお待ちください! オレはご主人様と寝るつもりは――」
「ええい、ワシら使徒の間に恥じらいなど要らんじゃろ! 言うのじゃ!」
「うっ……いかにニール様といえど、それは言えません!」
「や、やはり破廉恥な『ぷれい』を……」
「違います! オレは……くっ! オレはご主人様と恋人同士の様な……甘いやつが!」
「……がはっ」
そ、それで満たされるのか? 快楽を求めなくとも良いのか? 本当にワシと同じ獣人なんじゃろうか……
胸が苦しいのじゃ……罪悪感もすごいのじゃ……すまん、ウル。ワシが間違っておったな……お主はそのままで良い。快楽談議はカリンとする事にしようかのう……
だが、念の為に感想だけは聞いておくのじゃ。もしかしたら……“甘いやつ”というのが破廉恥極まる『ぷれい』の可能性も――
***
「ふ、触れなければ大丈夫……触れなければ大丈夫」
「お待たせしました。リーリアさん」
「……触れなければ――」
「リーリアさん?」
「触れ先輩⁉︎」
「フィオ先輩です」
「し、失礼しました! えっと……フェリス様に呼び出されたと聞きましたが」
「大した用事ではありませんでした。それよりも……この装置はどうやって開くのでしょう?」
「あ、少々お待ちください……《認証》……はい。これで開きます」
「ふむ?」
聖力を登録することで装置を操作できる仕組みですか? これは私も登録した方が良さそうですね。
せっかく二人で中に入っても、リーリアさんに逃げられてしまったら意味がないですから……《登録》っと、これで問題ありません。
「で、では……まずは今回介入する異世界について、説明します」
「中に入ってからではダメですか?」
「えっ⁉︎ も、もう入るんですか? その……せ、狭いので」
「何か問題がありますか?」
「も、問題しか無いんですが……服も……と、溶けちゃう」
「ふむ……では説明だけここで聞きましょうか」
「ほっ……えーっと、待ってくださいね? 今装置から資料を――」
「《操作》……これはまた、随分と溜まっていますね?」
「そうなんです! 介入要員が全然足りなくて――あれ? な、なんでフィオ先輩が《操作》出来るんですか⁉︎」
「おや、私が《操作》を使うのは不味かったですか?」
「い、いえ! でも……この装置には開発局の最先端技術が使われていまして、事故防止の為に厳重なセキュリティーが……」
「私が最先端ですからね」
「は、はぁ……」
「そんな事より介入先の話です。選びたい放題ですね?」
「うぅ……そうなんです。新しい異世界が見つかるのは稀なので、増える事は無いんですが……へ、減らないんです」
「……失敗し続けていると?」
「ちゃんと成功している介入もありますよ⁉︎ けど、難しい介入先は……どうしても処理出来なくて」
「おかしな話ですね? この装置から生成される肉体は、天使に見合った物なのでしょう?」
「それは……そのはずです」
「……何か不具合があるのかもしれませんね」
そもそも、天使というのは『人々にとって英雄的、または語り継がれる様な活躍をした者』がその他の条件を満たして、初めてなれる存在です。
そんな天使達――しかも中位天使が介入を失敗? 嫌な予感がしますね……余程、介入先が修羅の異世界なのでしょうか? もしくはこの装置が不良品なのか……
「緊急介入が必要な場合を除いて、一度介入に失敗した異世界は後回しにしています。『難易度順』で見て貰えますか?」
「……ふむ? 『難易度順』ですか?」
「は、はい……えっ? もしかして、フィオ先輩の時は『介入難易度』って無かったんですか⁉︎」
「そんな物はありませんでしたね。早い者勝ちで介入していましたから」
「そ、そうなんですか……そのぉ……ちなみに成功率の方は?」
「私にとって、介入とは成功する物です。失敗した記憶がありませんね」
「ほ、ほへぇ……」
「そう言えば、クレフスさんから聞きました。介入部には私が局長を務めていた時代の局員がいるそうですね? さぞかし貢献して――」
「だぁああああああ⁉︎ もう我慢できねぇ! 何だよこのポンコツ装置! ……ぶっ壊してやる」
「――っ⁉︎ ちょ、ちょっとサターニャさん⁉︎ こ、壊しちゃダメですよ⁉︎」
そうそう……あんな感じで元気の良い局員が――サターニャ? 聞き覚えがありますね……件の局員では?
そして気になる発言がありました。“ポンコツ装置”ですか……ふむ、これは介入する前に話を聞いた方が良さそうですね。




