夜駆け
満月が夜道を照らす中、オレたちが乗る馬車は西へ西へとひた走る。
それは夜も寝静まった頃のことだった。
オレとブルースが宿の部屋で海賊貴族をどう攻略するか思案していると、
ドンドンドンッ!
部屋の入り口を乱暴にノックする音が響く。
「お客様! 恐れ入ります! 宿が、宿が包囲されております!」
ドアの向こうで訴える支配人の焦った声で、オレたちは慌てて窓にかじりついた。
見えるのは庭の向こう、塀の周りをぐるりと取り囲む、松明や魔法の明かりの数々だ。
「宿を取り囲んでいるとなると、千はいるな」
ブルースが誰に言うでもなくこぼす。オレも同感だった。それほどに明かりの数は多く、見える範囲で五百はいそうだった。
そう思っているとすぐにマヤとマーチ、またファラーシャ嬢と執事とメイドが入ってくる。支配人が伝えたのだろう。
「どうするの?」
「戦いましょう!」
マヤの問いに応えたのはオレではない、ファラーシャ嬢だ。
「そんなの無理に決まってるでしょう」
オレはファラーシャ嬢を諌めるが、鼻息が荒い。聞いているんだかいないんだか。
「逃げるぞ」
「何ですって!?」
まるで人でなしを見るみたいにオレを見ないで欲しい。
「言い方を間違えました。戦略的撤退をします」
「なるほど、そうでしたか」
そこは納得するんだ? まぁ、納得してくれてるなら良いや。執事さんたちもホッとしてるし。
「支配人! 馬車の用意を!」
「もう、してあります!」
用意いいな。有能だ。
全員で素早く、しかし静かに厩舎に向かうと、確かにオペラ商会の印章が付いた一頭立ての幌馬車が表に出されていた。
「では、お気を付けて」
支配人は気を使って小声で話してくれているが、外の賊たちはすでに感付いていて、今にも塀を登ってこちらにやって来そうだ。
「じゃあ、ありがとうございました!」
オレは全員が乗り込んだのを確認すると、支配人に金貨の入った金袋を投げ渡し、ブルースに合図を送る。
ブルースに鞭打たれた馬がいななき、全速力で裏門へと突っ走る。
同時に裏門が賊に壊され、雪崩れ込む賊たち。
「ファラーシャ嬢!」
「ええ!」
オレが銅貨を賊たちに撃ち込みながら声を掛ければ、分かっていると言わんばかりの返事が返ってきた。
馬車の進行方向に両手を突き出すファラーシャ嬢。その手にはすでに赫々の火の玉があった。
「これでも食らいなさい!」
前方に撃ち出されるファイアボール。雪崩れ込んできた賊たちは避けようとするが、周りの仲間が邪魔で避けられず、その直撃をモロに食らい爆裂音とともに炎上しながら吹っ飛ばされる。
(やっぱ、スゲエ威力だな)
絶対食らいたくない。と思いながら、オレたちは炎上する道を馬車で駆け抜けた。
賊はそれでも引くことはなく、吹き飛ばされることのなかった生き残りが馬車に取り付き、遠方からは矢が射られ魔法が飛んでくる。
「ぐっ!」
いくら大盾を持つマヤであっても、馬車丸ごとは護れない。歯を食い縛り手斧に力を込めて、馬車に取り付いた賊たちを蹴散らしていた。
馬車は西へと走っていたが、幌はすでに無く、荷台からでも満月が良く見える。お月見と洒落込みたいところだが、追っ手がそうはさせてくれなかった。
「しつこい。マヤ、斧は?」
「もう無いわ。リンこそどうなの?」
「金もナイフもとうに尽きてる」
ファラーシャ嬢を見ても、肩で息をしていて、魔力切れを起こしているのは明らかだった。
オレのポーチ(マジックボックス)に残っているものなんて、生活用品ぐらいなモノだ。いや、待てよ。あれがある。
オレはポーチから炭を取り出す。
「炭なんて出してどうするの?」
こんな非常時に、と非難の目を向けられるが、
「こうするんだよ!」
オレは炭を次々とダイヤモンドに変えていく。
ダイヤモンドは衝撃に脆いんじゃないかって? 確かにそうだが、ここは魔法がある世界だ。衝撃への脆弱性をデバフで弱めれば、ダイヤモンドは超硬度の弾丸と化す。
オレはデバフで脆弱性を払ったダイヤを礫弾として撃ち出した。
しかしてそれは成功し、賊の馬車は次々と倒れていったのだ。
「あ! アインスタッドが見えてきた!」
マヤが指差す先には、ずいぶんと懐かしく感じるアインスタッドの街景が、朝陽に照らし出されていた。





