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私の右手




「……城が崩されたか」



 俺――アグラは辛うじて残った玉座に座り、魔界への侵入者を待っていた。


 城にはここを攻められた時も想定して対物理結界、対術結界、転移阻害結界など思いつく限りの防御結界を張り巡らせていたのだが……城自体を揺らされては意味を成さなかったか。


 当然、崩れた城壁が俺に降りかかってきたが、そんな物は些事。俺の龍鱗には傷一つ無い。この全身を覆う赤龍鱗……この龍鱗こそ我ら龍人の誇りであり、鉄壁の防御。

 人間はよくもあんな柔い肌で生きていけるものだ……いや、死ぬ事を前提とした繁殖能力か。生物とはよく考えられている。



「……来たか」



 城が崩れた際の粉塵が収まり始め、ここへ向かう侵入者の影が見えた。報告では『中央都市』へ侵入したのは二人、天界への介入経路に三人……だが、粉塵が映す影は一人分だけだ。


 ……この俺に一人で挑むつもりか? 天界にもとんだ命知らずが居たものだ。すると奴は噂に聞く『天位七階位』だろう。

 天界の最高戦力……俺は天魔大戦を知らん身だ。だが他の魔族から聞いた話では、奴らは別格の強さを持つと言う……油断はできないな。


 奴が煙を抜けてくる……そこは既に俺の間合いだ。奴も何かしら能力を持っているだろう……さて、どう出る?



「煙は予想外でした……おや、鱗が赤いですね?」



「龍人――だと?」



 それも奴は黒い鱗……黒龍様の系譜か。俺たち赤い鱗……赤龍様の系譜とは珍しく波長が合う連中だった。そんな奴が天界に? 何の間違いだ……

 いや、答えは奴の容姿にあったな。俺とは違い鱗が手足の先までしか無い。里を抜け出したはぐれ龍人の子なのだろう……人間化が進んでいる。



「龍人にも色の違いがあるのですね……私達の髪みたいな物ですか」


「ふっ……」



 自分が黒龍様の系譜である事も知らんのか……これは間違いないな。仮に俺の居た世界の龍人では無いとしても、種族としての誇りを忘れるなど決してあり得ない事だ。


 そして奴が七階位かも怪しい。手足の先にしか鱗のない龍人など、とても強いとは思えん……余程恵まれた能力を持っているのか? 何にせよ、まずは名乗ってみることにしよう。



「俺は『インフェロスが大魔王級魔族、【帝王】のアグラ』だ」


「これはどうもご丁寧に……私は『ケイレムが天位七階位、【経験】のフィオドール』です」



 やはり七階位ではあったか……しかし【経験】だと? 俺の知る【経験】は耐性を獲得するだけの取るに足らない能力だったはず……となると複数の能力を持っていると考えるのが無難か。

 奴が万物に耐性を持つ化け物という線もあるが……現実的では無いな。



「さて……私はこれ以上、貴方と語り合うつもりはありません」


「ふっ……いいだろう。来い、フィオドール」



 貴様の化けの皮を剥ぎ、七階位がどれ程の者か知る良い機会だ。これで貴様が弱ければ、俺は天界へと攻め込むぞ? せいぜい死力を尽くすがいい――







***







《オレは……奴がお前を龍人だと誤解していると思う》


《私もそう思います。【帝王】もたかが知れますね》



 私の【擬態】も見破れないとは……強化されるのは身体能力だけですか? とんだ脳筋能力ですね。確かに元から身体能力の高い龍人とは相性の良い能力なのでしょうけど、私は弱点も補っておいて欲しかったです。これでは私の正体を現す機会が――



「受けてみろ……《龍拳》!」


「受けましょう……《私の右手》」



 ですが私も誤解していました。まさか龍人に全身を鱗で覆われている者がいるとは……女性でも同じ様な方がいるのでしょうか? だとすればどう前戯したら……いや、待ってください。大変な事に気付いてしまいました……


 ウル、私とアグラ……どちらが龍人として一般的ですか?



《アグラの方だ。龍人は血を守る為、基本的に同族としか交配しない。お前の様な龍人もいるが……純粋な龍人族からは嫌悪されている》



「これはどうだ?《龍爪》!」


「受けましょう《私の右手》」



 な、何という事です……龍人の女性は全身が鱗で覆われている……つまり抱き締めても硬いのですか? それどころか、どこを撫でても硬いのでは? 場所によっては感覚が無いなんて事も……これは私の経験が試される情事になりそうですね……



《……これは前々から言おうか迷っていた事なんだが――》



「……《瞬身》、《龍神撃》!」


「《私の右手》」



《――前戯なんて変態的な事をするのは人族だけだ》



「……何ですって?」


「ふっ……効いたようだな」



 そこの龍人、少し黙っていて貰えませんか? 今は貴方に構うよりも重要な話し合いをしなくてはいけないのです。大体、先程から肉体攻撃ばかりではありませんか。

 技として名前があるようですが……どれも龍鱗、拳、爪、打撃に分類され新しい【経験】にはなりませんね。


 そんな事よりウル。本当ですか? 人族以外は前戯をしない? 何故です……痛くは無いのですか?

 まさか入れて、出して、終わり……そんな行為を情事と呼んでいるのですか? それは冒涜です。私が許しません。



《本当だ。だからお前と初めてした時は驚いたものだ……『初めは痛い』と聞いていたのに》


「そんな……」


「どうだ? 本物の龍人の一撃は……お前には真似できまい」



 初めが痛いのは膜があるからであって、行為そのものを指しているわけではありません。それではニールさんの様な性癖を持つ者以外、皆苦痛を味わっているという事になるではありませんか。まさか……人族以外は皆、被虐性欲の持ち主なのですか?


 という事はウルも――



《そんな訳がないだろう! 痛いものは痛い……オ、オレは前戯があった方が好きだ》


「そうでしょうとも」


「ふっ……認めた所で加減はせんぞ?」



 これは私が異世界へ広めていくしかありませんね。特に人族との交友を断っている種族にこそ必要な知識でしょう。介入禁止令も解除されましたし、次に介入する異世界では――



「だが……貴様が俺に忠誠を誓うのであれば、配下にしてやっても良い。元七階位が配下というのも箔がつくだろう」



 そろそろ煩いですね。何もしてこないので存在を忘れていました……そういえばシクティスさんも見ているのでしたね? ならば前戯――ではなく、前座はこれくらいにして芸術点を稼ぎに行きましょう。

 音は聞こえない様ですから、見栄え重視にした方が良いですね。



「さて、覚悟はいいですか?……アグラ」


「秘策があるか……そうでなくては面白くない。来い、貴様に俺の龍鱗が破れるか?」


《酷い戦いだ……それで、一体何をするんだ? ご主人様》



 そうですね。まずは――




「《天界生成(私の天界)》」




 これで雲を晴らしましょう……魔界は暗過ぎます。

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