誘拐
(さて困った)
オレは今、眠らされた上に袋を頭から被され移動させられているはずだ。
何故「はず」なのかと言うと、オレは今、白い空間でソリティアをしているからだ。こんな説明じゃ話が全く通じないな。順を追って説明しよう。
俺を襲った人形の凶刃は、オレが普段から常用している斥力バリアによって弾かれた。
これによって現場は何事か? と軽いパニックになる。がそれはすぐに沈静化された。オレを襲った人形使いの片割れ、楽士のラッパが吹き鳴らされ、その音か曲に催眠効果があったのだろう。公園にいた人間がバタバタと眠っていく。オレも抵抗はしたものの抗い難く、眠ってしまった。
そして眠り際に聴こえてきたのだ。男女の声が。
「兄さんごめん。まさか弾かれるなんて」
「気にするな。元々無理があった依頼なんだ。冒険者を殺せなんて。こいつらいくら殺したって復活するんだぜ? 一度殺したからって何の意味があるんだ。とにかく、こいつはフーガ様のところへ連れてこう」
そう言って眠さで動けないオレの頭に袋を被せる男。そこでオレの意識は完全に眠りについた。
ゲームの中で眠りにつくおかしな話だ。実際に眠かったから寝てしまった訳じゃない。魔法? で強制的に眠らされたのだ。その場合ゲームの進行はどうなるのか?
それがソリティアである。初期ログイン時の白い部屋に気づいたら居て、ウインドウには15分からのカウントダウンと、ソリティア、マインスイーパの二種類のゲーム選択画面が映し出されていた。
(なるほど。しばらく暇になるので、これで暇潰しをしててくださいって訳ね)
そのように意を汲んだオレは、暇な15分をソリティアで潰していた。
そして15分後━━。
「!?」
目を覚ましたオレは、目の前の暗さに驚いた。
(そういや、袋を被されてたっけ)
現状を把握しようと体を動かそうとするも動かない。体を伝わる感触から、オレはどうやら椅子に縛り付けられているようだ。
と耳に怒鳴り声が響いてくる。
「誰が連れてこいと言った!! ワシは殺せと命じたんだ!!」
怒鳴るオッサンは相当イライラしているようだ。
「申し訳ありません。でも」
「でももしかしもないんだよ!!」
バキッ!
声の感じからして、あの公園からオレを連れ去った二人の片割れ、兄さんと呼ばれていた方がオッサンに殴られたようだ。
「全く使えねえなあ。道端で食うに困っていたお前らを、誰が拾ってやったと思ってるんだ!!」
「フーガ……様……です」
「だったらオレのために働け!! 一体こいつにいくら損させられたと思ってるんだ!? お前らをじゃ一生稼げないような金額だぞ!!」
恩着せがましいオッサンだな。しかし損ねえ。もしやオレが星胡椒を流通させたことで損失を出した胡椒商人か?
「人ひとり殺せんとはとんだ見込み違いだ。おい。こいつと一緒にこのバカどもも殺せ」
えええ!? いやいや、オレはまた復活できるけど、二人は殺したらホントに死んじゃうじゃん!
「んー! んー! んー!」
オレはそんなことされる前に、暴れることで起きているアピールをした。するとまもなくしてオレの頭を覆っていた袋が取り外される。
「ぷはー」
最初に見たのは、金満という言葉かよく似合うでっぷり太ったオッサンだった。金糸銀糸をふんだんに使った衣装を着ているせいで、目がチカチカする。しかもゴミでも見るような目でオレを見ていやがる。
「フン。殺せ」
容赦ねぇなぁ。脇に控える大男に何の躊躇もなく命じるオッサン。きっとこうやって悪どいことして成り上がってきたんだろうなぁ。だけどオレも殺されるのは御免被る。
「いくらだ?」
「なんだと?」
金の匂いを感じたか? オッサンは剣を振り上げた大男を片手で制する。
「あんたのところで余った胡椒、オレが全部買い取ってやるよ」
「ほう?」
ゴミを見るようだった目が、顎に手を当てて面白いものを見るような目に変わった。
「自分の命を買おうという訳か。だが、お前に払えるのか?」
「二倍払う」
「二倍!?」
「それだけの金額があれば、今回の損失補填には十分だろ?」
赤字になろうとしたものが、二倍になって売れるのだ。オッサンはイヤらしい笑みを浮かべて一つ頷いた。
「いいだろう。その代わり払えなければどうなるか? 分かっているな?」
オッサンの後ろでは大男がまだ剣を振り上げている。頷くオレ。
「二倍払う代わりに、こちらからも条件を付けさせてくれ」
「フン。そんなこと言える立場だと思ってるのか?」
「まあ聞けよ、オッサンにも悪い話じゃない。オレの後ろにオレを襲った二人組がいるだろ? その二人をオレにくれ」
怪訝な顔になるオッサン。何でそんなものを欲しがるんだ? って顔だ。
「何故かって? ここで金払っても後で襲われない保証はないからな。その二人は要らないんだろ? だったら護衛として雇う。オレにくれよ」
得心いったって顔でニヤニヤしているな。
「フン。いいだろう。おい、お前らは今日でお払い箱だ。その男と一緒に出ていきな!」
こうしてオレはオッサンに金を払い、その代わりに大量の胡椒を受け取った。
ある程度はポーチのマジックボックスに入ったけど、入りきらなかった分は大八車で押して引き上げることになった。
泊まっている宿屋へ向かう道中、兄の方が声を描けてきた。
「何故俺たちを救った? あんたはそれなりに強い。降りかかる火の粉ぐらい自分で払えるだろ?」
「う〜ん、護衛も理由の一つだし、他にも理由があるんだけど、一番の理由は、公園での演技を見てファンになっちゃったから、かな」
オレがこう言うと二人は照れたように横を向いて、
「なんだそれ、意味わかんねえ」
と言いながらも大八車を押すのを手伝ってくれた。





