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閑話 『本音花』①




「ここが……『経験の園』」



 私――シクティスは今、フィオドールの所有する領域を歩いていた。


 七階位になると天界に個人用の領域を持つことができる。それは自分の生活空間だったり、快適な仕事場だったり、個人によって様々だけど……フィオドールのこれは宮殿。

 少し歩いただけで私が寝ていた客室と同じ様な部屋がいくつも見られ、その他に食堂や大浴場……おおよそ私達天使には必要の無いものまで完備されていた。


 壁や床は白で統一され、一点の曇りもなく磨き上げられている。一定間隔で調度品も置かれていて、その種類も様々だ……

 こういう空間はそわそわしてしまう。彼は元王族だったりするのだろうか?



「ん?……そもそも彼は人族?」



 彼の種族は耳にしたことが無い。けど、フェリス様の弟だと言っていたから……やはり元人間? なら大丈夫……人間とは契約できる。


 フィオドールとの仮契約はすごかった……あれは中毒性がある。思い出しただけで頭が痺れて――どこか休める場所は無いだろうか?



「おお……」



 運良く中庭と思わしき場所に出れた。私の背丈ほどもある生垣で奥までは見えず、辺りには嗅ぎ慣れない花の香りが漂っている……私の知らない花? 興味深い。


 さらに中へ歩を進めることしばらく……私はずっと同じ景色が続いている事に気付いた。

 ま、まさかこんなに入り組んでいるとは思わなかった……もう何度曲がったかも覚えていない。



「……迷った」



 これは侵入者を惑わす迷宮だったのかもしれない……漂う花の香りも獲物を誘い込む為の罠? 私の様に知的好奇心が旺盛な者を狙った物……は、嵌められた。



カチャリ――



「っ⁉︎」



 ……何? 今の音……この生垣の向こうから聞こえた。陶器を重ねた様な音……誰か居るの?


 このままではジリ貧……仕方ない、この生垣を強行突破しよう。フィオドールには後で謝る。今はこの窮地を脱する手がかりが欲しい――



「《氷槍》」



 使い慣れた聖術で生垣へ穴を開ける。パキパキと音を鳴らすそれを通ると――



「随分なご挨拶ね? シクティス……そんなにキスが嫌だったのかしら?」


「奇襲は困りますお客様。危うく反撃してしまう所でございました」



「……ごめんなさい」



 紅い花に囲まれた空間で、カリンがお茶を飲んでいた。

 傍には凍り付いたトレーを構える黒髪のメイドが一人……トレーで防がれたの?ちょっとショック……



「やるなら相手になるわよ? このメイド――トゥアエが」


「カリン様は近頃、運動不足でございます。この機に解消を図ってはいかがでしょう」


「貴女は卑屈さが足りないわよ? 働きなさい奴隷メイド」


「これは失礼いたしました。吸血鬼の身の置き場は、私の想像よりも更に低いのですね」


「今日はよく吠えるわね?……種族すら失くした元天使が」


「……吸血鬼よりは無種族の方がマシです」



「ふ、二人共……落ち着いて――」



 いつの間にか二人の矛先がお互いへと向いている。一瞬即発……メイドは何処から取り出したのか銀色の杭を手に持っているし、カリンは花畑を血に染めている。


 カリンに逆らうなんて……このメイド正気? カリンは単独で魔王級の魔族を討滅する程の猛者。そこらの元天使じゃ……うん? 元天使?



「血を吸い尽くしてわたくしの眷属にしてやるわ? 光栄に思いなさい」


「哀れな吸血鬼がまた一人、身の程を知らずに滅びるのですね」



「「死ね」」



「んん⁉︎」



 穏やかだった花畑が一変……紅い花弁と血飛沫の舞う戦場へと様変わりしてしまった。私まで巻き込まれたら堪らない。障壁を展開しておこう……



「鬱陶しい銀の杭、今日こそ砕いてあげるわッ⁉︎」


「その薄汚れた血じゃ私の信仰は砕けません。大人しく心臓を差し出してくださいッ!」



「ご、互角……」



 元天使でカリンと互角に戦えるメイド……やはり『フィオドール討滅戦』首謀者の一人?

 私は事件のあった時、まだ天使になったばかりだったから詳しく知らないけれど……天界から存在を抹消された天使がいたはず。


 フィオドールの成長に危機感を覚えた天使達が共謀して戦いを挑んだと聞く。資料には彼に敗れて散ったと記録されていたけど、ここでメイドをしていたなんて……



「ほらほら、もっと銀の密度を高めなさい? わたくしの【経験】で砕いてしまうわ?」


「ちっ……本当に厄介な能力ですねッ!」



 考え事をしている間に戦況が変わっている……やはりカリンが有利? 恐らくあのメイドは継戦能力に難がある。

 存在を抹消された天使は天界から聖力を供給されない……まだ姿を保てていることに驚き。


 可能なら話を聞きたい……そろそろ止めに入ろう。



「【氷嵐】」



「……あら?」


「なっ⁉︎」



 ふふ、驚いた? 私も七階位……二人の四肢だけを凍らせる事だって出来る。万が一にも消滅させてしまわない様に集中が要るけど、これで動きは止まった。



「……私もお茶が飲みたい」



 そして私の知らない彼の話や、そこのメイドの過去も詳しく聞きたい。ここに来るまでに飾られていた調度品、宮殿の全容、辺りに咲く花……知りたい事が沢山ある。



「そうね。飲み直しましょうか……トゥアエ?」


「直ぐに準備いたします。ここでお待ち下さいませ、お客様」


「え……あ、はい」



 私はまだ能力を解除してないのに……二人共勝手に動き出した。実戦に出なさ過ぎて鈍った? いや、本気じゃなかっただけ……そうであって欲しい。



「さて、何が聞きたいのかしら?……フィオの寝室は宮殿の一番奥よ」


「ち、違う! 彼の寝室に用は無い!」


「そう? 貴女が自分から赴いたらフィオも喜ぶわ?」


「う……」



 本当に……本当に? 喜んでくれる? お礼にまた仮契約してくれたり――



「って違う!……花、この花が知りたい!」


「……花? ああ、この花畑ね? 綺麗でしょう」


「ん……名前は?」


「知らないわ?」


「ん……んん?」


「魔界に落ちていた種を植えたら育ったのよ。すごい生命力だわ?」


「ん⁉︎」



 魔界で拾った種⁉︎ そんな物植えて大丈夫なの? ……生命力を吸い取られたりしない?



「栽培に成功したら、フィオに見てもらうわ? 何かに使えるかもしれないし」


「ん……それがいいと思う」



 私も魔界の植物には明るくない……彼なら何か知っているかも? 色は血を連想させて不気味だけど、香りは悪くない。周囲に影響を与えないなら私も育てようかな……



「お待たせいたしました。ここにお茶会の準備が整いましてございます」


「そう……さ、シクティス? 一緒に飲みましょう」


「ん……たくさん話す」



 席に着き、淹れて貰ったお茶で唇を湿らせる。甘い香り……桃色のお茶? 珍しい――



「せっかくですので、ここで採れた花で淹れてみました」


「んぶっ⁉︎」


「あら? シクティス……異常があったら言いなさい? この駄メイドにも飲ませるわ?」


「だ、大丈夫……」



 飲んだのが少量で良かった……遅効性なのかもしれないけど、今のところは何ともない。怖いからこれ以上は飲まない……でも味は良かった。



「美味しかった」


「そうなの? トゥアエ、飲んでみる?」


「それを飲むなんてとんでもございません」


「っ⁉︎」


「ふーん? 貴女はこれが何の花か知っているのね?」



「カリン様はご存知では無かったのですか? これは通称『本音花』……魔族共が腹を割って話す時に飲む花でございます」


「ほ、本音花?」


「……良い物を手に入れたわ?」



 言葉通りの効能だとしたら、嘘をつけなくなるとか……本音が口から漏れてしまう? な、なんて恐ろしい花なの……



「ごめんなさい、シクティス。わたくしは用事が出来てしまったわ?」


「え……」


「トゥアエを貸すから、好きに使ってちょうだい」


「待っ――」


「フィオにこれを飲んでもらうの」


「私も行く。絶対行く」


「……そうね? 面白そうだから一緒に行きましょうか?」


「ん……質問責め」




 これは思わぬ所で疑問を解消する機会を得た。彼には謎が多い……『本音花』の効果が本物なら、聞きたい事も全部聞ける……覚悟する、フィオドール。


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