笑う狐、惑う案内
「お久しぶりです! フィオドール様……私のこと、覚えておいででしょうか?」
「もちろんですよ。ニンクさん、お元気でしたか?」
「あぁっ……はい! 私はフィオドール様のお陰で絶好調です!」
「も、申し訳ありません。フィオドール様……ニンクはちょっと舞い上がってしまっていて!」
「いえいえ……セリーさんもお久しぶりですね?」
「こ、これは失礼いたしました! お久しぶりです、フィオドール様」
リーリアさんと同じ服装だというのに……不思議ですね? このローブに影ができる程の大きさとは……ふむ、暗器を忍ばせているかもしれません。
これは私の手で身体検査をする必要が――
「二人とも初対面だな? 先程も自己紹介したが、オレはウル……ご主人様の第三使徒だ」
「ご主人様……それに、間違いなく大きい」
「ニ、ニンク! えっと、セリーです。よろしくお願いします! ウル……様?」
「様付けはいらん。だが……気を抜くなよ? オレ達獣人は弱肉強食が染み付いている。油断していると……」
「ひっ⁉︎ や、やっぱりウル様で!」
「もう負けてるんだけど……大きさとか、立ち位置的にも」
「こらこら……ウル? あまり二人を驚かせないでください。大丈夫ですよ? お二方。こう見えてウルは使徒の中で一番優しいですから」
《や、やめてくれ! ご主人様……オレ達使徒は階級が無い分、天使から舐められやすいんだ。第一印象を大切にしないと――》
そうでしょうか? 普通の使徒ならばともかく……【経験】の使徒を侮る天使はいないと思いますが?
一度でも天魔大戦を経験したら、嫌でも戦力差は明確になりますからね。
《こいつらは比較的若い天使だろう? それに……オレはあまり天使達の前で戦わないからな》
《心配し過ぎですよ? ウル……見てください。彼女達の目が侮っている様に見えますか?》
「優しい……母性的ってこと? 胸が大きければ包容力も増すの?」
「よ、良かった。このまま食べられてしまうのかと思いました……」
《ふむ、この二人は大丈夫な様だ。ニンクとやらは怪しいが……》
《そうでしょうか? 私はセリーさんの方が怪しいと思いますよ?》
《なんだと? まさかこいつ……オレを欺いているのか⁉︎》
あの膨らみ……絶対に何か隠し持っていますよね? 食べられる事に恐怖を覚える……つまり裸に剥かれては困る事情があるのでしょう。
ウルを欺けても私の目を誤魔化すことはできませんよ?【透視の魔眼】を使えば――
「さて、セリーよ……干渉局の案内だったか?」
「はい! 干渉局は危険度ごとに部署が分けられていまして……まずは探索課からご案内します」
《確認せずとも良いのですか?》
《あのな? ご主人様……オレは真剣に護衛しているんだ。干渉局の手伝いにも本気で臨んでいる》
だとしたら尚更、確認した方がいいと思うのですが。私の第六感が告げています……セリーさんの胸には何かがあると。
私の勘は当たりますよ? 調べておいて損はありません。なんなら私が時間を止めても――
《はぁ……分かった。オレが後で聞いておくから、わざわざ【時間停止】を使う必要は無い》
《何かあったら報告してください。いえ、何も無かった場合も事細かに報告を》
《干渉局の補佐もそのくらいのやる気を見せてくれ。頼んだぞ?》
「探索課はこちらです。ちょっと入り組んでいますので、逸れないでくださいね?」
「……うん? ご主人様が居た時と道が違ったりするのか?」
「なんでも、局員以外は迷いやすくなっているらしいんです……魔界へ繋がった時の対策とかで」
「なるほど……頼りにしているぞ。セリー」
「はい! 任せてください、ウル様! えーっと……こっちです!」
「……そっちは壁だが?」
「ふふ……壁に見えますでしょう? でも、実は通り抜けられるんです。これも対策のひと――あ痛ぁ⁉︎」
「……」
「ち、違うんですよ⁉︎ ウル様! さっきはここを通って来たんです!」
「……頼むぞ?」
「は、はい! ……おかしいなぁ……さっきは通れたのに」
ふむ、私にとっては見慣れた白亜の廊下なのですが……言われてみれば術式の気配がしなくもないですね?
幻惑系は対象との聖力差が大きい程掛かりやすい……つまり、私にはほとんど効きません。私の周囲に居る者もその影響を受けているのでしょう。
どうでもいい事なのですが、何故天使は白を好むのでしょうか? 私の宮殿も白一色ですので、他の天使の事を言う資格などありませんが……まさか姉さんの下着の色と何か関係が?
いや、姉さんも天使ですからね……白を好んで編み出しただけの話でしょう。流石に全ての天使を白好きにする程の力は――ありますね?
「ウル様! 見てください! この扉はただの見せかけなんです! 開ければ廊下へと繋がっていて――」
「……見た感じは会議室の様だな」
「なんでですか⁉︎ さっきまで廊下だったんです! 本当なんです……私達はここを通って……」
「その話が本当なら、かなり高度な幻術が施されていますね。どなたが術式を?」
「えっと、キリリス様だと聞いています」
「なるほど……キリリスさんであれば《幽界渡り》も仕掛けられますか」
「離れてくれご主人様。オレだけでこの幻術を破りたい」
「ウルに破れないとは言いませんが……キリリスさんなら面白半分に貴女を閉じ込めてしまうかもしれません。やめた方がいいでしょう」
「ちっ……耐性獲得の機会が……」
「フィオドール様?《幽界渡り》って……」
「分かりやすく言うのであれば……セリーさん達は、この廊下を通る時に限って天界から姿を消しています。幽界――異世界へと飛ばされているのです」
「い、異世界ですか? ……あれ? でも廊下から局長室へ声を掛けられました」
「それがこの幻術の凄い所なのです。飛ばされる場所は現世とあの世の間……声も通れば物にも触れられます。ただし、魂の宿るものには触れられません」
「それは……そんなすごい幻術が掛けられていたんですね」
「そうですね。ああ、ウル?《幽界渡り》に挑む時は、あちらの世界で食事だけはしないでくださいね? どこまで再現されているかにもよりますが……戻れなくなる可能性が高いです」
「ふん、どうだか……」
《やけに詳しいな……行ったことがあるのか?》
《幽界渡り》ではありませんが……ちょっと黄泉の国という場所へ行ったことがありまして。
あの時は数々の女性と契りを交わしましたね……そろそろまた顔を見せに行かねば。
《なんだ……警戒することなんてないじゃないか》
《そんな格好をしているのに『黄泉戸喫』を知らないのですか?》
《ヨモツヘグイ? ……なんだそれは?》
これは一度連れて行った方が早いですね。私も契った方々と会わなければなりませんし……今度時間のある時にでも一緒に黄泉巡りをしましょう。トリスさんも誘ったら喜びそうですね?
ですが今は干渉局の案内がありますので――
「天界じゃない? なら何してもバレよね……フィオドール様? ニンクと一緒に幽界へイキませんか?」
「イキましょう」
「すまん、どうやら幻術は効いていないらしい。普通の道筋で案内してくれるか?」
「分かりました……ほら! ニンク! しっかり案内しないとリーリア様に怒られちゃうよ!」
「ご主人様もだ! 狐のせいで時間を取られた……早く取り戻すのだ!」
「ちょ、ちょっとセリー引っ張らないで! 私はフィオドール様と幽界へ行くから!」
「そうですよ? ウル、私には大切な用事があるのです。私の分も案内されてください」
「今は! 幽界へ行かなくとも! いいんだって!」
「い、痛い痛い⁉︎ 服が脱げちゃうから⁉︎ ……もっと強く引っ張って! そして私を見てください! フィオドール様!」
《これ以上醜態を晒すな! オレも冷静じゃなかったが……幽界に居て姿が見えないだけで、他の天使に見聞きされているやもしれん!》
確かに……幽界への探知は私もできません。私と重なった者がいれば分かるかもしれませんが……ここは冷静になった方が良さそうですね。
「ふむ……行きましょうニンクさん」
「そんなっ⁉︎」
「……まずは探索課でしたね? これだけの施設、きっとどこかに休憩室もあるでしょう」
「っ! あります……ありますよ休憩室! ふっかふかのベッドも!」
「ニンク……」
「お互い苦労している様だな……セリー」
「はい……ウル様」
「様はいらん。お前なら許そう」
「では……ウルさん、と」
「ああ、絶対に案内を成功させるぞ」
「はい! 頑張りましょう……二人で!」
どうやら私の知らないうちに親睦を深めた様ですね? これは私もニンクさんと親しくならなければ……休憩室はどこです? 案内をお願いします。
チ、チリ――
***
「行きんしたか……あ、あはっ! なんで……フィ、フィオ坊が……あはは! な、なんで⁉︎ くふっ……不意打ちぃ……ずるっ……し、死んじゃうぅ」
チリチリチリチリ――




