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断罪の悪役令嬢  作者: 夾竹桃


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18/20

18.国王は胃薬愛好家(にされた)

ルイス王国国王ジギスヴァルトは少し遅めの昼食を取っていた。

のどかな風景とは裏腹に、彼の表情は暗い。時折ため息を吐いており、周囲が明るい雰囲気ゆえに、余計国王の周りが暗く感じられた。


「陛下」


「ありがとう」


食事を終えたジギスヴァルトに秘書はそっと胃薬をテーブルの上に置いた。秘書に礼を言ってジギスヴァルトは胃薬を飲む。

この頃、食後に胃薬を飲むのが彼の習慣だった。もちろん、腹に持病があるわけでもなく、ましてや胃薬が好物でもない。

とある悩み事があって、それのために彼は胃を痛めてしまったのだ。


「あれからどうなった」


「様々な方が説得に当たっていますが……これといった効果は……」


ジギスヴァルトの悩みの種、それはクラウスが伯爵令嬢に熱を入れ、婚約者のフランチェスカをないがしろにしている件だ。

フランチェスカは勿論もちろんのこと、ジギスヴァルトに王妃、さらには王太后まで態度を改めるよう説得したが効果はゼロであった。


「そうか、お前たちにも苦労をかける」


「とんでもございません。陛下のお役に立てず、心苦しい限りです」


建前ではなく本気で秘書はジギスヴァルトの役に立てなくて悔しかった。そもそもフランチェスカですら手を焼いているのだから、凡人の秘書ではどうにもできない。

そのことをいやというほど秘書は理解しているが、それでも敬愛するジギスヴァルトの役に立ちたい気持ちが強かった。


「アーサーたちはどうしている」


「アーサー殿下は特に動きを見せておりません。ディーデリヒ殿下やエレオノーラ殿下は、元からクラウス様と交流はほとんどなく、また伯爵令嬢の件で余計に……」


「没交渉状態か。アーサーは……面白がっているのだろうか。我が息子ながら、あやつの考えることは分からん」


言葉通りジギスヴァルトはアーサーの考えが全く分からなかった。分かっていることといえば、彼が自分に似ず類いまれなる天才であること、人とは違う感性を持っていることぐらいだ。

本人は王太子のときから「自分は偏屈で独善的だから王には向かない」と公言していた。

実際、アーサーは欲しいものがあればあらゆる手を使って手に入れるし、卑きょうと誹りを受ける行為にも抵抗はない。むしろ相手をからかうためにわざとすることもある。

時には力技で相手を潰すこともあるが、それらマイナス要素を補って有り余る才能とカリスマがあった。

しかし優秀過ぎたためにアーサーは他人を理解する能力が低く、それゆえ彼に劣らず一癖も二癖もある人間ばかりが周囲に集まった。


「近頃はクラウス様に王太子の資格なし、とフランチェスカ様へ進言される貴族もおります」


「……クラウスではなく、フランチェスカへ進言する時点で、クラウスがどう思われているか分かるな」


「無礼を承知で申し上げます。クラウス様はフランチェスカ様のおまけ扱いでございます。王国初の女帝が誕生する、などと揶揄されることもあります」


秘書の歯に衣着せぬ言葉にジギスヴァルトは唸る。実際、おまけ扱いと言われて納得出来るほど、フランチェスカとクラウスの力量差はある。

文字通り次元が違いすぎるので、クラウスがフランチェスカに何を言っても対立だと思われない。クラウスが馬鹿なことを言っている、と思われるだけだ。


「ディーデリヒほどの才があれば、何とかなるのだが現実は厳しい」


第二王子ディーデリヒは努力型の秀才だ。アーサーのような天才的な面はないが、彼は『努力は裏切らない』を地で行く人間である。

努力すればするほど身につく。惜しいのはディーデリヒは国王に興味がない。ディーデリヒがこの世で唯一、執着するものは自分の妻だけだ。


『俺に国王は無理だ。妻を人質に取られたら、俺は国王としてやっちゃいけないこともしてしまうかもしれん。だから俺は国王になったら駄目なんだよ』


国と妻を天秤にかけられて、迷わず妻を取ってしまう。それがディーデリヒが国王にならない理由だった。


「まぁないものをねだっても仕方ない。それよりもクラウスだ。早く何とかしないと、宰相の殺気で倒れる者が続出する」


フランチェスカの父であるニクラス・グデーリアンは、娘をことのほか溺愛している。

息子二人も愛しているが、フランチェスカへの愛は飛び抜けている。

兄二人もフランチェスカを溺愛しており、普通なら性格がねじ曲がりそうだが、フランチェスカはそうならなかった。

愛情を注いでくれる家族のため、家のために立派な人間になろうと決意し、実際に貴族たちから『淑女の鑑』と呼ばれるほど立派な令嬢となった。


「どうしてこうも違うのだろうな」


大まかな育て方は同じだが、フランチェスカとクラウスでは結果が180度異なっていた。

どちらが良いか問えば、10人中10人がフランチェスカを選ぶだろう。


「僭越ながら、期待ができないクラウス様より宰相様のお怒りを静める方が先かと思われます」


「そうだな。昼から会う予定だが……正直、会いたくない。最近ではクラウスの婚約を白紙にしろと迫ってくる」


「心中お察しいたします」


ため息しか出ないジギスヴァルトだった。最近のニクラスは歯に衣着せぬようになり、クラウスを堂々と馬鹿呼ばわりしていた。

注意したら「誰のお陰で王太子になれたか理解していない時点で馬鹿だろ」と反論された。事実だからジギスヴァルトは次の言葉が出なかった。

王太子になれる可能性が0だったクラウスに、王太子の座を与えたのは他でもないフランチェスカだ。彼女なくしてクラウスは王太子になれず、とまで語られるほどだ。


「まぁニクラスだけでマシと思うべきか。彼の妻が出てきたら……わしは逃げるからな」


「陛下、何処までもついて行きます」


「お前はただ逃げたいだけだろう」


「そんなことはございません。いついかなるときも陛下の側に控えるのが、私の使命です」


「じゃあ明日、彼女と会うからついてこい」


「申し訳ございません。その日は腹痛になるので、お側にいられません」


「お前、さっきと言っていることが違うだろ」


王と秘書らしからぬ会話だが、彼らは赤子の頃からともに過ごしていたため、二人だけになると砕けた会話をしがちになる。

それだけ二人の関係が深いと言えた。


「そう言えばフランチェスカはどうなのじゃ?」


呆れ顔で秘書を見ていたジギスヴァルトだが、ふとフランチェスカがどういう考えか確認を怠っていた。

秘書は少し迷った表情をした後、眉を寄せて言葉を発した。


「最近、アーサー殿下をお茶会に誘う頻度が増えました」


「……わしゃ、知らんからな。いいか、何も聞いていない。うん、それで行こう」


「そんな陛下に悲しいお知らせです」


逃げの姿勢をし始めたジギスヴァルトに、秘書は胃薬をそっと置きながら絶望の一言を投げた。


「宰相様との会談には、フランチェスカ様とアーサー殿下が御同席されます」


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