八月一日 正午。
『この原稿を受け取ってくれて有難う。』
それは、初めに書かれていた。
綴られた手紙がその原稿と共に添えられてあった。
こないだは、途中抜けてしまってすまなかった。急な話があってね。私は実家の方に戻ったんだ。それが原稿を君に渡した要因だよ。
実は、近所の友人の父親が亡くなったらしくてね。それでこの話を思い出したんだ。
この話は、近所の友人のものだ。もう、かれこれ十数年前の話なんだ。
私は、この話を君にするのが少し怖かったんだ。どうしても、恐怖に駆られて葬っていた話だから。だが…私の寿命も少ない。持病が悪化するばかりでね。自分で言うのも何だが、憔悴しきっている。話す機会ではないかと思ったかぎりだ。
さて、この話に出てくる青年とは、勿論その友人だ。友人は、頭が良く、しかし臆病な青年だった。私は彼に、この話について相談を受けていたのだ。しかし、私は、まともに話を聞き入れなかった。私は、そういう類いは信じないものでね。訝しげにその話を聞いていた。
その話をし終えて、彼はこう言った。
「これは、夢だった。僕は、いつも通り家で寝ていたのだ。しかし、夢にしては不気味なのだ。同じ夢を視るのも、鮮明にそれを覚えているのも、まるで現実だったようなんだ」と。
それを聴いても私は、生返事するだけだった。
また、明くる日、彼が訪ねて来た。青い顔をしてね。
「迎えに来たんだ!あれがっ!」と、汗を噴き上げ、必死な表情をして助けを求めた。私は、彼が狂っているとしか思えなかった。精神に病を患っていると。偏見的に。
しかし、私の家を訪れてからピタリと来なくなったのだ。私は、とても胸騒ぎがした。
それから三日後、彼が神社で死んでいると聴き、すぐさま私は、走って其所へ向かった。
着くと其処には、野次馬が神社を覆い尽くしていた。私は割って入り前へ前へと出て行く。
私はその光景に瞠目した。
賽銭箱の向こう側…白い衣服を被された人が横たわっていた。それは、花嫁衣装のような衣服だった。
蝉の煩い夏の昼下がりだったが、彼が横たわっていた場所から冷たい空気が流れ出ていた。夏は死体の腐敗が速い。しかし、彼の身体からは、腐臭もしなければ、まだ彼は眠っているようだった。けれども、彼は息をしていなかったのだ。それも、何処にも傷の無い状態で。
ーーそれは、明らかだった。
あの話が現実だったことは明らかであった。
私は、後悔した。そして、同時に怖かった。
私は、脳裏で一つの仮説を立てた。
彼が、もしどちらかを現実と夢と誤解していたら。もし、一つ目の話が事実だとすれば、彼が視たのは…此処の神ではないのか、と。
私には、ただ彼が狂ったのでは無いと。彼の不気味な死様を見て…拭い様の無い恐怖心を植え付けられた。
不謹慎な話だが、端から見れば、これは詰まらない話ではないだろう。しかし、私は作家として活動していたが、どうしてもこの話を話題には出来なかった。
夢と現実の区別が出来ない事は些か怖いものだと、改めてそう思ったのだ。
夢と現実、区別のつかない時ってありませんか?
夢の中でも常識では無いけれど、普通だと思う節はありませんか?
其れが勘違いではなければ何になるのでしょうか。