予選の予選
「やーほー」
これから闘うリンを見守るために、観客席へと移動したブルースとマーチに、パーカーのフードを目深に被ったマヤが声を掛けてくる。
「どう?」
「今からだ」
ブルースは簡潔にそう答えると舞台の上のリンに視線を向ける。それにつられるようにマヤもマーチも舞台を見た。
150人ものプレイヤーでごった返す舞台。すでに何試合も行われてきただけあり、石畳の舞台はボロボロだ。
舞台の上には筋肉自慢の男もいれば、魔法使いらしい杖を持った女もいるし、デカイ大剣を背負った戦士や、鎧に包まれた騎士、スピードに特化しているだろう軽装の少年など様々だが、皆一様に強者のオーラめいたものを身にまとっている。
そんな中でリンは舞台の端でちょこんと立っていた。それもエプロン姿で。
「何でエプロン?」
「さっきまで肉焼いて売ってたからな」
エプロンには、オペラ商会の文字と商会の印章である音符がデカデカ刺繍されていた。
観客から、
「肉美味かったぞ! 頑張れよう!」
と声援が飛ぶ。それに笑顔で応えるリン。とても今から試合をする顔ではない。
「リンって、賢いくせになんか抜けてるよね」
マヤの言に大いに頷くブルースとマーチ。
そうこうしているうちに、開始の銅鑼がならされた。
そしてプレイヤーの視線は一斉にリンへと向けられる。この場にそぐわない、一番弱そうな者から始末して数を減らす。戦場の常套手段の一つだろう。
だが、弱いという言葉はリンには不適格だ。
ズドドドドドドッ!!
「礫散弾……」
マヤがポツリとこぼした言葉が、リンが今使った技の名前だ。
ボロボロになった石畳の大量の瓦礫を、斥力によって撃ち出す魔法。この世界のプレイヤーではほぼ使える者がいない、基礎魔法五番目であるディメンションに属する魔法だ。
まるで横殴りの雨あられのような瓦礫の弾丸によって、ほんの一瞬で舞台から3分の1のプレイヤーが消え去った。
「嘘だろ?」
「マジかよ?」
そんな声は舞台の外だけでなく、中からも聞こえてくる。
だがそんな言葉を吐いている時間を与えるほど、戦場に立ったリンは甘くない。
瓦礫はドンドンとプレイヤーたちを強襲し、ゲームオーバー者を増やしていく。
「うおおおおおおっ!」
だがそんな礫の雨に果敢に挑む者たちがいた。
ある者は盾で防ぎながら、自身の剣が届く距離まで詰め寄った。が、その攻撃はリンによってひらりとかわされ、赤狼牙のナイフによって首を切り裂かれ終わった。
ある者は魔法で、火でできた矢を何本も造り出すと、それをリンに向けて撃ち出した。だがそれも、リンが瓦礫を引力で集めて造った「礫重壁」によって防がれてしまった。
ある者はそのスピードで素早くリンの後ろに回り込んだが、まるで後ろに目でもあるかのように、リンは振り向かずに礫弾でその者の頭を撃ち抜いてみせた。
力も、技も、魔法も、その場にいる誰一人、リンに傷一つつけることができず、150人以上いたプレイヤーは、半分になったところでリン以外がギブアップを宣言した。
「そ、そこまで!」
試合終了の合図の後、試合会場は異様な静けさに包まれていた。そんな中、リンは丁寧に四方にお辞儀をして、観客席にいるマヤたちの元へやってくる。
「いやぁ、緊張したあ。良かったよ、強い奴と当たらなくて」
強いのはお前だろ。と三人は思ったが口には出さなかった。
「まさかここを突破できるとは思ってなかったな」
「はは、そうね。そういえば後ろに回った敵もちゃんと始末できるようになってるんだね?」
「ああ、アレね。マーチに教わったんだよ。五感をバフで強化して気配を察知するやつ。でもその言い方だと、マヤも?」
「もちろん」
ドヤ顔を見せるマヤ。が、その顔はすぐに真剣なものになった。
「私、本大会まで修練場の方で泊まるわ」
それだけ言い残し去っていくマヤ。
「どうしたんだあいつ?」
首を傾げるリンに、
「多分、本気にさせたんだと思う」
とマーチがボソリとこぼす。
「本気……ねぇ」
そして本気になった者はマヤだけではなかった。会場に来ていた、すでに本選出場が決定している者たちにも、リンの名と強さは伝わったのだった。





