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天界の魔王



「な、何故奴がここにいる……」



 『中央都市』の防備を任されている俺――ギグニは震えていた。目の前に広がる光景は、あまりにも見覚えのある……いや、あり過ぎるものだったからだ。

 見間違うはずがない。かつて天魔大戦で目にし、情けなくも逃げ出した光景そのものだ……


 奴の周囲に居た魔族は、崩れ落ちる様に地に伏し……壮観だった建物もまた、見るも無残な姿へと変わってしまった。

 奴が歩く度にその光景は広がり、今では誰も近付く事すら出来なくなってしまっている。

 【経験】の使徒ニール……魔界への侵入者とは奴のことだったか……



「ギ、ギグニ伯爵! これは一体……」


「増援か⁉︎ 数は⁉︎」


「はっ! 守備大隊、総勢千名が揃いましてございます!」


「よし……」



 やはりアグラ様の【帝王】は強力だ。魔界に今まで無かった規律を生むことに成功し、更には魔族達の知能も大幅に上昇した。

 これにより軍隊の編制、そして配下を消滅させる事の無い『練兵』という概念を生み出したのだ。


 今までは各々が突撃するだけだった魔族……それをまとめ上げ、弱者にすら手を差し伸べようとするアグラ様……魔界の王となるに相応しいお方だ。こんな所で邪魔はさせん……



「聞け! お前達! 今回の相手は【経験】の使徒……【腐敗】のニールだ。名前くらいは聞いたことがあるだろう」


「【腐敗】のニール……」

「【経験】相手か……無理だな」

「そ、そんなヤバイんすか?」

「ヤバイなんてもんじゃねぇよ。奴に触れたら腐っちまうんだぞ?」

「ん? 俺は目が合うだけで腐ると聞いたぞ?」



「静まれ! 噂には尾ひれが付くものなのだ。俺は以前、天魔大戦で奴と戦ったことがある。だが……今も腐り果てる事無くここにいる。この意味が分かるな?」


「【腐敗】相手に戦い抜いたのか……」

「……逃げたのでは?」

「すっげぇ! 何かよく分かんないけどすっげぇ!」

「やっぱ噂は当てになんねぇな」

「伯爵級になると我々とは違うのだろうな」

「ほう、伯爵級とは……期待できそうじゃの?」



「俺は奴をよく知っている! 使う技も、身体能力も、思考傾向もだ! 奴の実力は本物だ。俺一人では厳しい戦いになるだろう……だが! 諸君らと力を合わせれば必ず勝てる!」


「『渾名』持ちに勝つのは良い実績になる」

「……いや、無理だな」

「うおぉー! やるっすよ伯爵様! 俺はやるっす!」

「ま、偶にはこんなのも悪くねぇな」

「そうだな。今までもこうして勝って来たのだ。伯爵の言う事に間違いはあるまい」

「そうじゃな。協力は大事じゃ」



「よし……行くぞ諸君! 我々の力を見せつけるのだ! 今日ここで、【腐敗】のニールを討つ!」


「「「「おぉー‼︎」」」」

「……伯爵、悪いが俺はここで待――」


「もう良いな? では、【腐敗】じゃ」



「――ッ⁉︎ 全員散開! 風を纏え!」



 誰も奴の接近に気付けなかったのか⁉︎ いや、俺自身もその一人だ。責められる事では無い。今は風を纏い、奴の能力に対抗しなくては――



「う、おえぇえええええ!」

「あ、え」

「息……息が……」

「……っ」



「クソッ! 被害は⁉︎」


「ッ……全体の約二割程が消滅しました。負傷者は――ゴホッ……判別不能です」



 士気の上昇よりも情報共有を急ぐべきだった……これでは天魔大戦の二の舞だ。

 奴の【腐敗】は触れる必要など無い……いや、触れる以外にも空気を媒体にして腐らせる事が可能なのだ。


 それを知っていたのに防げないとは……俺は無能か!



「すまんのう……もう数は要らんのじゃ。欲しいのは強者との闘争。邪魔者は……失せよ」


「ぐっ――」



 奴が出力を上げたのだろう、息が詰まる……これでは部下達が耐えられない。やはり風を纏うだけでは完全な対策にはならんか……

 対腐敗結界、障壁の開発もさせたはいたが、そう易々と開発できる物では無い。何より、そんな限定的な結界の開発など賛同する者が居ないのだ……

 結局はこうして体験した者だけが、その必要性を認める。認めながら、死んでいく……



「こんなものかの? あまりやり過ぎて、お主まで消滅して貰っては困る」


「ぬかせ。獅子風情が……」


「くくっ……久しぶりの爵位持ちじゃ。楽しまねば損であろう?」



 奴が笑う。それも、心底楽しそうに……何故こんな奴が天界に居るのだ。どこからどう見ても我々の側……魔界でこそ輝く人物だろうに。


 見渡せば集った部下達のほとんどが消滅してしまっていた。今まさに光の粒子へと変わった者、姿を留めてはいるが立ち上がれない者……

 これが俺の招いた惨事。俺が奴の接近に気付けなかったばかりに、千名近い精鋭を失ってしまった……すまない、お前達。

 だが、例え俺の命を賭してでも奴は討つ……無能な俺でも、お前達との約束だけは違えん!



「さて、名乗りはいるかの?」


「要らん。だが……俺の名は覚えておけ。『インフェロスが伯爵級魔族、【魔槍】のギグニ』お前を討つ者の名だ」


「くくっ……では、足掻いて見せよ」



「【魔槍召喚】……行くぞ! ニールッ!」



 必ず、必ずだ。この槍と……散って逝った部下達に誓い、貴様を討つ!

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