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第一話『終わらない終わりの始まり』2

 玄関で、大量に用意されたスリッパに履き替える。少し柔らかい塩化ビニルの床と、微かに残ったホルマリンの香りで、私はまるで病院にいるのかのように錯覚した。待合室では冗談みたいに古い柱時計が時を刻み続け、その針は七時四十八分を指していた。

 私はイベントが執り行われる応接室へと向かう。無機質に番号が割り振られた扉、型落ちの蛍光灯、不似合いな観葉植物の緑色。それは意外にも、十年ほど前の記憶と殆ど変わっていないように見えた。応接室から漏れ聞こえる数名の人々のささやき声も、そうだ。

 『応接室』と書かれた、他とは違って両開きの扉を押そうとした……その時、同時に中から人が飛び出してくる。ぶつかりそうになり、慌てて互いに身を横に動かした。


「っとと、すみません。お先どうぞ」

「こちらこそ。ごめんね、慌ててたから……あれ、君は」


 その人物はこちらの顔を見上げて立ち止まり、そこで正面から顔を見ることになった。縮れた白髪、丸眼鏡に収まった優しそうな瞳……彼がここの所長であり、春祝祭を管理している、[神無月ゾウジ]その人であると気が付く。

 ゾウジは顎に手を当てて、五秒ほど何かを考えていた。


「君ぃ……確か、一回ここに来たことあるよね? 確か、十年くらい前に」

「えっ。は、はい、確かに、一度だけ。神無月さん、覚えてらっしゃるんですか」

「ははは、記憶力にはまだ自信があるからね。おっといけない、電話をかけなきゃいけないんだ。始まるまでちょっと待たせちゃうかもしれないけど、楽しんでいってよ……」


 そう言って、彼は電話を耳に当てながら、慌ただしく廊下の奥へと歩いて行った。


「もう始まっちゃうよ。まだ準備できないのかい? 今年はあの子に見せるって言っただろう、ト──」


 私は老研究家の記憶力に内心舌を巻いた。アブラナの発見以外の功績は特に知らないが、祭りの終わった後にでも話してみたい……そう思いながら応接間の扉を開いたのを覚えている。

 応接間には両手で足りるほどの数の人がいた。厳しい顔で杖を持つ老人、物珍し気に辺りを見回す小学生、背広のサラリーマン、地元の中高一貫校の制服を着た女子高生、その年齢は様々で、私は少し驚いた。

 コートを脱いでから、手近なパイプ椅子に腰掛ける。一旦眼鏡を外し、ケースから出した布でレンズを磨く……それを終えると私はすぐに手持ち無沙汰になってしまい、欠伸を一つ噛み殺した。

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