経験は歩く
《ニール様もカリン様も役目を果たし終えたそうだ》
「流石は私の使徒達ですね」
《……オレも【帝王】がこの先の城に居るとお前に伝えたはずだ》
「ええ、ウルも良くやってくれました」
《いや、そうじゃなくてな。何故お前は歩いて向かっているんだ? 後はお前が【帝王】を討つだけだぞ》
分かっていませんね、ウル。【帝王】……アグラはこの先で私を待ち構えているんですよ? そこに私が駆け込んで行ったら、まるで私の方が【帝王】に挑む様な構図になってしまうでしょう?
逆です。私は常に挑まれる側……誰よりも高みにいるからこそ、余裕を見せねばならないのです。
本来ならアグラは私の元へ血相を変えて……ドタバタ走りながら向かって来なければいけないのですが、恐らくそれも出来ない程に怯えているのでしょう。
だから、城なり玉座の間なりで待たねばならない。故に優しさの塊である私は、こうして自らの足で赴いているのです。
《いや、オレの見た限りでは怯えてなどいなかったのだが……》
「やせ我慢です。見栄を張っていたのですよ」
《誰にも見られていない所で見栄を張るのは、お前くらいだと思っていたが――》
《フィオ? 今少しいいかしら?》
《おや、カリンさん。構いませんよ……まだ優雅に歩いている所ですからね》
《そう? シクティスの事なのだけれど、貴方が戦う所を観測する事になったわ?》
《シクティスさんが……》
私が敗れた時に素早く介入経路を断つ為? いや、既に討伐隊は返り討ちにしているのですから、そこまで焦ることもないでしょう。となると純粋に私の応援ですか……
《そこで、フィオにはシクティスとの力の差を見せつけて欲しいの》
《ご安心くださいカリンさん。私は右手一本で【帝王】を討ちますので》
《なあ、まさかとは思うんだが……お前左手に何を持ってる? 冗談だろう? 魔界に持ち込んだのか?》
《それで圧倒するのも悪くないのだけれど、できれば聖力を使って欲しいわ? フィオが疲れるくらい》
《……かなり大規模な《聖術》になりますが、可能ですね》
《いいか? 絶対に左手を開くなよ? ずっと握ったままにしておけ……なんてふざけた奴なんだ》
なるほど。シクティスさんは聖力の差こそ、力の差だと思っているのでしょう。まあそれも間違ってはいないのですが……結局は同程度の力量を持つ者同士、戦えば有効打が多い方が勝ちます。
つまり、カリンさんとリーリアさんが戦えば……リーリアさん? 貴女七階位ではないのですか?でもそんなか弱い所も素敵です。私が守ってあげましょう。
ほら、人も天使も寝ている時が一番無防備になってしまうのですよ? 私が傍で守ってあげますから――
《もし出来たら、シクティスを堕とすまで後一歩だわ》
《素晴らしい。流石は私の女神》
《んっ……》
《いざとなったらオレが回収せねば……シクティスに見られる前に》
しかし、それでも後一歩足りないのですか? そこまで順番を気にせずとも良いと思うのですが……いや、何かが足りていないのでしょうか? 足りない物……シクティスさんを堕とすきっかけ……ふむ。
分かりました、芸術性です。シクティスさんは、身に纏う物全てを自身で生み出す程の創作家。きっとカリンさんはそこを刺激する材料を欲しているのでしょう。
確かに、今回は舞台が悪いですからね……魔界という薄暗い場所では、私の美技も曇って見えてしまうでしょう。
つまり私が見せつけるべきは、圧倒的な聖力量……そして美しさ。
《分かりました、カリンんさん。このフィオドール……過去最高の美しさで【帝王】を討ちましょう》
《ええ、もう言うことはないわ? フィオ、待っているわね》
《お待ちください、カリン様! こいつは……ご主人様は姉の下着を魔界に持ち込んでいます!》
《……それが? 何か問題なのかしら?》
《御守りです》
《おまっ⁉︎ ……え? 問題ないのですか?【帝王】と戦うのですよ⁉︎》
《フィオは最初に言っていたわ? 右手だけで勝つと。それに、フェリス本人を抱くと言うのなら止めるけど、下着の一枚や二枚……好きにしたら良いのではなくて?》
《御守りですからね》
《……オレでは止められないのか……やはり隙を見て回収するしか――》
ウルにはまだ早過ぎた概念でしたか? ウルの居た世界では戦場に赴く想い人に御守りを渡す、という文化は無かったのでしょうか? 割とありふれた物だと思っていたのですが……私もまだ経験が足りませんね。
《今の所、こちらへ第二陣が向かっている様子も無いわ? 思う存分、貴方の力を見せつけて頂戴》
《お任せください、カリンさん。期待以上の戦果を挙げてみせます》
《オレが使徒になるまではどうしていたのだ……まさかこれが普通だったのか? お前絶対、姉に嫌われているぞ》
ウルがまだ何か言っていますが……そろそろ城に着いてしまいます。ですが、フェリス姉さんが私を嫌う事はあり得ない、とだけ言っておきましょう。
何せ私は彼女の半身――血の繋がった姉弟ですからね。私の嫌な事が姉さんの嫌な事……という訳です。
《姉弟揃って変態なのか……知りたく無かった事実だ。天界はどうなっている……》
《さて、カリンさん。私も作業を始めますので――》
《ええ、《念話》は必要な時だけにするわ? 頑張ってね。フィオ》
まずは……城の屋根を取払わなければいけませんね。しかし、あの城は何階建てで、玉座の間はどこにあるのでしょうか? 魔力を辿れば把握できそうですが……面倒ですね。城ごと壊してしまいましょう。
「【界震】」
《きゃぁ⁉︎》
地面が揺れ、城が崩れていきます……耐震強度がなっていませんでしたね? まぁ世界を震わすと称される能力です……耐えられる建造物の方が少ないのでしょう。
それにしても、“きゃぁ⁉︎”ですか? ウルは随分と可愛い声を出すのですね?
《か、影の中まで揺れるとは思わなかったのだ! お陰で棚に置いてある本が――》
「待ってください……棚? それに本ですか? 私の影の中はどうなっているのです」
《え……これはお前が用意してくれたんじゃないのか?》
「……いいえ、ウルの能力では無いのですか?」
《カリン様やニール様の影は何も無かった……真っ暗で何も……》
「…………」
《…………》
さて、話が逸れてしまいましたが【帝王】を討ちましょう。シクティスさんが認めざるを得ない程、圧倒的な力……そして美しさで。
《待て! この部屋は誰が用意したんだ⁉︎ ここは影の中だよな⁉︎》
やめてください。せっかく格好良く決めたんですから……私の影には部屋なんて無かった。いいですね?




