修道教会
「そうですか、海賊退治に」
聖典に記入しながら、まだ年若い、二十代だろう神父に、ここに立ち寄った理由を話す。
「神父さんこそ、何でこんな辺鄙なところに教会なんか建てて暮らしてんの?」
はっきり言ってそっちの方が謎である。
「修行です」
「修行? 修道士ってこと?」
頷きで返す神父。いや修道士。
「ええ。ここはアウルム国内でも有数の修道教会なんです」
そんなのもあるんだなあ。
「どんな修行してるの?」
「祝詞を唱えながら崖を1日100往復しています」
中々にハードな修行をしているようだ。
「しかし海賊退治ですか……」
なんとも困った顔をする修道士のお兄さん。
「何とか穏便に済ませることはできませんか?」
「は?」
思わず聞き返してしまった。何だろう? 修道士ともあろうお方が、海賊とつるんでいるのだろうか?
「ここから南に、海岸沿いに崖を下って行くと村が見えてきます。そこが恐らく皆さんの目的地でしょう」
あ、教えてくれるんだ。つるんではいないみたい。
「ですが、彼らにも事情があるのです。あの土地は昔から作物の育ち難い土地柄で、人々はその日の食料を得るのも苦心していました」
海に近いってことは、塩害か。確かに作物を育てるには不向きの土地柄だな。でもそれなら、
「海に出て漁をすればいいんじゃないの?」
「! …………」
オレの言い分に言葉に詰まる修道士。
「つまりはこういうことだろう。海で漁をして金を得ていた奴らの中に、海にはもっとデカい商船が泳いでいることに気付いてしまった奴が出た。試しに襲ったら上手くいった。それが辞められずに今も続けてる」
「…………」
修道士は無言だ。
救えねえなぁ。貧すれば乱すとは言っても、犯罪に手を染めちゃお終いだろ?
「確かにきっかけも動機も不純かも知れません。ですが、サヴァ子爵に高い税を押し付けられ、困っていたのも事実なのです。さらには海賊行為がサヴァ子爵の耳に入り、もう彼らだけでは辞めるに辞められないところまできているのです」
そう言われてもなあ。いつもは義心に燃えるうちのパーティーメンバーも、これについてはやる気がなさそうだ。
「アジィ様はおられますか?」
(隠れろ!)
そこに入り口から声が掛かる。オレたちは思わず入り口から見えない、修道士の後ろの祭壇に隠れていた。
(何で隠れるのよ!)
(海賊の一人かも知れないだろ)
マヤに問われて応えたが、何か反射的に動いてしまっただけだ。
「これはブリー様。どうされました?」
アジィと呼ばれた修道士は、恭しくブリーと呼ばれた身なりの良い青年を教会に迎え入れた。
(誰だろう?)
(オレが知る訳ないだろう)
(ブリー様はサヴァ子爵のご子息です)
オレたちの疑問にアジィ修道士が小声で答えてくれた。
いきなり敵ボスの息子かよ。それにしては気が弱そうだが。
「今日はどうしました? ブリー様」
「アジィ様、聞いてください……」
話に聞き耳立てると、このブリー青年は前々から子爵主導で行われている海賊行為を辞めさせたい。とアジィ修道士に相談していたようだ。先日も父を諌めたら、ならば代案を出せ、と押しきられてしまったそうだ。
しかし海賊行為を辞めて漁業に切り替えても、フィーアポルト全体が漁業の領地で、魚はあまり高く売れない。他の土地に持っていこうにも街道が発達していないので途中で魚が腐る。やはり農業がどうにかならないと立ち行かないようで、どうすればいいのか。とこんな辺鄙な場所まできて頭を抱えていた。
まあ、自分の土地でこんな愚痴しゃべってられないわな。
そしてブリー青年の切なる願いに、義心を突き動かされたのが、うちのパーティーだった。どうにかしろ! とファラーシャ嬢まで含めてオレに目で訴えてくる。
もう、マジかよー。オレたち海賊倒しに来たんだぞ? いや、違えよ。人工宝石の流出を抑えにきたんだ! ああ、それが何で土壌改良の手助けなんて……。
「つまり、作物ができる土壌にすればいいんだよな?」
アジィ修道士と真剣に話していたブリー青年は、いきなり別の場所から声を掛けられて、目を見開いてこちらを向いた。スッゲエ驚いて固まってる。
「土壌の改良してやるよ。その代わり、オレたちがあんたの父親を倒すことを見逃して欲しい」
「石灰…………ですか?」
その後アジィ修道士の説明を聞いて落ち着きを取り戻したブリー青年は、
「どうにかできるのですか!?」
とマジで泣いてすがり付いてきたのでちょっと引いた。
でオレが出した土壌改良案が石灰である。運動場でライン引くあれだ。あれを土に混ぜるのが塩害対策として有名なのだ。
「あれ? 石灰知りません?」
首を横に振るのは、この世界の住人全員だった。ヤバい、もしかしたらこの世界には石灰が無いのかも知れない。いや待てよ。この建物漆喰が塗られてたよな。漆喰の材料に石灰が使われていたはずだ。
「漆喰の材料なんですけど」
「あ! もしや貝灰ですか!?」
「それだ!」
貝灰も広義で石灰である。
「確かにここらでは貝灰を漆喰に混ぜることで家が長持ちすると言われていますが……」
「それを土に混ぜてください」
「土に混ぜるんですか?」
うん、みんなかなり驚いてるな。
「塩っていうのは塩化ナトリウムなんですけど、カルシウムが主成分の貝灰を土に混ぜることで、塩素がナトリウムより早くカルシウムと化合して、塩化カルシウムになるんです」
うわあ、全員首傾げてるう。
「つまり貝灰を混ぜればいいんですよね?」
「それをさらに水で洗い流して、塩化カルシウムを土から抜く必要があります」
「なるほど?」
手間は掛かるが、オレはこれ以外の塩害対策を知らない。
「分かりました。試してみます!」
ブリー青年はそう言って、外に繋いでおいた馬に跨がり去っていった。
「で? 私らはこれからどうすればいいの?」
とマヤ。
「待つだけだろ」
植物育てるのに、そんなのすぐ結果は出ない。





